番外編・ブレイブソード(2)

 新宿駅、歌舞伎町。

 俺たちがそこに着く頃にはもうすっかり夜も更けていたが、その町は目がバカになりそうなほど明るい。

 というより、この一帯は夜になるほど騒がしくなる。

《嵐の柩》卿が消えたいま、大小の魔王と勇者が入り混じる、混沌とした街になっているからだ。


 俺の求める店は、ちょうどその真っただ中にある。


「――え、マジっすか。マジで、こんなところが?」

 その店を見るなり、《二代目》イシノオは失礼なことを口にした。

「日サロですよね、これ」

 確かに。

『日焼けサロン・オカダBT』――そういう看板が出ている、雑居ビルの一角だ。

 ぎらぎらと明滅する看板の横で、地下へ続く階段が口を開けている。


「ぼく、日サロとか興味ないんですけど」

 イシノオはため息をついた。

「ヤシロさんの日焼けとか付き合ってらんないですよ。どうせ適当なこと言って騙すなら、せめて女の子のいるお店いきましょうよ」


「はっはっは。何を言っている、イシノオ後輩!」

 ムカつくくらいに屈託なく笑って、城ヶ峰はイシノオの背中を叩いた。

 平手ではあったが、どかっ、と音がするくらい力強い叩き方だった。

「こういう一角にこそ、隠れた名店があるものだ。師匠が導いてきたのだから間違いない! さらに言うなら師匠は『女の子のいるお店』などに行くはずがない! 無礼なことを言うと、姉弟子の私が容赦しないぞ」


 ぺらぺらとまくしたて、城ヶ峰は俺を振り返った。

「――ですよね、師匠! 不肖、この城ヶ峰がお気持ちを代弁してみました!」

 ひどいドヤ顔だ。

 こいつのエーテル知覚を考えるとシャレにならない物言いだが、このとき俺がつくづく思ったのは一つだけだった。

 何かの間違いで城ヶ峰の後輩でなくて、本当によかった。


「まあ、本来なら城ヶ峰の発言は一種のたわごととして聞き流すところだが」

 がしがしと頭をかきむしり、俺は『日焼けサロン』の看板を親指で示す。

「残念ながら、ここが隠れた名店ってのは当たってる。こんな魔王だらけの繁華街のど真ん中で仕事するんだから、偽装してるんだよ。そりゃもちろん」

 例えば、この看板。俺の記憶では、三か月前までは長崎ちゃんぽんの専門店だったような気がする。


「自分は腕利きの刀剣鍛冶です、なんて宣言してたらお前、とんでもないアホだろ」

「はあ。そんなもんっすかね。どっちにしろバレそうですけど」

「それでもだ。こんな適当な偽装で生き残ってるって時点で、腕前を察しろってことだな」

 この店が襲われるようなことがあれば、世話になってる勇者たち――俺を含めて――が黙ってはいない。

 ちょっとでも脳みそのある魔王にならそれがわかるだろう。


「とにかく、イシノオが欲しがってるタイプの西洋風の両刃なら、ここが一番だな」

 鍛冶には得手と不得手がある。この店の場合は、それが西洋風だ。特に刃の粘り――とでもいうべき鋼の強さが際立っている。

 切り裂く、というよりも叩き切るような刃の拵え方がうまい。

 マルタが使うような日本刀の場合は、また話が別になってくる。


「俺のバスタード・ソードもここで特注してる」

「おお! 師匠の剣も!」

 城ヶ峰が大いに反応した。なんとなく予想はしていた。

「よほど凄腕の鍛冶職人の方と見ました。そ、それでは、私の剣も一緒に注文させていただいても……!」


 

「お前は無理だと思うけどな」

「そんな! 資金ならば、なんとか――」

「そういう問題じゃなくて、ここの店主の性格な。気に入らないやつには剣を鍛えない。よくあるだろ? 頑固なラーメン屋みたいなやつだよ」


「ならば、なおさら自信があります」

 俺の説明をまったく聞いていなかったに違いない。

 城ヶ峰は輝くような笑顔で、拳を固めた。暑苦しいことこの上ない。

「師匠の薫陶を受けた私ですから! 誰よりもその志を受け継いでいるという自信があります! ――どちらかといえば、こちらのイシノオ後輩の方が心配では?」


 城ヶ峰はイシノオの顔を心配そうに眺める。

「いいか、挨拶はしっかりとするべきだ。お前は相手の目を見て話すのが苦手のようなので、私を見習うといい。コミュニケーションは大事だぞ!」

「うっ」

 イシノオは吐き気を催したらしく、口元に手を当てた。救いを求めるように俺を見る。


「ヤシロさん、なんとかしてくださいよ。めちゃくちゃ具合悪くなってくるんですけど」

「実は俺もだ。耐えろ」

 それだけ言って、俺は地下への階段を下り始める。

 城ヶ峰の吹かす先輩風の暴風域から、少しでも遠ざかりたかったからだ。

「コツは脳みその半分を麻痺させて聞き流すことだ」


「あ、ちょっと待ってくださいって」

「師匠! ご挨拶は、まずぜひ私に――」

 イシノオと城ヶ峰が追ってくる気配。

 俺は構わず階段を下りて、突き当たり――『笑う太陽』の絵が描いてあるドアを開ける。そこにはいつも通り、雑然とした工房が広がっているはずだった。


 だが、俺は思わず顔をしかめた。

「冗談だろ」

 呟く。

 《E3》に頼らずとも、すぐに気づいた。荒らされた工房。ひっくり返された棚と、作業机。散らばった工具と鍛冶道具。熱気の残った炉。

 それと、かすかに漂う血の匂い。


「師匠?」

 背後から、城ヶ峰が間抜け面で聞いてくる。俺は振り返らずに答えた。

「城ヶ峰。《E3》使え。俺とイシノオは酔っ払いだ」


 店の奥――ドアが開きっぱなしになっていた。

 状況はまだ整理がつかないが、警戒しすぎるということはないだろう。この状況を作り出したやつが、まだ奥にいるかもしれない。店主の姿もない。


 そして俺の疑惑は、すぐに裏付けされることになった。

「誰か、いますね。それもヤバいやつ」

《二代目》イシノオが、すでにインジェクターを首に押し当てていた。目の瞳孔が開いている。


 断言できるということは――イシノオ、この野郎。

 酒を飲んだ状態で《E3》を使いやがった。そういう行動に躊躇がない。これだから、痛い目を見ていない未熟者は困る。


「これ、敵対ですよ」

 イシノオは控えめな声で呟き、背中に手を回した。

「そこにいます」

 肉厚のナイフを引き抜く。横倒しになった棚の影から、何者かの影が飛び出てくるのが見えた――弾丸の速度。

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