番外編・ブレイブソード(1)
「あの、ヤシロさん」
と、その日、《二代目》イシノオは間抜け面で切り出した。
いつもの《グーニーズ》。
エド・サイラスの店での話だ。
互いに生ビールの一口目を呷ったタイミングだった。他に客の姿はない、梅雨が明けたばかりの蒸し暑い夜。
どこか憂鬱な晩だった。
「ヤシロさんの――あの剣って、どこで仕入れてるんですか? 特注ですよね、絶対」
「まあな」
単純に質のいい刃物なら、新宿の「専門店」で手に入る。
取り回しのいいナイフやショートソード。だが、俺のバスタード・ソードは話が違う。こいつはイシノオの言う通り、特注している逸品だ。
「いいっすね」
テーブルに立てかけているバスタード・ソードを見つめ、イシノオは呟く。
「ぼくもそろそろ、オーダーメイドで武器とか欲しいんですけど」
「なるほど、また剣を壊したな」
俺はイシノオの顔面を見ながら断定的に言った。
イシノオのやつは右目の上に絆創膏を、右手には包帯を巻きつけている。挙句の果てに、唇が腫れていた。
どうせ前回の仕事で失敗したに違いない、と俺は思った。
こいつは出会ったときから、いつもなんらかの負傷をこしらえている。仕事のやり方が雑なのだ。
「お前みたいなやつが、特注の剣なんて百年早えよ。ホームセンターで包丁か鉈でも買ってこい」
俺はビールを口にして、イシノオを叱咤激励する意味で言い切った。
そもそもイシノオには、腕のいい武器商人を――有料で――紹介してある。
量産品だが、それなりの刃物なら手に入るはずだ。
にもかかわらず、オーダーメイドが欲しいなんて、調子に乗っている証拠だ。俺はそう決めつけることにした。
「いやいや。ぼくはせめて、その辺のチンピラとかに舐められないように、ですね……ちゃんとしたのを持ちたくて」
「バカ。一流の勇者ってのは、経験からにじみ出るオーラってものを纏ってるもんだ。そうすりゃ自然と舐められない」
そう、たとえば俺のように。そういう意味をこめて、俺は親指を立てた。
「オーダーメイドの武器はそれからだな。じゃ、オーラの身に着け方から教えてやろうか?」
「あ。それは面倒臭そうなんで、鍛冶の人を紹介してくれたら金払うことにします」
「……仕方ねえな」
面倒臭そうとはひどい言い草で、大いに引っかかる物言いだが、金を払うなら話は別だ。
俺は大きくビールを呷った。
「特別だぞ。どんな得物にするつもりだ? 鍛冶職人にも鍛える剣の得手不得手ってのがあるから、まずはお前の使いたいやつから聞こう」
「うむ。そうだぞ、《二代目》。勇者の魂とも言うべき武器だ。慎重に選ぶといい」
「そうそう、武器ってのは勇者の――」
言いかけて、俺はそのまま固まった。
横合いから、信じられないほど不吉な声が聞こえた気がする。
カウンターの方からだ――そこにいるべき存在は、エド・サイラスのはず。俺たちにビールを注ぐまでは、確かにいた。
だが、いまやそこには変なカエルのエプロンをつけた少女――城ヶ峰の姿があった。
「勇者の志は、剣にこそ宿るもの」
やつはクソ真面目な顔でうなずいて、ごく自然な笑顔を俺に向けてきた。
「そうですよね、師匠!」
「いつの間に」
俺は呻いた。
「エドはどうした。なんでお前がそのエプロンつけてカウンターにいる。いますぐ帰ってくれ……いやマジで頼むわ。今日はなんかだるいから、お前みたいなカロリー高い存在と関わりたくない……」
「マスターは外出です、師匠。所用があるそうで」
城ヶ峰はむかつくほどよく通る声で応じた。
「そしてこのエプロンは、アルバイトの正装です! つい最近、アルバイトが約一名ほど脱走したとのことで、私が志願しました! ただいま店番中です!」
「最悪」
俺の感想は、まずそれだった。
飲み込んだはずのビールの気泡がせり上がってきそうだ。
「エドも止めろよ……いくら自分が楽するためだからって、城ヶ峰はねえだろ……。暴動が起きるぞ。いや、むしろ起こすわ。俺が主導で計画する……」
「あのー、ヤシロさん」
《二代目》イシノオは、思い切り顔をしかめていた。
「ぼく、あの子苦手なんですけど」
「ってか得意なやつ見たことねえよ」
「ふっ」
俺たちの会話を聞いていたのか、いないのか。城ヶ峰はかすかに笑って、こちらのテーブルに近づいてきやがった。
「恥ずかしがることはない、《二代目》イシノオ」
毅然とした目つきで、尊大に胸を張る。城ヶ峰はどうも《二代目》イシノオに対してはタメ口をきくようだ。
よく考えればこいつらは同い年か、彼女の方が年上という可能性もある。
「私も同行して、お前の武器選びに付き合ってやろう。そう――勇者稼業の先輩として!」
「えええ……城ヶ峰さんは必要ないんじゃない、ですか……?」
勢いに押されて、イシノオまで敬語を使っている。
「ぼく、ヤシロさんから鍛冶職人さんを紹介してもらうつもりなんで……」
「だからだ!」
城ヶ峰はついに俺たちのテーブルにたどり着き、ばん、と両手をついた。
「師匠! ぜひ私にも紹介してください――師匠のバスタード・ソードを鍛えた、素晴らしい職人の方を! この通り、お願いいたします!」
深々と頭を下げた、城ヶ峰のポニーテールが机に垂れ下がった。
「そもそも《二代目》イシノオにだけ紹介するのはいかがなものかと! 上下関係でいえば、私の方が姉弟子にあたるはず……! そうではないですか、師匠!」
「お前を弟子と認めるのは置いといて、体育会系の発想だな……」
俺は辟易した。
断ることは容易い――だが、こうなったが最後、俺が紹介するまでつきまとうだろう。
「ヤシロさん」
イシノオは勢いよくビールを飲みほし、城ヶ峰を指さした。
「行くならさっさと行きましょう。この人、たぶん引き下がらないっすよ。めちゃくちゃしつこいですし、諦めませんよ」
「知ってる。スゲーよく知ってる」
紹介料が二倍に増えたと思えばいい。少なくとも、その程度の慰めは必要だ。
俺もビールを飲み干した。
「もう一杯注げ、城ヶ峰。エドが戻ったら出るぞ」
それにしても、不幸なのはイシノオだ。
前世でどれだけの業を積めば、城ヶ峰の「後輩」などという最悪のポジションに収まることになるのだろうか。
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