番外編・梅雨の勇者(5)

 ジョーはアホだが、腕っぷしは強い。

 特に素手での勝負の場合、エーテル知覚なしでは俺も戦いたくはない。


 そのジョーがほとんど一方的に打たれていた。

 甲板に出ていくまでにそのザマをじっくり観察することができたのは、久しぶりに痛快な見世物だった。


「ぜんぜん当たりませんね、馳夫ストライダーさんの打撃」

 エレナもそのように評した。

 まさしく。猿の入れ墨をした対戦相手は、ジョーの拳がどう飛んでくるかわかっているかのようだった。実際そうなのかもしれない。

 未来予測のようなエーテル知覚か――拳をかわされる度、ジョーはカウンター気味に被弾する。顔はすでに腫れあがり始めていた。


「あれってどうなんです、ヤシロさん」

「さあ。格闘スキルに関しては、相手もそこそこ上手いんじゃねえの」

 意見を求められ、俺はそう言わざるを得なかった。素手の打撃は専門じゃないが、そのくらいはわかる。


 猿の入れ墨男は、たぶんちゃんとした練習を積んだやつだと思う。

 ジョーと殴り方が似ているからだ。

 牽制のジャブをついてから、拳を突っ込む。そのスタイルに大差はない。《E3》使用者ならではのスピードの速い応酬。

「あの入れ墨野郎も、西洋拳法なのは間違いないんだろうが――」

 似た流派なのだろう。ボクシングに近い。違うところは、拳以外の攻防にも慣れていることだ。お互い、肘撃ちや膝蹴りなどのコンビネーションも混ぜている。


「でも、二流だな」

 入れ墨野郎については、そう断言できる。

《E3》を使った勇者同士の戦いは一撃で決めるべきだ。

「わざわざ自分のエーテル知覚を見せつけるなんてアホじゃねえのか。それとも、こういう格闘ショー専用の格闘家か?」


「なるほど」

 エレナは嬉しそうにうなずいた。

「勉強になりますね」

「べつに勉強させてねえ――あ、あのバカ」

 俺は思わず舌打ちをした。


 あまりにも攻撃があたらないことに苛立って、ジョーがタックルを狙って飛びついた――そこを綺麗に蹴り上げられて、あおむけに吹き飛ぶ。

 ちょうど金網のリング間際まで近づいた俺には、その間抜け顔がよく見えた。


 このとき猿の入れ墨野郎は、拳を空に突き上げて雄叫びをあげた。

 客席で歓声と罵声があがる。

 アホか、と俺は思う。盛り上げようとするのはいいが、さっさと追撃して、ジョーにトドメを刺してやればいいものを。


 案の定、ジョーはそこを狙った。

 起き上がりざま、再び飛び込んだ。猿の入れ墨野郎はそれも予測していたらしく、バックステップでかわそうとして――できずに、足をもつれさせた。

 よろめいた瞬間に、ジョーの右拳が弾丸のように撃ち込まれる。

 顎を一撃、砕いて、終わりだ。


 先ほどより大きな歓声と罵声が響き渡る。


「いまの、なんです? 馳夫ストライダーさんのエーテル知覚?」

 エレナが小声で尋ねてくる。

「自分で考えろよ。教えるやつがいるか?」

「ですね。じゃあ、きっとそうです。馳夫ストライダーさんにしか見えない何かを踏んだのか、掴んだのかわからないですけど。それで入れ墨の人が転んだように見えました。当たってます?」

「さあ。貧血だったんじゃねえの」

 俺はバカみたいに適当なことを言ったが、ほとんど答えたようなものだ。

 アカデミーも城ヶ峰どものようなアホ揃いというわけではないらしい。


 正確には、ジョーは入れ墨野郎から延びる『導火線』を踏んだのだろう。

 やつはそれを「切る」ことで対象を爆破することができるが、切らずに捕まえて動きを阻害することもできる。

 もう少し別の使い方もあるようだが、俺は知らない。


「よお、ヤシロ」

 気づいたら、ジョーが俺の目の前まで近づいていた。

 金網越しに見るジョーは、もうほとんど完全にゴリラだった。血まみれのハゲたゴリラだ。


「見てたか? ここの勇者ども、レベル低いにも程があるぜ」

「見てたよ、確かにあんまり面白くなかったな。てめーがホコボコ殴られまくってるところは笑えたけど」

「エンターテイメントってやつだ。見世物やってる以上、盛り上げるのは当たり前だろ?」


 殴り合いで興奮状態にあるのか、ジョーは気分よさげに笑って、血を吐き捨てた。

「っていうかお前」

 俺はこの隙に聞きたいことを聞くことにする。

「何やってんだよ。遊んでる場合か?」

「遊んでねえよ。計画だよ。こうやってればヤシロが来ると思ったんだ」

「俺をこんなところに呼びつけてどうすんだよ、八百長試合で儲けろってか?」

「それこそ、ンなことで遊んでる場合じゃねえ。いいか、おい」


 ジョーは身をかがめて、小声になった。

「五回勝ち抜くと、《夏枯れの鏡》卿から直接賞金が手渡されることになってる。ちなみに、いまのやつで二人目な」

「マジかよ。そこをお前がやっちまうのか? 《夏枯れ》のエーテル知覚もわからねえのに、無茶苦茶な計画すぎる」

「二人がかりでやればいけるだろ。ヤシロ、しくじりそうだったらお前が割って入れ。で、仕留めりゃ確実だ」

「いい加減だなあ、お前の計画って。だいたい――」


「ヤシロさん」

 ここで、俺の肘を掴んだやつがいる。

 エレナだ。

 しまった、と俺は思った。こいつをその辺に置いてくるのを忘れた。


「もしかして、やっぱり《夏枯れの鏡》卿を狙ってるんですか?」

 真剣な目つきで聞かれる――だが俺はそれどころじゃなかった。


「……おい」

 もう一人、ヤバいくらい真剣な目つきをしているやつがいたからだ。

 ジョーは血まみれの鬼の形相で、バニーガールのコスプレをしているエレナと、彼女に腕を掴まれている俺を交互に睨んだ。

 その視線が意図するところは、おそらくこうだ――「オレの妹に何をさせてやがる」。

「待てジョー、誤解だ」

「知るか」

 やつは俺が予想していた通りの答えを返した。そりゃそうだろう。殴り合いが終わったばかりで、《E3》が効いている暴力ゴリラが、俺の話を聞くはずもない。


「リングに上がれや、ヤシロ」

 ジョーが顎で俺を促す。

「ぶっ殺してやる――おい!」

 獣のような咆哮。俺を指さして、周囲に怒鳴る。

「オレの次の相手はこいつだ、《死神》ヤシロ! 死体をばら撒く準備をしとけ!」


 ひどいことになった、と俺は思う。

 ジョーと遊びに来るたびにこういうことになる――次回から被害担当で《二代目》イシノオを連れて来よう。

 空を見上げると、分厚い雲から細かい雨が降り始めていた。

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