番外編・梅雨の勇者(3)

 俺が見る限り、《夏枯れの鏡》卿のカジノはなかなかの盛況といえた。

 儲かっていやがる。


 内装に金がかかっているのは見ればわかるし、客の身なりも悪くない。従業員に関しては、剣で武装した勇者くずれの用心棒もいれば、やたら露出度の高いバニーガールの姿もある。

 だが、今日は残念ながら遊んでいる暇がない。


「顔色悪いな、ジョー」

 とりあえず、せっかくなので俺はジョーをからかうことにした。

「相変わらず乗り物が怖いのか? 飛行機もダメなら船もダメか」

「ンなわけあるか。黙ってろ」

 ジョーの答えは強気だが、そんなはずはない。すでに片手にバドワイザーの瓶を握って、アルコールの摂取を始めているからだ。

 気を紛らわすためなのは明白だった。


 俺が聞いた話だと、ジョーが勇者になる前はヤクザだかマフィアだかの用心棒をやっていたそうだ。

 その間、ジョーいわく『海運関連のビジネスもやってた』らしいが、どう考えてもそれは海賊行為のことだろう。

 その頃、よほど乗り物関係で嫌な目にあったのだろうと俺は踏んでいる。


「――よし。計画はこうだ」

 しばらく考えて、ジョーが唸るように言った。

「まずは手分けをしてオレの妹を探す。危なそうだったら、オレたちが三秒くらいで《夏枯れの鏡》卿を殺す――質問あるか?」

 ひでえ計画だ、と俺は思ったが、面倒なので黙っていた。


 ジョーはサングラスの奥、挑むような眼で俺を睨んだ。

「いいか、怪しまれて騒ぎ起こすんじゃねえぞ。ぶっ殺すからな」

「騒ぎ起こすのは、いつもだいたいジョーだろ」


 ジョーと組んで仕事をしたことなら、何度かある。

 こいつは何かにつけて大雑把だ。立案するのは「計画」とは名ばかりの行き当たりばったり――そういう人生を歩んできた証拠だ。

 人のことは言えないが、想定通りに事が運んだ記憶はない。


「ってかジョー、その言い草はなんだ? それが人にものを頼む態度か?」

 俺が肘でつつくと、ジョーは苦しげな息を吐いた。本当に嫌そうだった。

「……わかったよ、くそっ。頼む。妹を探して、そんでオレに知らせろ」

「まあ、お前にしてはよくできた方だな」

 俺は満足して歩き出す。


「適当に遊びながら探すよ。勝ちすぎて目立ったらごめんな、不可抗力だ」

「お前に限ってそれはねえ」

 このとき、ジョーは失礼な口をききやがった。

「だから連れてきたんだ」

「後でビビるなよ」


 俺は絶対にこいつを後悔させてやろうと思った。


――――


 俺は今夜遊ぶギャンブルについて、ちょっとした勝算があった。

 こういう遊びで、俺はラッキーに頼るタイプじゃない。技術で勝てるゲームがいい。俺の持ち前のクレバーな判断力と、ここぞというときの勝負強さを発揮できるようなものがベスト。


 ――つまり結局、カードを使った勝負に落ち着くということだ。

 俺の得意中の得意ジャンル。

『七つのメダリオン』では最近負けが込んでいるが、これほど俺に向いたゲームはないだろう。


 となれば、目指すのはブラックジャックか、ポーカーか――


 そう考えていたところで、声をかけられた。

「……あの」

 背後からだったので、ちょっと過剰な反応になったのは仕方がない。後ろからずっとついてくる気配があったこともよくなかった。

 俺がビビってたとか、暴力的すぎるとかいうわけじゃない――断じて違う。違うはず。


「あ!」

 肩に触れた手を掴み、ほとんど反射的に捻り上げる。

 声をかけてきた相手――なんだか妙に幼いような見た目のバニーガールは、悲鳴を押し殺して強引な笑顔を作った。

 たいしたプロ根性、と感心しかけたところで気づいた。


「あの、すみません。いきなり声かけちゃって」

 バニーガールはどこかで見覚えのある、挑むような眼で俺を見据えていた。しかも手首を捻り上げられながら、微笑さえ浮かべて。

「《死神》ヤシロさん、ですよね。今日はお仕事ですか?」


「榊原」

 俺は彼女の名前を知っていた。

 榊原エレナ。

 勇者養成アカデミーの学生で、ジョーの妹。


「はい。覚えてくれていたんですね」

 榊原エレナは少し嬉しそうだった。

「私、学校の授業で来てたんですけど――」

 喋りながら、俺が掴んでいた手首をひねって器用に外す――一種の体術だ。抜き手。閂外し。あるいは小手抜き。よく練習してある。


「本当、あの、すごい奇遇なところで会いますよね」

 榊原エレナは抜いた手で、前髪を整えるように触った。

 まったく奇遇だ、と俺も思う。

 彼女に会うと、いつもコスプレまがいの衣装を着ている気がする。

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