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番外編(前日譚)

レッスン0:クソみたいに素晴らしき勇者の日常

ヤシロの場合

 はるかな昔、古き良き時代、勇者という仕事はもっとシンプルだったという。


 だが、現代日本では違う。

 人々は倫理やら科学やら様々な要素を持ち込んで、この仕事をひどく複雑にしてしまった。免許制度、武装の携帯規則、勇者税制――他にもあるが、特に魔王化手術の出現が決定的だったのだろう。魔王は急激に増加し、それに伴って勇者も溢れかえった。もはや収拾もつきそうにない。

 クソ食らえだ。少なくとも、《死神》ヤシロはそう思う。


 例えば、彼自身が置かれているこの状況について。

「すみません」

 やや間延びした男の声とともに、部屋のドアがノックされた。

「すみません、ヤシロさん? いらっしゃいますか?」

 ヤシロはベッドから身を起こし、答えることなくドアの方を見る。

 考え事をしているうちに、少し微睡んでいたらしい。頭の片隅がささくれ立つように軽く痛む。室内を眺めながら、一度、大きく首を振って眠気を飛ばす。

 都内の片隅にある、ビジネスホテルの一室だった。

 部屋は狭く、お世辞にも居心地が良さそうとは思えない。だが、ヤシロに選択肢はなかった。ちょっとしたトラブルが発生したために、自宅を大至急で脱出する必要があった。次の住所が決まるまで、こうした施設で凌ぐしかない。

 とはいえ、それも限界はある。ついに追いつかれたらしい。


「あのう、ルームサービスなんですけど。ヤシロさん?」

「――うるせえな」

 ようやく呼びかけに応答し、ヤシロは枕の裏側を手で探る。昼寝をする前に隠しておいたものだった。引っ張り出されるのは、一本の注射器。《E3》のインジェクターだ。彼ら勇者を、勇者たらしめる薬剤である。

 首筋に針を撃ち込み、液体を流し込む。感覚が冴える。攻撃的な衝動が湧き上がるのを感じる――ヤシロは一度大きく息を吸う。

 そして怒鳴った。


「いい加減にしろよ、クソ野郎ども!」

 しかし答えはない。今度はドアの向こうが沈黙する番だった。それならそれでいい、と、ヤシロは思う。勝手にやるだけだ。

「まず俺はルームサービスなんて頼んでないし」

 床に転がしておいた得物を掴む。

 剣だ。バスタード・ソードと呼ばれる種類の武器で、両手剣と片手剣の中間ほどの刃渡りがある。躊躇なく鞘を払う。

「四人で押しかけるルームサービスがあるか。ちょっとは頭使えよ。足音も雑だし」

 ヤシロはドアに近づかない。

 ただ、床に片膝をついて身構える。

「それから、俺は『ヤシロ』なんて名前でチェックインしてねえよ! マジでアホだな。逆にやる気無くすわ。邪悪な魔王の眷属どもめ、いまらなそこまで怒ってねえから早急に帰宅――おっ」


 ドアの向こうで銃声が響いた。

 ヤシロは目を見開く。ドアを貫いて弾丸が飛び込んでくる。はっきりとそれが見えた。宙を飛ぶ弾丸の数は三つ――四つ、五つ。六つ。さらに連続したが、どれも当たる軌道ではない。かわすまでもなかった。ヤシロは頭をわずかに下げただけだ。

 背後で、窓ガラスが砕ける音。

「おおらっ!」

 怒声とともに、ドアが蹴り開けられた。三人の男が勢いよく部屋に飛び込んでくる。拳銃を構えてはいるが及び腰であり、明らかにこうした突入に慣れていない。ヤシロには、その動きがあまりにも遅く見えた。その一瞬で理解する。

 この三人は捨て駒だろう。

 彼らは《E3》の使い手に銃弾はほとんど通用しない、ということも知らないようだ。《E3》の影響下にある人間は、銃弾よりも少し速いスピードで動くことができる。

「悪いな」

 銃弾をかわし、ヤシロは前へ跳ねた。

 バスタード・ソードを突き出す。刺突する。連続して二度、鋼の切っ先はまっすぐに狙いを貫いている。先に飛び込んできた男二人の喉だった。彼らの絶命の瞬間を、ヤシロは見送らない。


 時間にして、ほんの一秒にも満たない攻防だった。通常ならば視認することも困難な速度。だが、ヤシロにはすべてが見えていた。

 その理由は《E3》にある。

 勇者が用いる《E3》という薬剤は、人間に圧倒的な身体能力と、特別な知覚能力――エーテル知覚と呼ばれる能力を与える。例えばそれは数秒先の未来を視る視力かもしれないし、あるいは他者の心の声を聴く聴力かもしれない。エーテル知覚の性質は個人によって大きく異なる。

 ヤシロの場合、それは『知覚の高速処理』だった。知覚した出来事を、何倍、何十倍にも引き伸ばして認識する力。飛来する弾丸ですら、彼にとってはゆっくりと山なりに投げられたバスケットボールのように感じることができる。

 故に、と、ヤシロは確信している。

 恐らく自分のエーテル知覚はかなり強力な部類に入るだろう。ただ拳銃を持っただけの、この程度のやつらに負ける気はしない。


「《死神》……」

 三人目の男は、ヤシロの顔を見て上ずった声をあげた。拳銃を構える。

「そうだよ、俺が《死神》だ」

 ヤシロは挑発的に笑った。

 その鼻先を目がけて、弾丸が発射される。遅い。わずかに上体を傾ければ、簡単に避けることができた。あとは二発目が発砲される前に距離を詰め、バスタード・ソードの柄で相手の頭蓋を砕けばいい。

 三人目が崩れ落ちるまで、一呼吸分の時間も必要なかった。

「――で」

 ヤシロは三人の死体を踏み越えて、無造作に廊下へ出る。

「四人目。お前はどうする? 回れ右して帰宅した方がいいと思うぜ」

 薄暗く、狭い廊下だった。頼りない電灯の下にトレンチコートを着込んだ男が立っている。顔色の悪い、陰気な男だった。片手に、日本刀をぶら下げるようにして握っている。

 間違いなく勇者だ、と、ヤシロは判断した。

 それも、魔王に雇われている勇者。彼らは魔王から報酬を得て、他の魔王や勇者を殺す仕事を請け負う。ヤシロ自身も、そうした形で依頼を受けたこともある。


「無傷か、《死神》ヤシロ」

 トレンチコートの男は、かすれた声をあげた。

「さすがに用心深い」

「おかげさまで」

 ヤシロは鼻を鳴らす。

「俺の心配をしてくれるつもりがあるなら、拳銃を持ったやつらに突入させるのは最初からやめてくれ」

「《嵐の柩》卿からは、手荒く挨拶をして構わないと命じられている」

「いまの銃撃が挨拶か? 笑えねえな! お前、どこの世紀末から来たんだよ」

「その態度――噂通りだな、《死神》。これから《嵐の柩》卿メッセージを伝える。聞くつもりはあるか?」

「嫌だね」

 ヤシロは即答した。

 理由は二つ。まず《嵐の柩》卿は、目下のところ彼とトラブルを抱えている魔王の名前だ。その使いを相手に、友好的に接する気にはなれない。

 もう一つの理由は――ヤシロにとっては、もう少しだけ重要なものだ。彼は頭を掻きむしり、正面からトレンチコートの男を睨んだ。


「お前、さっきの下っ端どもを捨て駒にしたな? 俺に返り討ちにされると知ってて、突っ込ませた」

「だからなんだ? 知り合いでもいたか?」

「別に。ただ、俺に言わせてもらえば、勇者なんて仕事は確かに最低のクズがやる仕事だ。ロクでなしばっかりで、まともなやつがいねえ。そうだろう?」

 ヤシロにとっては、話をはぐらかしているつもりはなかった。だが、トレンチコートの男は訝しげに首を傾け、一歩だけ距離を詰めてくる。

「何の話だ。時間稼ぎをしているのか?」

「まあ、聞けって。確かに勇者は最低の商売だよ。そりゃ認める。でも、最低のクズ以下にはなりたくねえと思ってるんだよな、俺は」

「さっきから、何が言いたい?」

「他人を捨て駒にしようなんて、最低のクズ以下のクソ野郎だなって言ってるんだよ。俺は――」

 言いかけて、ヤシロはそこで止めた。やや語気が強くなりそうだったからだ。この台詞をそこまで感情的に言ってしまうと、馬鹿のように聞こえるかもしれない。あるいは、とんでもないお人よしか。

 その後悔を誤魔化すため、いかにも軽薄に肩をすくめてみせる。

「――つまり、最初から自分で来いよ。お前も、《嵐の柩》卿もな。臆病者の根性無しどもめ」


「そうか」

 トレンチコートの男は、わずかにうつむいた。うなずいたのかもしれない。

「やはり、少し負傷させた方がいいようだ。こちらの話を聞きたくなるように」

「やめとけよ」

 ヤシロは片手を振った。タイミングを計る。いつ、どこで仕掛けるか。無駄口を叩きながら、互いにその瞬間へと近づいていく。

「俺はめちゃくちゃ強い。知ってるよな? 超一流の勇者、《死神》ヤシロだ」

「この界隈には、『最強』を名乗る勇者がやたらと多い。口先の達者な連中だ。お前もその類か」

 トレンチコートの男は、日本刀の切っ先を持ち上げた。刃を肩に担ぐような構えになる。

 ずいぶんと古風な構えだ、と、ヤシロは思う――似たような使い手と対峙したことがある。この構えからの斬撃は重く、まともには受けられない。

「噂通りの使い手には見えないな、《死神》ヤシロ」

「なんだよ」

 男の構えに応じて、ヤシロもバスタード・ソードをゆっくりと持ち上げていく。

「マジにやる気か? じゃあ――」

 背中を丸め、ヤシロはバスタード・ソードの切っ先を床に向けた。誘いだ。果たして、相手はそれに乗ってみせた。

「お前、もうすぐ死ぬぜ」


 ヤシロは見た。トレンチコートの男が体を沈め、飛び出してくる瞬間を。先程の銃弾よりもはるかに速い。《E3》使用者とはそういうものだ。だから拳銃ではなく、剣を武器にする。

 交錯はただ一度でよかった。

 トレンチコートの男が斬り下ろしてくる。空気が焼けそうなほどの苛烈な斬撃だった。ヤシロは踏み込み、それに正面から応じた。柄の端に左手をかけ、切っ先を梃子のようにして持ち上げる。それは相手の刃をそらし、こじ開けるような動きになっている。互いの刃がぶつかり、金属音が擦れ合う。

 そして、一閃。

 トレンチコートの男が目を細める。その首から、鮮血が噴き出した。


――――――――


 居場所が突き止められた原因には、ヤシロにも心当たりがあった。

 この宿泊先を知っている人間は限られる。思い浮かべる顔は三つ。彼の同業者である三人の男――そのうち、すぐに連絡がつきそうな者は一人しかいなかった。

 彼の名を、《ソルト》ジョーという。ヤシロも本名は知らない。ただ、勇者に転職する前は、ヤクザの用心棒をやっていたと聞いている。


「――おい。舐めてんのか?」

 重たい足取りでビジネスホテルから出たヤシロは、スマートフォンを片手に握っていた。耳元からは、低い男の声が漏れ聞こえる。《ソルト》ジョーだ。

『おう。ヤシロ、生きてたか? こいつはラッキーだ』

「どういうことだよ、それ」

 歩きながら会話をする、ヤシロの声は自然と不機嫌そうなものになっていく。

「お前、まさか俺の命で賭けてたな?」

『オレはちゃんと無事な方に賭けたんだぜ』

《ソルト》ジョーの声は、少し笑っているように聞こえた。

『いま、かつてないほどお前に感謝してるよ。生まれてはじめてかもな』

「ふざけんな。こっちの居場所がバレたってわかってんなら、連絡ぐらいしろよ。それともてめーがタレこんだのか? 殺すぞ」

『おいおい。連絡なら、ちゃんとしたぜ。電話もかけただろ』


「――ああ」

 ヤシロはふと気づいたように足を止めた。少しだけ沈黙して、肩をすくめる。

「そういえば、お前からの着信は拒否設定してたな。こういうこともたまにあるから、外しとこうかな……じゃあ、俺の居場所はどこから漏れた?」

『酔っぱらったマルタが口を滑らせたらしいぜ。笑えるだろ。そのあと慌てて殺しに行ったって話だが、間に合わなかったみたいだな』

「そうかよ」

 ヤシロの口からため息が漏れた。

「あいつは本物のバカだから、いまさら言っても仕方ねえな。まあいいや。マルタをぶん殴るついでに、これから飲みに行く。どうせ《グーニーズ》にいるんだろ?」

『いるけど、金なら貸さねえぞ。オレも今月はヤバいんだ』

「お前はいっつもヤバいよな。大丈夫だ、今日は」

 自分のポケットを叩いて、ヤシロは笑う。

「臨時収入が入った」

『そういうの、強盗殺人っていうんだぜ』

「先に拳銃で撃ってきたのはあいつらだろ、殺されそうになったんだぜ。このくらい当然だ。いいからピザとビールは注文しとけ。あとカードゲームの準備もな。ピザはLサイズで――」

 要求を並べるヤシロの足跡に、一滴の血の雫が落ちた。


「げ」

 それに気づいて、彼は強く顔をしかめた。自分の腰の辺りに視線を向ける――ベルトの金具に、べったりと返り血がついている。拭き残していたらしい。よく見れば、シャツにも目立つ血痕がある。どこかで買い替えた方がいいだろう。

「ほんと、勇者ってひでえ商売だな」

『知ってる』

 電話の向こうで、《ソルト》ジョーの爆ぜるような笑い声が響いた。

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