第2話

 言うまでもないことかもしれないが、俺に対する追求は熾烈を極めた。

 獲物に襲いかかる猛獣のごとく、例の三人が噛み付いてきたからだ。


 このペンションに集まった《アカデミー》の生徒のうち、三人の女子学生のことを、俺は残念ながらよく知っていた。

 やたらと広いペンションの談話室に追い詰められ、俺は今回の件についての弁解を余儀なくされた。

 しかも、ゲロが出そうなくらいひどい茶番の形式で。


「それでは、《死神》ヤシロ被告」

 城ヶ峰亜希は、そう言うなりテーブルを丸めた雑誌のようなもので叩いた。

 裁判官が使うハンマーのつもりだろう。雑誌の表紙には、『月刊LOB』と書かれている。たしか勇者専門の雑誌だったはずだ。この世には変わった趣味の持ち主が、結構な割合で存在するらしい。

「これから臨時裁判を開廷します。静粛に!」

 城ヶ峰はいつもの通り、うんざりするほど真面目くさった顔で俺を見つめていた。

 中身はともかく、顔は整っているといってもいい。大人びているというか、とてつもなく硬い彫刻のような印象の表情。頑固とかいうレベルを超えた、圧倒的な融通の利かなさの現れだ。真面目な顔をしていると、それが余計に強調される気がする。

 彼女は神妙な顔で告げた。

「ヤシロ被告は、証言台に立ってください」


「やだよ」

 俺はあえて態度悪く、城ヶ峰の対面に浅く座り、足をテーブルの上に乗せて椅子にもたれかかった。片手には、使用無料の湯沸し器を使って淹れたコーヒー。

 これからのひと仕事へ向けて休憩しようとしたところを、こいつらに捕まった格好だった。

「なんで俺が裁判されなきゃいけないんだ」

「それは当然」

 城ヶ峰は非難がましい目で、俺と、俺の隣に涼しい顔で着席した新人バイト――《白い尾の猿》卿を一瞥した。

「師匠の悪行を糾弾し、そこの悪質な魔女を裁き、適切な刑に処するためです!」

「魔女裁判かよ、これ」

 俺は呆れた。こいつの頭の中は中世ヨーロッパ同然なのか。その疑いは十分にある。


「被告は勝手に発言しないでください」

 城ヶ峰は鋭く俺の文句を遮った。

 やっぱり、ひどい茶番だと思った。なぜこんなものに付き合わなければならないのか。逃げ場がなさそうだったからだ。

 俺は談話室の入口付近に目をやる。何人かの女子生徒、おそらくは城ヶ峰どものクラスメイト連中が、こちらの様子を窺っている。何か楽しそうにひそひそと話をしているようでもあり、もしかすると、俺に関する悪質な噂の類が流布されているのではないか。

 いったいどんなことを吹き込まれているのか、非常に気になるところではある。あとで尋問するべきか。

 俺が思案している間にも、城ヶ峰のアホくさい裁判は続いている。

「それでは、検察官の印堂雪音氏。起訴内容の説明をお願いする」


「はい」

 印堂雪音は静かにうなずき、左手をあげた。

 こちらは城ヶ峰と比べるとかなり小柄で、そのどこか冷たいような顔つきのせいもあってか、日本人形のように見える。それも、割と呪いとか得意そうなやつ。まっすぐ掲げた左手は、人差し指が一本だけ欠けていた。

「ヤシロ教官は、私たちに内緒で」

「いまは被告だ、雪音。たとえ師匠といえども容赦するな!」

「――ヤシロ被告は」

 印堂は律儀にも、城ヶ峰の指摘通りに言い直した。

「私たちに内緒で、変な女を連れて、このペンションに泊まりに来た。すごく良くないと思う。私は不愉快」

「検察の個人的な意見じゃねえか」

「私は不愉快」

 俺の指摘は受け入れられなかった。印堂は呪いの市松人形のような目で俺を睨んでいる。そんなものは知るか、と言いたい。


「よって、ヤシロ被告には次の週末、私を遊びに連れて行く罰の適用を要請する」

「雪音」

「――私たちを遊びに連れて行く罰に訂正する。あと、ここへ変な女を連れて泊まりに来た事情を説明しなければならないと思う」

 若干の沈黙があったが、雪音はまたしても城ヶ峰の訂正を受け入れた。

 面倒くさくなってきたので、俺はコーヒーをすすり、適当にあしらおうとした。

「俺は忙しいんだ。ここに来たのも仕事だよ、仕事」

「それはどうでしょうか」

 城ヶ峰は自信ありげに腕を組んだ。『お前の悪巧みなどお見通しだ』と言わんばかりの、偉そうな顔だった。

「これより証人喚問します。セーラ!」


「え?」

 城ヶ峰の隣で頬杖をついていた、三人目の女子生徒が不意をつかれたような反応をした。

「あ、私?」

 青い瞳を瞬かせる。見事な金髪の少女だった。多少やさぐれた感じはあるが、印堂を日本人形とするなら、こいつは西洋人形だ。彫りの深い顔立ちは明らかに日本人ではない。

 彼女の名を、セーラ・カシワギ・ペンドラゴンという。《円卓財団》を率い、《アカデミー》を経営する世界最高の勇者――つまり世界最悪レベルのクソ野郎、アーサー王の一人娘である。有名すぎる父親を持った反動か、順調にグレて野性化してしまったのが笑えるところだ。


「むろん、きみだ。セーラ!」

 城ヶ峰は鬱陶しい熱意を持ってセーラを促す。

「巨悪を暴くため、証言してくれ。勇気を出して!」

「かなりうざったいんだけど、そのノリ、私も付き合わなきゃダメなやつなのかよ」

「頼む! 勇気!」

「うざっ」

 セーラは迷惑そうな顔で笑ったが、結局は城ヶ峰の茶番に付き合ってやることにしたようだ。やっぱりこいつは苦労を背負い込むタイプだな、と俺は改めて思った。

「ええと、じゃあ、つまりセンセイの仕事って」

「いまは被告だ、セーラ! 絶対に容赦しないように!」

「わかったよ、もう……ヤシロ被告の仕事って、魔王をぶっ殺すことだよな」


「そりゃまあ、勇者だからな」

 言うまでもない。

 勇者なのだから魔王を探し出して殺す。それで賞金をもらったり、個人的な復讐や利害だったりする場合には、そいつから報酬を受け取ることもある。そういう仕事だ。

「いるのかよ、この辺にさ。魔王」

 喋りながら、セーラは窓の外に目をやった。やっぱり同級生らしき学生たちが、こちらを覗いている。それが気になるらしい。

「私たち《アカデミー》のEクラスが、野外研修先に選んだんだぜ。《円卓財団》が調査して、魔王いないって確認してるんだよ」

「それじゃあ、俺の調査力が上回ったってことか。《円卓財団》も大したことないな」

 俺は積極的に本来の目的を隠蔽しようとした。


 今回は宝探しだ。こいつらに、というか特に城ヶ峰に知られると、思わぬ範囲まで知られてしまう可能性がある。

 たとえば、あの引率の《トリスタン》先生とか。そいつは避けたかった。無駄に爽やかな雰囲気があるとはいえ、あのアーサー・クソ野郎・ペンドラゴンの飼い犬だ。余計な邪魔をしてこないとも限らない。

「まあ、百歩譲って」

 セーラは徐々に疑わしげな目になっている。俺と、俺の隣にいる《白い尾の猿》卿を交互に見た。そしてさらに疑惑のまなざしを深めた。

「センセイの、その――調査力が上回って、魔王がこの近くにいるとして。なんでそいつまで連れてくる必要があるんだよ」

「荷物持ちだよ。あと非常時の盾」

「すげー嘘くさいんだよな」

 セーラは同意を求めるように城ヶ峰と印堂を振り返る。

 印堂が無言でうなずくと、城ヶ峰は攻撃的に《白い尾の猿》卿を指さした。


「明らかにその女は必要ありません! 出かけるなら私に声をかけるべきだったと思います。荷物持ち上等です! 楽しい会話も提供します! その女の百倍便利で役に立つ――おい! 聞いているのか、《嵐の柩》卿!」

「どうやら、いまの私は《尾の白い猿》卿らしいですから」

 《白い尾の猿》卿は肩をすくめ、自分の手首にかけられた手錠を示した。

「そう呼んでください。ヤシロ様がそういう関係で行こうと。ね?」

「ね? じゃねえよ、口の利き方に気をつけろ」

「はい、はい。わかりました、ご主人様」


「ゆっ」

 城ヶ峰は激昂するあまり、言葉をつまらせた。その直後に立ち上がり、丸めた雑誌を潰れそうなほど握りしめた。

「許せん! 爛れた関係を感じる! 師匠、これはどういうことですか!」

「同感」

 印堂の目つきは、いつも以上に冷たい。眉間にシワが寄っている。

「そういう趣味嗜好については、先に申告するべき。その範疇なら対応できるはず」

「あのさあ――そういうのは、私は別に、いいんだけど」

 頬杖をつくセーラは、「他の二人とは違う」と暗に主張したそうだった。とにかく疑念に満ちた表情で俺を見ていた。


「なんか隠してるだろ、センセイ」

「いや別に」

「嘘つけ! 絶対隠してるだろ!」

「隠してないって。それより、お前らだよ」

 俺は話をそらすべく、こちらから質問することにした。セーラはそれに気づいて何か反論しようとしたが、そうはいかない。俺もすぐに質問をひねり出す。

「なんでこんなところに林間学校なんだよ。幽霊が出るぞ、知らないのか?」


「はい! まさに、そのとおりなのです!」

 城ヶ峰が迅速に反応した。誇らしげに胸をそらす。印堂が鬱陶しそうに彼女を見たが、それだけだった。

「私たちEクラスは、この近辺に存在する、とある無人の洋館――通称『躑躅屋敷』に収束した幽霊化現象を掃討するべく、この研修授業に派遣されました!」

 まさにそいつは不意打ちだった。


 俺は咄嗟に《白い尾の猿》卿と視線をかわした。やつは珍しく驚いたような表情を、ほんの一瞬だけ浮かべた気がする。

 この近くの洋館――躑躅屋敷、というらしい。

 それはかつて、《嵐の柩》卿と呼ばれた魔王が別荘として扱っていた施設にほかならない。つまり隠し財産の保管場所でもある。

 こいつはまずいぞ、と俺は思った。

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