第5話

 当然のごとく、俺から仕掛ける。

 慣れない得物、慣れない状況、そしてどんな技を使うのかわからない相手だ。速攻をかけるのが最善だと思った。

 かすかに軋む床を踏み抜き、袈裟懸けに木刀を打ち下ろす。

 これだけバカ正直な攻撃は、俺も滅多にやらない。しかし威力はある。相手の受太刀ごと押し込むつもりで打つ。


 これに対してタヌキ顔の男、庄田某はわずかに木刀の先端を揺らした。

「おお」

 俺は思わず呻いた。

 木刀の切っ先が、コンパクトな弧を描く。そんな感じの動作に見えたが、それは確実に俺の袈裟斬りを受け流し、直後にお返しの刺突を加える一挙動――狙いは喉元。

 殺す気かよ。

 瞬きをしていたら見逃していたであろうほどの、一瞬の技だった。

 さすが、なかなかにやる。

「ひゅっ」

 と、庄田の喉から、奇怪な雄叫びが漏れた。


 即座に半身になり、引き戻した木刀でこの一撃を受けた俺は凄いと思う。

 ほとんど偶然に近いが、この偶然を都合のいい時に手元に引き寄せる力こそ、おそらく普段の練習ってやつだろう。

 そうでなければ俺が天才かのどっちかだ。


「師匠! 突きが来ます!」

 城ヶ峰のうるさい声が背後から聞こえる。なんて致命的に遅すぎるアドバイスだ。黙っていろ、と言う代わりに腰を沈め、俺はそのまま相手の木刀を押し返そうとした。バインドからの技を狙う。

 これに相手は付き合わない。

「ひゅう」

 と、これまた奇怪な呼気を漏らし、庄田某は飛び下がった。


 理由はわかる。

 俺の私見ではあるが、日本の剣術は鍔迫り合いを好まない傾向がある。

 もちろんその手の技がないというわけではないが、とにかくあまり好まれない。たぶん日本刀が壊れやすいからではないだろうか。

 木刀を使った稽古でも、その傾向が見て取れる。鍔がないし、刃がないから、鍔迫り合いからのスライスといった技術の練習に向かない。

 一方で、俺の勉強したバスタード・ソードを用いた剣術では、鍔迫り合いからの技の変化を得手とする。両手、片手、どちらでも対応できる剣の強みで、手元の攻防ではかなり多彩な技法を練習する。

 もしかしたらその意味で、この庄田某も自分が知らない西洋剣術のテクニックを警戒したのか。

 慎重にして堅実。実力を伴った臆病さ。面倒な相手だ。


「――よし」

 俺は庄田某のタヌキ顔とにらみ合い、うなずく。

 この一手の攻防で、だいたいわかった。

「勝つのは無理だな。こいつ、相当に強い」

 俺は周囲の人間に聞こえるように言う。相手はさすがに《柳生》である。この状況下では、《E3》なしでの勝利は不可能だろう。

 ならばどうするか。

 自分と相手の違いを利用することだ。つまり、西洋剣術と日本剣術、俺と相手の違い。

「やるから、見とけよ!」

 俺は印堂に聞こえるように言った。


 そしてまた、こちらから踏み込む。

 庄田某は、下がるのではなく横に足を滑らせた。摺足というのか。袴に隠されて見えないが、独特の歩法というやつがあるのだろう。

 それでも俺は自らの攻撃を選択した。

 今度は正面から、先ほどのお返しの刺突。これも対魔王剣術ではあまり使われない手だが、やっぱり対応される。庄田某はこれを難なく体捌きでかわし、木刀で弾き、反撃の袈裟斬りを返す。

 よくもまあ、この距離でこんなにコンパクトに木刀を振り回せるものだ。俺なら両刃を活かしたスライスで攻める。この点、攻防のやり方がセーラに似ている気がする。


「ひゅっ」

 またしても、奇怪な呼気。

 相手の狙いは鎖骨――俺はまた間一髪、木刀の根元あたりで捌く。

 それでも今度は威力を殺しきれず、やや浅く木刀の一打を受けることになった。鈍痛。俺はそれをこらえる。『それまで』の声が聞こえなかったからには、有効打とは判定されていないだろう。


「師匠、今度は袈裟斬りが!」

 だから、城ヶ峰はクソうるさいし、遅すぎる。

 苛立つ俺を置き去りにするように、庄田某はまた飛び下がる。俺にダメージを蓄積させて、程よいところで勝負を決めるつもりか。

 そうはいくか、と俺は思った。勝負を決めるのはいまだ。

 思い切り姿勢を低くして、相手の足を狙って木刀を振った。

 振った、というよりも投げた。


「あ」

 と、間延びした声をあげたのは誰だったか。

 勢いよく投げた木刀は、庄田某の足――というか、袴に絡んだ。俺が姿勢を低くしたとき、脛斬りを警戒してより大きく跳んだのも災いした。たたらを踏んで、転倒をこらえようとする。

 これが西洋剣術と、日本剣術との違いの一つになるだろう。

 日本剣術は袴を身に付ける。

 達人ならば袴を利用し、足運びを隠して戦うことができるのだろうが、基本的に自らの動きを阻害しやすいという一面はある。

 とはいえ相手を弁護するなら、このとき、たった一つしかない武器を投げてくるとは思わなかったのかもしれない。


 こういう隙を見逃す手はない。俺は即座に前方に踏み込む。

「ジョー!」

 と、俺が怒鳴るまでもなかった。

 すでに乾いた音をたてて、床を木刀が滑ってきている。こういうときの連携は《ソルト》ジョーが理想的だ。俺の企みをよくわかっている。

 俺は《ソルト》ジョーがよこした木刀を掴み、体勢が崩れたままの庄田某へ、正面から思い切り叩きつけた。


 あとは、おおよそ四手。

 一打目は木刀で防がれたが、完全に受けに回った。反撃も回避もできる体勢ではない。続く足払いをかわせなかった。次の二打目で頭部を打ち、転んだところで相手の胸板を踏みつける。

 思い切り踏んだので、庄田某は空気が漏れるような奇怪な悲鳴をあげた。

「動くなよ」

 俺は仰向けに倒れている相手の首筋に、木刀の切っ先を突きつけた。

「いまので肋骨が折れた気がするだろ? いますぐ医者に運んでもらうか、《E3》を使った方がいいと思うぜ。どうする?」

 一瞬だけ間があったが、さすがに《柳生》の高弟。

 庄田某は冷静だった。タヌキ顔でぎょろりと俺を睨みつけ、かすれた声をあげた。

「――参った」

「だよな!」


 俺は周囲を見回した。

 柳生の連中が俺を注目しているのがわかる。好意的な凝視ではない。さらに憎悪が増した気がする。

 しかしルール違反はしていない。武器を投げることも、追加の武器を仲間から譲渡してもらうのも、禁止されてはいなかった。この点、一流の暗殺剣術である《柳生》の連中が、『卑怯』だとか言い出すことはないという確信があった。


「まあ、こんな感じで」

 俺は印堂を振り返った。

「ルールに触れないようにインチキするのが勝利のコツだな。わかるか?」

「はい!」

 印堂に言ったつもりだったが、答えたのは城ヶ峰だ。印堂は無言だったが、不愉快そうな横目で彼女を睨んだ。

「わかりました、師匠! 仲間との絆を活かした連携、お見事です」

 仲間との絆。

 ジョーから武器を投げてもらうインチキ行為は、こいつの頭の中ではそういうことになるのか。すごいな。

「では、次は次鋒として私が! 勝ってはずみをつけ――あっ」


「おう。邪魔だから引っ込んでろ、面白チンパンジー」

 城ヶ峰の膝裏を蹴って、進み出てきたのは当然のように《ソルト》ジョーだ。

「次はオレの活躍だ」

 やつは威圧感たっぷりの眼光で、柳生どもを睨みつけた。

「死にたいやつは誰だ? ああ?」

「――次鋒は、あなたですか」

 楓が低く、冷たい声で尋ねた。片手が木刀を握っている。

「よろしいですね?」

「もちろん。次はあんたか、姉ちゃん。悪いが手加減――」


「こちらの次鋒は、このお方です」

 楓はジョーの口上を遮り、背後の暗がりに声をかけた。

「……おう」

 《ソルト》ジョーが口を半開きにした。そこにいた人物が、すでに木刀を手に、羽織の袖を襷でくくっているのを見たからだ。どことなく薄汚れた印象のある、小柄な男だった。

 ジョーはうんざりしたように、俺を振り返った。

「マジでか、おい?」

 俺は何もコメントできなかった。


「ん、なんだよ、ジョーが相手なのかい」

 柳生どもの次鋒――すなわち《もぐり》のマルタは、木刀を肩に背負い、頭をかきむしりながら進み出てくる。

 そして恥ずかしそうに笑った。

「いやあ久しぶりだね。よく考えたら、こういう立ち会いって何年かぶりだよなあ」

「待て、おい、ふざけんじゃねえっ」

 ジョーは獣のような声で怒鳴った。

「オレたちが誰を解放しようとしてこんな茶番やってると思ってんだ! ぶっ殺すぞ!」

「すまんね、さっきうっかり約束しちまって」

 マルタはまた頭をかきむしった。

「楓から三万円もらったから、なんでも言うこと聞くって」


「さすが孝宗様。約束を守るお方」

 信じがたいことに、楓はマルタを尊敬の目で見つめていた。

「私のために刀を手に取って下さること、楓は感激しております」

「三万円のためだろうが、クソが! なんだよその目は! てめー、クスリでもやってんのか!」

「無礼な」

 楓はまた氷を思わせる冷酷な目で、ジョーを一瞥した。

「あなたごとき、孝宗様の神技で切り伏せられるがいいでしょう。お願いいたします、孝宗様! 私たちの愛のために!」


 マルタは困ったように笑う。

「いやホントにすまん、ジョー、この三万円でパチスロ勝ったらおごってやるからさ」

「てめーが三万円で勝てるわけねえだろ! おい冗談じゃねえぞっ、ヤシロ――」

 ジョーはまた振り返ったが、俺は黙って首を振るしかない。

 俺もジョーも、《E3》なしでマルタに勝つのは無理だ。さらにマルタが一度約束したことを覆すはずもない。三万円以上の金を積んでも、そういうのは有り得ない。

 せめて、俺はジョーの試合から顔を背けてやった。


 ――結局、その四十秒後、《ソルト》ジョーは壮大なドタン、バタンという音とともに宙を舞うことになる。あわや燭台を倒して火事になるところだった。

 そのスキンヘッドの頂点に痣ができ、木刀はへし折られていたという。

 完全に目を回したジョーを見て、俺は戦略上の負けを悟った。

 こいつはとても無理だ――このあと、印堂は苦戦の後に白星を取ったが、城ヶ峰とセーラは当然のごとく惨敗。

 勝ちをもぎとった印堂は城ヶ峰とセーラに『この役立たずども』と言わんばかりの目を向けていた。俺も同感ではある。が、城ヶ峰は気絶していたし、セーラは緊張のあまり試合後も木刀から手を離せなくなっていたから、それどころではなかった。


 とにかくこうして俺たちのマルタ奪還計画は、完全に暗礁に乗り上げることとなった。

 残された手段は一つ。

 もう、戦争しかないだろう。

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