第2話

「で?」

 店の中央に作戦会議卓――いちばん大きいテーブルを設置して、俺はその中央に腰掛けた。テーブルに肘をつき、手を組む。

「諸君のアイデアを聞こうじゃねえか」


「はい!」

 案の定、城ヶ峰は真っ先に手を挙げた。

「私は腹案を用意しています。すなわち資料展示です。学生らしく! これ以上にふさわしい出し物があるでしょうか。いや、ありえないでしょう」

 言い切った挙句に、カバンの中から分厚いファイルを引っ張り出す。

 えらく几帳面に資料と思しき紙が綴じ込まれ、その文字の多さは横から見るだけでうんざりした。

 しかし城ヶ峰は、これこそが正義と栄光のアイデアだと信じ込んでいるらしい。喜々としてファイルをめくり、そこに書かれている『企画概要』を読み上げる。

 さてはこいつ、こういうの好きなやつだな。


「勇者という職業のルーツを辿り、その誇りある歴史を資料にまとめて展示します。最初の勇者、初代アーサー王から始まり、いかにして勇者が世のため人のために戦ってきたかを紐解き、新入生と来場されたお客様に伝えるのが目的です!」


 ――と、城ヶ峰は力説するが、実際の勇者の歴史はもちろんもっと血なまぐさい。

 かつて、魔王はいまよりもっと数が少なかった。

 現代のように簡易で成功率の高い手術もなかった時代のことだ。偶発的に膨大なエーテル分泌量を持って生まれてくるか。あるいは、己を徹底的に追い込む修行――古い言葉で《アルス・マグナ》と呼ばれるそれによって、体内のエーテル分泌量を異常増加させるか。

 そのくらいしか『魔王』となる方法はなかった。

 そうして『魔王』認定を受けた人間を殺すのが、勇者の役目だったという。そのやり方は様々だ――集団で囲んで不意を突くか、魔王と同じくイカれたような修行でエーテル分泌量を増やすか。例外として《魔剣》を手にするという選択肢もある。

 とにかく、いまも昔もやっていることは変わらない。

 方法が少し変化してきただけだ。


「いかがですか、師匠」

 しかし、城ヶ峰はそのアイデアに絶大な自信を持っているらしい。暑苦しいほど熱意溢れる目で俺を見上げた。

「このようにして壮大な歴史資料を編纂するのです。我々にふさわしいと思いませんか!」

「城ヶ峰らしくクソ真面目だな。まあ超つまんねえ出し物だと思うけど、評価は高いんじゃねえの。先生とかから」

「そうでしょう! あ、もちろん現代の勇者代表として、師匠のことも取り扱う予定です! これは全体の大半を占めるメイン展示になります。師匠の卓抜した剣技から華々しい経歴、そのエーテル知覚の秘密に迫るという――」


「おう、わかった。却下だな」

 こいつ、とんでもないことに手を染めようとしていやがった。

 勇者の情報なんて秘密にしておくに限る。

 剣の腕前や得意な武器、経歴から類推できる活動範囲、とどめにエーテル知覚の秘密に迫られたら、その勇者が死ぬのはそう遠くないだろう。


「なぜですか!」

 城ヶ峰は本当に理解できないといった顔で反論してきた。理解できないのはお前の頭だ。

「展示に使用するべく、拡大した師匠の写真も多数用意しているんですよ! 師匠の横顔をプリントしたうちわとか、シャツとか、師匠の名言を記した日めくりカレンダーとか」

「おっ。思ったより最悪だな。危ないところだった――おい、セーラ」


「ん、ああ?」

 俺は向かいの席に座るセーラを見た。こいつは根が真面目だから、メモ帳を開いて鉛筆まで握っている。議事録でも残すつもりか。さすが学級委員。

「よくぞこいつを放置せずにここまで連れてきたな。特別によくできたポイントを十点やろう」

「そのポイント、いまだに何なのかよくわかんねーんだけど」

 セーラは苦笑いをするが、実際のところファインプレーだ。俺が甚大な被害を受けていた可能性がある。

「とにかく次だな。次の意見。もう少しまともなやつ」

「なんと、師匠! ひどい!」

「黙れ、次! 印堂、お前だ。なんかあるか?」


 城ヶ峰の文句は無視するべきだった。さっきから黙って聞いていた印堂は、眠そうな顔をあげた。

「――うん。別にない」

 まるで興味がなさそうな声だった。

「なんでもいい。できるだけ手がかからないもの。休憩所とか」

「あ、出たな。クラスに最低ひとりはいるんだ、この手のやる気ないやつが」

 印堂は典型的だ。このイベントをまったく重要なものだと考えていない。むしろやりたくないとすら思っているだろう。


 セーラがため息をつくのがわかった。

「な。雪音は極端だけど、クラスの半分くらいがこの調子でさあ。私は、こんなとこで評価落としたくないんだけど」

「責任重大だな、学級委員長」

「茶化すなよ、センセイ」

 セーラは顔をしかめたが、俺は気にしない。


 こういうときは印堂のやる気を引き出してやるのが、優れた指導者――いや、経営者というものだ。俺もゆくゆくは勇者稼業から足を洗い、優れた経営コンサルタントとして、南国あたりで悠々自適の生活を送る計画がある。

 なので、眠そうな印堂の頬を引っ張ってみる。

「おい、なんかアイデア出せよ。こういうのもチームプレイだ。勇者の極意だぜ」

「極意」

 印堂はその単語を聞いて、わずかに興味を示した。頬を引っ張られたままでこの無表情、さすが印堂雪音。

「たくさんお客を集めればいいの?」

「まあ、そういうことだな。思いつくか?」

「よくできたポイントは?」

「マジに名案なら五点やろう」


「――じゃあ」

 と、印堂は手を挙げる。

「私はメイド喫茶がいいと思う。セーラが言ってたやつ」

「うえっ?」

 その瞬間、セーラは明らかに動揺した。そのうえ、下手くそな言い訳を口にし始める。

「いや――待った。そりゃまあ、定番だから。提案しただけで。別に私がやりたいって主張したわけじゃないからな。違う。センセイ、その目やめろ。その――死んだ鳥みたいな目」

「この目は生まれつきだ」

 とはいえ、俺は笑いを抑えられない。

 本人は巧妙に隠蔽しているかもしれないが、セーラがやたらと少女趣味であることは、もはや周知の事実である。

「なんだ、セーラはメイド喫茶やりたかったのかよ」


「うん。衣装が可愛いから」

 印堂が横から口を挟む。

「って、セーラが言ってた」

「言ってねーよ! 雪音は捏造すんなって。私はただ、ああいうのも悪くないって言っただけだろ。文化祭っぽくてさあ。要するに――」

「とにかくメイド喫茶はお金が儲かると思う」

「あっ! 聞いてねえ、こいつ。雪音、おいっ」

 セーラは声を荒らげて主張し、印堂の肩を揺らしたが、ほとんど無視された。当の印堂は揺らされながらも、構わず続けている。


「うちのクラスは、やっぱり女子多いし――見た目はいいから」

 主に城ヶ峰を見ながら、『見た目は』、という部分を強調した。

「きっとお客がたくさん来るし、お金が儲かると思う」

 喋りながら、段々と印堂はテーブルに突っ伏すような姿勢になっていく。すごく眠たそうな目つきだった。これは印堂がたまに見せる、『面倒くさい』の仕草だ。

「ちょっと大変そうだけど……」

「さすが印堂、効率第一主義だ」

 俺は大いに感心した。印堂雪音には、合理的すぎるところがある。目的のためには手段を選ばないような。


 だが、これに対して激しく反対するやつもいる。

「――断固、拒否する!」

 城ヶ峰だ。突如として大声を張り上げ、テーブルまで叩いた。

「私はたしかに美少女なので集客能力は高い。だが、万が一、アイドル事務所的な機関に見つかってしまったらどうする?」

 あまりの熱弁に、セーラも印堂も、『何言ってんだ、こいつ』という顔をした。それでも城ヶ峰は止まらなかった。

「私はアイドルの道を断りきれる自信が……ない! 勇者とアイドルの兼業という可能性を選択してしまうかも知れない。そうして全世界の少年少女に夢を振りまいてしまうかも知れない。私はまだ心が弱い、だから――」


「まあ、城ヶ峰の妄言は放っておいて」

 俺は印堂とセーラにとって、残念な事実を告げなければならなかった。

 念の為に、周囲を見回す。大丈夫だ。この話題を出して怒り狂う男の姿はない。

「メイド喫茶は禁止な。ってか金輪際、この店でメイド喫茶の話すんな」

「ええ?」

 セーラは少し不満そうだった。

「なんか、まずいのかよ」

「ああ。非常にまずい。あと城ヶ峰な。当日は常にこの状態になると思うし、そんなもん考えただけで鳥肌がたつだろ」


「確かに」

 とうなずいたのは、セーラだったか、印堂だったか。両方そろっての発言だったかもしれない。印堂はテーブルに突っ伏して、セーラは『メイド喫茶』と書き込んだメモ帳に取り消し線を入れた。

 とにかく俺は第三の選択肢を模索させてやることにした。

「セーラ、他になんかないのか? ほら、メイド喫茶以外で。なんとなく、お前そういうの詳しそう」

「な、なんでだよ! やめろその勝手な印象は」


「――はい!」

 再び、城ヶ峰が勢いよく手をあげた。

「私に別案があります!」

「お前、ほんとタフだよな。あんまり聞きたくないけど」

「演劇です、師匠!」

 俺は遠まわしに城ヶ峰案を回避しようとしたが、彼女の笑顔は爽やかだった。

「演劇をやるのです。来場するちびっ子たちをターゲットに、偉大な勇者の姿を披露するのです! きっと評価もうなぎのぼりだと思います!」

 そして、城ヶ峰はカバンの中から分厚い黒のノートを取り出した。


「私が台本を書いてきました。力作です!」

 セーラと印堂は顔を見合わせた。どんな表情をしていいかわからない、というニュアンスを含む目配せだった。

 俺はその黒いノートから、とんでもない瘴気が放たれているのを感じた。

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