第2話
秋葉原駅周辺には、俺も仕事の準備でたまに訪れる。
この界隈は《丸の内キャズム》の一角ということもあって、勇者相手に商売する店は多い。武器や弾薬、《E3》を非合法に扱う店は、街のあちこちに点在している。
有名どころで言えば、《ボルタック東京》や《ケレブリンボール》。オンラインで調達している時間がないときは、俺もよく利用する。この手の店は、摘発を逃れるために、しばしば窓口の場所を移す。
しかし、今日の目的はその手の店ではない。
「なんだ、そりゃあ」
と、《ソルト》ジョーは駅前で俺を見るなり、まず文句をつけてきた。
「ちゃんとした格好で来いっつっただろ。なんだよ、てめーその薄汚い身なりは。アホか。チンピラか」
「そりゃ俺のセリフだ。ジョー、お前」
反撃のため、俺はジョーを指差しだ。
「なんでスーツなんだよ」
ジョーは大男であり、スキンヘッドであり、サングラスをかけている。
そういう人物がスーツ姿だと、まず間違いなくカタギの職業とは思われまい。実際にカタギではないのだが、とにかく目立つ。
七年くらいまえの大規模な魔王間の抗争以来、色々とあって、東日本のヤクザはすっかり魔王どもにその地位を奪われた。もうヤクザの生き残りは魔王になるか、魔王の下僕になるかの末路を辿っている。
が、ヤクザの見た目の怖さだけはしっかりと残っているため、ジョーの外見が善良な市民を威圧してしまうのは間違いない。
「あのさあ、今日はパソコン買って、メイド喫茶行くだけじゃなかったか? なんでスーツなんだよ」
「ふん」
ジョーは鼻を鳴らしただけで、俺の発言はほとんど無視した。
「てめーのようなボンクラに、わかってたまるか」
「喧嘩売ってんのか? 笑えるからいいけどさ」
「まずは、パソコンだな」
やっぱり俺の言葉には耳を貸さず、《ソルト》ジョーは背中を向けた。人ごみの中を歩き出す。なんだか、異様な感じがする。
こういうとき、俺はいつも自分の直感を信じるべきだった。
あの《ソルト》ジョーが張り切っている場合、ろくなことになるはずがない。
そして案の定というべきか、電気街を回っている間、《ソルト》ジョーは上の空であった。
どうやら、もともと見当をつけていたモデルがあったらしい。さっさと自分が買い換えるパソコンを選んでしまうと、あとはイライラとした表情で俺の買い物を睨んでいた。
明らかに早く終わらねえかなあ、という顔だったので、こいつはいよいよ様子がおかしい。それほどメイド喫茶に行きたいのだろうか。
いったいジョーに何があったのか、大いに疑問が湧いていた。
「もういいだろ」
とすら、《ソルト》ジョーは言った。
「俺は新しいの買ったし、よく考えたらヤシロにパソコンなんて勿体ねえ。電卓でじゅうぶんだろ」
「いや、俺もパソコン買い換えたいんだけど」
最近の勇者は、インターネットと無関係ではいられない。ジョーも俺も個人用のブログを開設して依頼を請け負っているし、魔王の賞金額をリアルタイムで確認するウェブサイトもある。
そういったオンラインのサービスを利用できてはじめて、スマートな一流の勇者といえるだろう。
「でも、これだけ多いと、さすがに迷うな」
俺は店内に目を向ける。
正直言って、雑然と並ぶディスプレイを前に、俺はいささか圧倒されていた。俺はこの手の家電量販店が苦手だ。あまりにも選択肢が多いので、もう面倒くさくなって、最後には直感で選ぶ羽目になる。
ジョーさえいなければ店員から声をかけられたり、店員に声をかけたりするところだ。が、こんなマフィアみたいな男と一緒にいると、客も店員も近づいてこない。
当然だ。自力で選ぶしかないだろう。
「安くて高性能なやつがいいな。ジョーは意外とパソコン詳しいんだろ、オランウータン並みの知能のくせに。俺のも選んでくれよ」
「あん? ああ」
俺の悪口を、ジョーは完全に聞き逃していたらしい。
やはりこれは重症だ。生返事で答えて、適当に近くの棚を指差す。明らかに面倒くさそうな反応だった。
「そのへんの一万円台のやつにすりゃいい。それ以上は、てめーには無駄だ」
「そりゃ安いけど、見るからに古いじゃん。性能は優秀なのか?」
「ンなわけねーだろ、OSなんて二世代前だぞ。ヤシロが使う分にはじゅうぶんって意味だ。ネットさえ見れればいいだろ」
「失礼なやつだな、俺だってオンラインゲームとか始めようかと思ってるぜ。あの《ソルト》ジョーがやってるくらいだからな」
「やめとけ、てめーには向いてねえよ」
《ソルト》ジョーは失礼なことを言った。
「性格が腐ってるからな」
「なんだよ。俺もジョーのギルドに入れてくれよ、なんのゲームやってんの?」
「ヤシロは絶対ダメだ。お前という存在がギルドの和を乱す。ギルドのマスターさんに迷惑がかかっちまう」
「存在レベルでダメかよ、ひでえな。俺はうまくやるって」
俺だって、オンラインゲームにまったく疎いというわけではない。これでも多少の知識はある。いま、その一端を披露しようと思った。
「あれだろ。ジョーが在籍してるぐらいだし、たぶん他のギルドと仁義なき抗争とかやるんだろ。俺はそういうの得意だぜ!」
「ふざけんじゃねえっ」
俺は親指を立ててアピールしたが、ジョーはサングラス越しに俺を睨んだ。
「誰がゲームの中でまで、ンな血なまぐさいことやるか!」
なるほど一理ある。俺は己の発想を反省し、愕然としながらも納得するしかない。
「確かに、俺らマジで普段から人殺しとかやってるし、ゲームの中でまでそんなことしたくねえな……」
「だろ。アホか?」
ジョーは偉そうな態度で俺を見下ろした。
「うちのギルドのモットーは『のんびり、まったり』なんだよ。休日はみんなで穏やかにピクニックに出かけるような、仲良しギルドなんだよ」
「ピクニック? なに? マジかよ、ジョーが?」
「ああ、そうだよっ。ハチミツ集めとか、家具の手作りとかしてるんだよ! こいつは俺の安らぎなんだ、わかるか? てめーをギルドに入れるくらいなら、刺し違えてでもぶっ殺す」
「怖すぎるだろ……。こいつ、リアルよりバーチャルに重きを置いてやがるな」
俺は肩をすくめるしかない。このように暴力的な商売を営む人間は、すぐに人を殺すとか口にするので困る。刺し違えてでも、ときた。
ジョーと本気で殺し合うことになった場合のことに、俺はふと思いを巡らせた。
たぶん、どっちも死ぬ。
本気の《ソルト》ジョーと戦えば、誰も無事では済まない。あのアーサー王ですら、後れをとるだろう。とにかく個人としてジョーと向き合いたくはない。
「わかったよ」
俺はすぐに諦めることにした。
「じゃあ、もうなんでもいいや。パソコンはジョーと同じモデルにするか。チンパンジーでも使えそうだし」
「ん? ああ、おう。勝手にしろ」
やっぱりジョーは上の空でうなずいた。
腕時計を確認する回数といい、やたらと時間を気にしている。パソコンを買うという目的は、本当に建前だったようだ。こいつはいよいよ怪しくなってきたぞ、と俺は思った。
いったい、なにがあるというのか?
「――なんだ、おい。騒がしいな」
考え込む俺をよそに、ジョーが不機嫌そうに唸った。
店の奥にある、窓の外のことだ。俺もつられて、そちらを覗き込む。
ちゃんとした制服に身を包んだ警察官や、見るからに物騒な武器を手にしたゴロツキども――あれはたぶん勇者だろう。そいつらが表通りを走り抜けていくのが見えた。何か口汚く怒鳴り合いながら、民間人を押しのけるようにして道を急いでいる。
さすが秋葉原は《キャズム》の最大のホットスポットだけあって、勇者や魔王どもの小競り合いは日常茶飯事だ。
ジョーはそいつらから目をそらし、厳つい顔をさらに不機嫌そうに歪めた。
「こりゃあ、さっさと済ませて帰ったほうがいいな」
何の気なしに言ったことかも知れないが、俺はその言葉に衝撃を受けた。
ジョーにやはり目的地があったことはどうでもいいとして、まさかジョーの口からそんな発言が出てくるとは。マジかよ。
いつものジョーなら『何があったか見てくる』とか言い出しかねない。
こいつは派手なことが好きだし、他人の喧嘩とか殺し合いがビールやピザと同じくらい好きだ。
あえて無言を貫いたが、俺はますます警戒を強めることにした。
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