番外編S1
補講1:メイド喫茶に近づくな
第1話
あの《ソルト》ジョーが、休日の真っ昼間から「遊びに行こう」と誘うので、俺は非常に強い警戒心を抱いた。
しかも、行き先は雀荘でもパチンコでもないという。
もちろんカードゲームで遊ぶなら、いつだって付き合う。
が、そういうときのジョーは「遊びに行く」という言い回しはしない。「てめーをぶっ殺すから遺書を書いてこい」とか、「永遠に忠誠を誓わせてやる」とか言う。馬鹿め、それはこっちのセリフだ。
とはいえ今日は、その手の話ではないらしい。
『秋葉原に行こうぜ』
と、電話をかけてきた《ソルト》ジョーは珍しいことを言った。
「秋葉原?」
俺はかなり疑念に満ちた返事をしたと思う。
「なんでまた、秋葉原なんだよ――まさか、潜るつもりかよ」
秋葉原とは、東京都の東部にある地区の名前である。
普段の俺たちの行動範囲からは、やや外れている。というのも、東京都の山手線沿線は西と東でまったく様子が違うからだ。
山手線西部は《嵐の柩》卿と呼ばれる強力な魔王が、ちょっと前まで幅を利かせていた。小競り合いはあったが、強力な魔王がいた分だけ秩序のある地域といえた。普段から俺たちが活動しているのも、このあたりである。
一方で山手線東部には、飛び抜けて強力な魔王という存在はいない。
その分、そこそこの実力を持つ魔王があちこちにアジトを構えている――しかもその多くは、地下深くに。
まるでアリの巣のように張り巡らされ、文字通りアンダーグラウンドでの抗争が行われている状況だ。
このアリの巣状の魔王の住処を、誰が呼んだか、《丸の内キャズム》という。
秋葉原も《キャズム》を形成する区画の一つだ。
その地底部は、まさにダンジョンと化しており、魔王の隠し金庫やら、武器庫やらが存在しているという。そういう財宝や、あるいは魔王の首そのものを狙って、キャズムに挑む勇者も少なくなかった。俺も師匠と一緒に潜ったことがある。
だが、俺は《ソルト》ジョーとは組みたくない。
何につけても派手なことが得意なジョーと、密閉された地下ダンジョンに潜るというなら、命がいくつあっても足りない。あいつのエーテル知覚は危険すぎた。
だから俺は断固として宣言する。
「俺は絶対にジョーとは組まない。潜らないからな」
『なんだと? そんなもん、こっちこそお断りだぜ』
《ソルト》ジョーは吐き捨てるように言った。
『てめーみたいな嘘つき疫病神野郎なんかと潜りたくねえっつうの。百歩譲ってマルタと組むぜ』
「じゃあ、なんだよ」
自然と、俺の答えは険悪な響きになった。
「喧嘩売るため電話してきたのかよ。俺はお前と違って暇じゃねえんだよ」
これは嘘だ。暇である。
「お前が秋葉原に何の用だよ。誰か殺すのか?」
『いや、パソコン買いたくてよ』
「はあ?」
ジョーの口から、これはまた意外な単語が出たな、と思った。
『オレな、オンラインゲーム始めたんだよ。知ってるか? MMOってやつ。したら、オレのパソコン、処理遅くてギルメンに迷惑かけちまうんだよな。だから――』
「待った、なんだそりゃ。ジョーがオンラインゲーム?」
俺は笑ってしまう。
「マジかよ」
『悪いか。ヤシロ、やったことねえだろ』
「キング・ロブがやってるっていうゲームだけ、ちょっとやったよ。ぜんぜんお近づきになれなくてやめたけど。っていうか、ジョー、パソコン使えたのかよ! そっちが驚きだな」
『使えるに決まってんだろ、勇者なんだからよ』
なるほどジョーの言うとおり、勇者たる者、非合法に調達できる武器や《E3》のルートは確保しておく必要がある。最近ではインターネットがその主な手段だ。
しかし、ジョーがパソコンを使うという発想は、なぜか俺の中にはなかった。
どうも俺は基本的に《ソルト》ジョーをゴリラかオランウータンの仲間だと、無意識に考えていたらしい。でも、これからもその認識は変わらないだろう。
「まあ、それなら行ってもいいけど、俺はあんまりパソコンとか詳しくないよ」
『いいんだよ。その後にメイド喫茶行くから、てめーは間抜けヅラでついてこいや』
「ああ?」
またしても、意外な単語が出た。
「メイド喫茶? 昼間から風俗かよ。ジョーと行きたくないな」
『メイド喫茶は風俗じゃねぇーよ! おいっ、ぶっ殺すぞヤシロ!』
なぜか、とんでもない剣幕で怒られた。かなり本気の様子だったので、俺はおとなしく引き下がるべきだと思った。
俺が黙っていると、ジョーはさらにまくし立ててくる。
『二度とそういうこと言うんじゃねえ。いいな? メイド喫茶ってのは清く正しい飲食店なんだよ。メイド衣装を着た店員さんが、心をこめて俺らをもてなしてくれるんだ。わかるか? おい?』
「すまん。区別ついてなかった」
『つけろ。とにかく、行くからな。来いよ』
「わかったよ」
要するに、一人でそういう店に入るのが恥ずかしいから、俺について来いということだろう。たぶんパソコンの話はついでというか、俺を誘うきっかけのようなものではないか。
考えてみれば、これはなかなか笑える話だった。メイド喫茶に入店するジョーを想像するとさらに笑える。写真に納めておけば、あとで皆に見せて馬鹿にして、もうひと笑いできるはずだ。
これはぜひとも行くべきだ。
「ついて行ってやるよ、《ソルト》ジョー。面白そうだ」
『ヤシロ、お前、メイド喫茶行ったことねえのか』
「ないよ」
『ふん。だろうな』
なんで馬鹿にされなきゃいけないんだ、と俺は思った。
が、面倒くさいので黙っていた。
『じゃあ、秋葉原に午後イチだ。忘れんなよ。ちゃんとした格好で来い』
「まあ、暇だったらな」
『嘘つけ。どうせ予定なんてねぇだろ』
俺は無言で電話を切る。
同じレベルの暇人であるジョーに、そんなこと言われたくない。
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