第2話
アーサー王と俺は、まったくもって不愉快そうな顔を並べて対峙する。
俺も相手も、考えていることは大差ないだろう。
なんでこんなやつと、真正面から向き合って、一対一で会話しなければならないのか。俺には心を読むことなどできないが、自分と大差のないクズ野郎の考えることなら、だいたいわかる。
どれだけ立場が偉くなろうが、アーサー王もまた勇者だ。
俺と同じクズ野郎には違いない。
「実際のところ、きみには感謝している。私が介入するよりも、穏健に物事を収めてもらった」
アーサー王の声はあまりにも抑制されており、何の感情も読めなかった。
「《嵐の柩》卿は、明白に私に対して叛逆の意図を見せていた。今回の件もそうだ。城ヶ峰亜希――あの子を取引材料として、《ハーフ・ドラゴン》の同盟と交渉するつもりだったのだろうがね。そうなれば、より面倒なことになっていた」
「そうしたら、どうするつもりだった?」
俺はアーサー王とは違う。にじみ出る敵意を隠すことはできない。
「あのかわいそうな実験台のモルモットごと《嵐の柩》を攻撃していたか、アーサー王? 気持ちはわかるぜ、賛成だ。あいつムカつくからな」
「場合によってはな」
喋りながらゆっくりと歩き出す。アーサー王は、俺から視線を外さない。近づいてくる。
「だが、あれは友の娘だ。私は公共の利益と、個人的な感傷を天秤にかけ、もっとも妥当な選択をしたと思っている」
「自分の娘が危険な目にあっていても?」
「ずいぶんと意地が悪い質問だ」
アーサー王は正直に告げる。
やつは俺の前で足を止める。距離はたった一歩分。これだけ近づいても、彼の青い目からは一切の感情が見えない。
「だが、答えはひとつ。勇者として正しい判断をする」
父として、ではなかった。
やはり、アーサー王に人質は効果がない。
こいつは断固として正義を通す男だ。セーラが窮地に陥っていることは、把握していたはずだった。そのくらい、アーサー王ならば当然できていただろう。それでも介入はしなかった。
そちらの方が効率的だと判断したからだ。
いざとなれば、こいつは自分の娘だろうが、切り捨てるだろう――だから《嵐の柩》卿が人質に選んだのは、城ヶ峰だった。
《E4》の完全適合者ならば、情とは別の部分で取引できる可能性がある。
「――なんでイシノオは死ぬ必要があった?」
俺もまた、感情を殺して尋ねる。そうしなければ対抗できないと思った。
「あいつは確かに死んだ方がマシなクズだった。だからか? なあ、おい」
「彼か。私も期待していた」
アーサー王は少しも表情を変えない。
不快感を覚える。俺の友達が死んでるんだぞ、このクソ野郎。
「《嵐の柩》卿を追い詰めた。信頼できる側近をすべて殺した。速やかにな。結果として、あの女はレヴィのような輩に頼るしかなくなった」
だろうな、と俺は思った。イシノオは強かった。剣の腕こそ二流だが、人殺しに関しては、誰も文句をつけられなかった。
「それで? 私に文句を言うのが、きみの来訪の目的か?」
「そうだよ。あんたをイラつかせて、コケにしてやろうと思った」
「意外だな。きみはもっと賢く、現実主義者だと考えていた――そうだな。こちらから尋ねよう。私が《ハーフ・ドラゴン》だと気づいたのは、何が発端だ?」
「まあ、色々とある」
まずは、城ヶ峰の戸籍のこと。
あいつは一度死んで、母親を名乗る人物を失い、アカデミーに入るときに戸籍が復活した。
なぜか?
考えられるのは、アカデミー側が城ヶ峰の事情を理解していて、戸籍を再取得したという可能性ぐらいだ。《E4》の適合者である城ヶ峰を、魔王どもから保護し続けることができる機関もまた、アーサー王が直轄するアカデミーしか考えられない。
第二に、印堂雪音がどうやって身元引受人を獲得し、アカデミーへ入学したか、という経緯も気になっていた。《ネフィリム》による暴走被害を受けた、傭兵部隊の生き残りだ。
そういう立場の少女を保護し、入学させるなんてことは、一連の事情を知っているやつらに限られる。
それから、アカデミーに忍び込んだ夜、レヴィとセキに遭遇したことにも違和感があった。
あんなところで堂々と、《嵐の柩》卿の手先が何をしていたのか?
もともとレヴィたちが《ハーフ・ドラゴン》の一員であり、アーサー王がフリーハンドで使っている傭兵だったと考えるのが妥当だろう。《嵐の柩》に金を積まれて離反したか。
そのあたりは、どっちでもいい。
これらの俺が納得できなかったことは、このアーサー王が《ハーフ・ドラゴン》の首領だとすれば、すべて合点が行く。
「やや奇妙な人物だな、きみは」
俺が何も喋らないので、アーサー王はそこではじめて表情らしきものを見せた。片目を細め、首を傾けて、斜めから俺を見下ろす。
「合理性と非合理性が混在している。それを隠そうとしない。おおよそ社会に適合できるとは思えないタイプだ」
「あんたはクソみたいな男だな、アーサー王。娘とうまくいってないだろ? そりゃそうだ。勇者だからな。子育てなんてできるわけない。クソだからだ」
そうして俺はアーサー王と正対する。窓からは、目がくらむほどの昼の太陽。俺たちの影は長く伸びている。
「次はこっちから聞くぞ。あんたの目的はなんだ? なんであんたが《半分のドラゴン》の長をやってる?」
「混沌」
その短い答えは、ちょうど《嵐の柩》のものと正反対だった。
「魔王どもには適度に争ってもらう必要がある。極端に肥大化した勢力の出現は危険だ。勇者という仕事にとってはな。私は《ハーフ・ドラゴン》の長として、『間引き』と『調停』の役目を担う」
「やってることは、ただのチンケな悪党だ。暴力の養殖だろう?」
「一理ある。しかし勇者と魔王は、共存しなければならない」
言っていることは俺にもわかる。
魔王がいなくては、勇者という仕事は成り立たないからだ。アーサー王は、『狩場』を保とうとしているに過ぎない。
「魔王たちにとっても、コントロールが必要だ。私の方針は、むしろ大多数の魔王から支持されている」
その理由も想像はつく。
弱小の魔王にとって、不要な競争のコントロールは当然のように歓迎されるものだ。それなりの規模の魔王にしても、金儲けとはあまり関係のない暴力は忌避される傾向がある。
そうしたコントロールを社会的な地位のある人物――つまりアーサー王が担当することにもメリットがある。
厄介なのは、《嵐の柩》卿のような、強力で野心の強いやつらだけだ。
「今回の件は、いい教訓となっただろう。多くの魔王どもは、さまざまな意味で己が脆弱であることを自覚していない」
「勇者はもっと不安定だ。たとえあんたみたいに、莫大な財産があってもだ」
「ああ。魔王の存在がなければ、我々はただの殺人者だからな」
あっさりと、アーサー王は肯定した。
「我々は最低のクズであることを自覚しなければならない。きみも同意見だろう、《死神》ヤシロ。きみの師匠と同じように――」
「いい加減にしろよ、アーサー王」
俺は動いた。
アーサー王の胸ぐらを掴み、押し込もうとした。だが、アーサー王はさすがに甘くない。《E3》がなくても、俺の敵対的な動きに反応し、腕を掴んで止めた。ぶん殴ろうとした右拳も、簡単に打ち払われる。
そのまま、膠着した。
アーサー王はため息をつく。
「乱暴だな。意外な行動だ。どういった心境の変化だ?」
「てめーが知ったことか。殺すぞ」
俺はアーサー王に対して、このような行為をするために、ありったけの勇気をかき集める必要があった。
何のメリットもないし、何の勝算もない行動だった。このあと、アーサー王は《円卓財団》の精鋭を招集して、俺を狩り殺すかもしれない。あるいはもっと単純に、警察組織に俺を引き渡すかもしれない。
とはいえ、俺にとっては必要なことだった。
このあとの言葉を続けるには、さらに大きな勇気を搾り出さなければならない。
「勇者ってのは、正義の味方だ」
俺はついに言ってやった。
しかも、ほかでもないアーサー王に対して。
「いいかアーサー王。勇者は世界を少しでも良くするために戦うんだよ。勇者は希望なんだ。最善を尽くさない理由は何もない。それが茨の道だとしても、魔王なんて一人もいない方がいいに決まってる。勇者はただの殺人者じゃねえんだよ」
「きみは嘘をついている」
アーサー王は、さらに怪訝そうな顔をした。
「そんなことを、本気で考えていないだろう」
「黙ってろ! ぶち殺すぞ」
声が荒ぶるのは、怖がっているのを誤魔化すためだ。
俺にはそこまでの勇気がない。
勇者が正義の味方だとか、この世の希望だとかを断言して、その通りであろうと振る舞い続ける勇気がない。そんな狂気も持っていない。
しかし、本当は俺もうんざりしている。
勇者というクズみたいな仕事にも、相応のクズらしく振舞おうとする自分自身にも、嫌気が差している。
一方で、俺はクズ野郎以下の何かになりたくなかった。少しでも自分をマシな人間だと思っていたい。紙より薄い希望に、いつまでもしがみついていたい。善なる世界に所属していたい。
結局のところ、俺はその欲望から逃れることができそうにない。
俺はアーサー王の胸ぐらを掴む手に力をこめた。
あまり意味はない。ただの景気づけだ。
「確かに俺たちは最底辺のクズだ。そうかもしれない。でもアーサー王、たとえ本当のことだとしても、あんたがそれを言っちゃダメだろう。ああ? わかってんのかよ?」
「またしても、きみは矛盾したことを言う」
どうやら、アーサー王は困惑しているようだった。
「私がその手の理想論を口にするとして、きみはそれで満足なのか? 形式だけのことで?」
「てめーの学校に通う生徒には、本当にそうだと信じ込みたいやつがいる。だからもうやめろ。秘密結社ごっこなんてくだらない。《半分のドラゴン》は今日で解散だ。そうしてくれ」
「そんなことができると思っているのか? 私は――」
「言うな」
これもまた、わかっていることだった。
アーサー王は最強の勇者だ。こうして会って、話したことで確信できた。
強固な意志と精神力がある。鋼鉄の男。俺みたいなやつが何を言ったところで、そんなものは虫の羽音みたいなものだ。
「嘘でいい」
それでも俺は言うしかない。
「あんたがアーサー王である限りは、勇者こそは偉大な仕事だって、なにがどうなっても言い張ってくれよ。それだけで救われるやつもいるんだよ」
あるいは、俺もそのひとりかもしれなかった。
「そうか」
アーサー王の表情から、困惑が消えた。なにかを納得したようだった。
「きみの主張はおおむね理解した。なるほど、それは合理的だな。結局のところ、きみは――」
「知るか」
俺は突き飛ばすようにして、アーサー王の胸ぐらから手を離した。
「約束しろ。お前や俺がクソ野郎だからって、あとに続く他のやつまでクソ野郎にすることはないだろう。あいつらは、勇者ですらないんだ。勇者に憧れているだけの、半端な未熟者だ」
「わかった」
アーサー王は、自分のスーツの乱れた襟を直さなかった。
「約束しよう。だが、ひとつ正直に言わせてもらえば、きみは非常に矛盾した人物だな」
「嘘つきだからな」
俺ができるのは、その程度のことだけだ。
しかし、嘘つきと正直者が戦えば、必ず嘘つきが勝つ。それが世の掟だ。
だとすれば、理想はやがて現実に勝てるだろうか? 死ぬほど嘘をつき続ければ、いつかそれが真実を出し抜いて、本当のことになる日は来るだろうか?
――世界は見方次第で変わる。
綺麗事ではなく、俺たち勇者は《E3》の効果を通してそれを知っている。認識することで世界を変えることはできる。
俺だって、世界が善なるものだと思いたい。都合のいい理想を眺めていたい。いつだって、少しだけ誇り高い気分で生きていたい。自分のやっていることが、少しはマシなことだと確信したい。
物事の悪い面だけを直視するのは、そろそろ卒業してもいい頃だ。
文句ばかりを言うのは、今日で終わりにする。
やはり俺は、そういう嘘を諦めきれない。
きっと死ぬまで諦められないのだろう、とおもった。
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