第2話

 殴り倒されたセーラは、意外にも即座に反撃をしようとした。

 セーラにしては、たいした進歩だ。他にできることがなかった、とも言える。不明瞭な唸り声とともに起き上がりながら、《嵐の柩》卿の足元へ刃を送る。


 この手の斬撃を「脛切り」という。

 足元への対処を要求する、かなり防ぎにくい斬撃ではあるが、すでに戦闘態勢にある《嵐の柩》卿には届かない。素早く引き戻された長剣に防がれ、その直後には顔面に蹴りを入れられている。


「ご苦労さまです」

 《嵐の柩》卿の、高そうなブーツのつま先がセーラの鼻を潰した。

 顔面を攻撃する意図は二つ。相手の戦意を削ぎ、距離をとる。セーラの頭は後方にはじかれ、後頭部を床に打ちつけた。

 刀が手から離れる。これはよくない。

 出血する鼻を押さえて、セーラはついに壁際にうずくまることになってしまった。恐怖しているのは明らかだ。瞳孔が開いている。あとでバカにしてやろう。


「あなたは、相手の脅威を測れるのでしょう? セーラ・ペンドラゴン」

 薄笑いを浮かべる《嵐の柩》卿の長剣が、セーラの喉元に突きつけられた。

「私の脅威は、どの程度ですか? あなたのお父上と比べて?」

 セーラはなにも答えられなかった。ただ唇を噛んだだけだ。

 俺は床に伏せたままの印堂を、自動的に飛来する剣から守るので手がふさがっている。印堂は足と脇腹に刺さった剣を震える手で掴み、動かないよう抑えていた。

 それだけでもいい。出血を防げるし、俺の捌く剣の数が少しだけ減る。


 こちらに残った、最後の戦力のひとりは――俺はほんの微かな期待をこめて、城ヶ峰を見た。そして少しでも期待をかけた自分を恥じた。とんだ間抜けだ。

 城ヶ峰亜希は、西洋甲冑の集団によって押さえ込まれ、床に顔を押し付けられていた。確かに、心を読む城ヶ峰にとって、あいつらとのマッチアップは不利どころの話ではない。


「師匠!」

 城ヶ峰は不様な姿勢でわめいた。

「ただいま助けに参ります! 少々お待ちを!」

 馬鹿か、と、俺は思った。そんなことを言っている場合か。それどころか、城ヶ峰は偉そうな演説をおっぱじめた。

「《嵐の柩》よ。私の師匠は非常に強く、貴様を圧倒している。さらに、この愛弟子である私を加えれば、貴様の勝目は一パーセントも存在しない! 無駄な抵抗をやめろ」

「先程から」

 《嵐の柩》卿の言葉の最後は、こらえきれず震えるように響いた。笑っていた。

「あなたは、とても面白いことばかり。笑ってしまいます」


「笑い事などではない」

 この期に及んでも、城ヶ峰は根拠の不明な自信に満ちていた。

「事実だ。諦めるがいい、《嵐の柩》。いまから、我が師匠の正義の刃がお前を敗北させる」

「正義の――」

 《嵐の柩》卿はついに絶句し、本格的に笑いだした。

「正義の刃ですって? ヤシロ様、聞きましたか? いかが思われます? 私たちの社会に、正義ですって!」

 俺は回答を保留した。考えなければならないことが腐るほどあった。

 ここからどうする? どう巻き返す? 手がかりが必要だ。なんでもいい。そういう俺の沈黙に代わって、城ヶ峰はしゃべり続けている。


「師匠と貴様を一緒にするな」

 城ヶ峰は、まだ剣を手放していない。その指がひときわ強く柄を握った。その微かな抵抗を一瞥し、《嵐の柩》は小馬鹿にするように首をかしげる。

「あなたが《死神》ヤシロ様の弟子とは、とても信じられませんね」

「貴様こそ師匠の何を知っている」

 城ヶ峰は狂気すら感じる目で、ただ強く《嵐の柩》卿を睨んでいる。


 今しかない。奴らがおしゃべりに集中している、貴重な時間だ。

 俺はさらに周囲を観察する。違和感がある。剣が飛んできていない。俺はバスタード・ソードを下段に構えたまま、呼吸を整えることさえできた。

 なぜか? 剣を飛ばさないのではなく、飛ばせないのか?


「そうだ。この大物気取りの、貴族ごっこの、小悪党め」

 城ヶ峰の手が、再び強くバスタード・ソードの柄を握った。

「真の勇者の前では貴様の虚仮威しなど無意味だ! それに、師匠は貴様のような女はまったくタイプではないため、何をしようと無駄だ。確かに師匠は一見したところ、金を積めばヒモになりかねない人物のようだが、貴様に扶養される可能性だけは一切ない! 諦めろ!」

 城ヶ峰にしては、そこそこよくやった、と思う。


 その失礼な罵倒のような台詞は、《嵐の柩》卿の不興を買ったらしい。それなりにスッとした。

 爬虫類のようなあの女の薄笑いが、急速に白けたような無表情になった。

「あなたは、心を読めるのでしたね」

 《嵐の柩》卿は鼻を鳴らした。

「あなたの存在は、同盟での共有財産として保護するつもりでしたが。すこし痛みを与えた方がよさそうですね」


 やつの注意は完全に城ヶ峰に向いている。

 剣を飛ばして来ないのはそれが理由か?

 違うだろう。

 このエーテル知覚は、完全な自立操作だ。俺たちに剣を飛ばし、城ヶ峰に甲冑どもを向かわせつつ、セーラ・ペンドラゴンを圧倒した。自力で操作する必要がないのは明白だ。


 ならば、いま印堂と俺を攻撃しないのは?

 それはなぜか?

 やつがなんらかの運動エネルギーを物体に付与しているのは確実だと思う。例えば、《琥珀の茨》のエーテル知覚のように、《嵐の柩》にだけ認識できるなんらかの糸――コードの類を使ってエネルギーを供給している?

 俺の思考をよそに、《嵐の柩》は言葉を続ける。


「鷹宮清人が、あなたを盗み出して姿を消したとき、軽視したのは失敗でした。あの男は想定以上に巧妙に潜伏した。次なる適合者も生産できませんでした」

「なにを言っている」

 城ヶ峰の剣を握る手が、わずかに緩むのがわかった。うんざりするほど真剣な顔。どこか愉悦すら感じているような、《嵐の柩》卿の表情とは対照的だった。


 俺は無言を保ち、ただ思考を加速させ、走らせる。

 《嵐の柩》がどんな方法でエネルギーを供給しているにせよ、限界はある。いま剣が襲ってこないのはそういうことだ。与えられる何らかの力を消費して、自立運動するのなら、そこには活動限界があるのだろう。

 何かがほしい。

 なにかひとつだけ、《嵐の柩》卿のエーテル知覚を把握するきっかけ。ポイントを絞り込みたい。


「いまの戸籍上では、城ヶ峰亜希でしたね?」

 名前を呼ばれたとき、城ヶ峰は剣を握る手にまた力を込めた。《嵐の柩》の声には、むしろ優しさと哀れみがあった。

 間違いなく、《嵐の柩》卿はサディスティックな魔王だ。そしてプライドも高い。やられたらやり返さずにはいられない――その気持ちは俺もわかる。

 だから、ただ城ヶ峰を傷つけるためだけに、発言をする。俺もよくやる。

「かつての第一者。あなたが倫理観を語るのは、失笑に耐えません。ただの木偶人形の分際で、滑稽な――」


「やめろ」

 不意にセーラが声をあげた。

 苛立ちと焦りが入り混じった声だった。震えているが、やつは確かに《嵐の柩》卿を睨んでいた。それから、また叫ぶ。

「やめろよ。言うな!」


「鷹宮清人はあなたに自分の理想を吹き込んだと聞いています。あまりにも愚劣な人形遊びですが、当の本人は本気のようですね」

「言うなっつってんだろ!」

 セーラは身動きしようとしたが、その首筋に《嵐の柩》の刃が食い込み、かすかな血の雫を生んだ。

 顔をひきつらせるセーラを、《嵐の柩》は黙殺した。


「あなたの倫理観は、所詮、仮の父親である鷹宮清人によって与えられただけのものに過ぎませんよ。それがなければ、自我と記憶を捏造できなかったのでしょう。あなたには他に何もない。あなたの正体を教えて差し上げましょうか?」

 《嵐の柩》は、いかにも善人のように微笑んだ。


「《E4》の適合者。鷹宮清人が縋ろうとした、死者の肉体をツギハギにした木偶人形。あなたはそれだけの生き物です」


 俺はほとんど無意味と知りつつ、城ヶ峰の横顔を見た。

 その手はいまだ剣を握っているか、どうか。

 俺が教えたことだ。

 倒れても、せめて剣は手放すな。

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