第2話

 容赦のない城ヶ峰の剣は、まっすぐ俺の首筋を狙って振り出された。

「つまり」

 と、城ヶ峰は怒鳴った。

 その瞬間、刃の軌道が変化する。首筋はフェイントだ。『表刃』を切り返し、『裏刃』へ。肋骨を狙ってくる。その点は評価できるが、勢いがありすぎた。


「私とセーラを差し置いて、雪音にだけ! 食事をおごったと!」

 うるさかったので、俺は一歩踏み込み、裏拳で城ヶ峰の手首を打った。城ヶ峰が振り回すのは訓練用の剣であり、刃を潰してはいるが、命中すると骨まで響く。重量もある。つまり突進の勢いと、遠心力とで、太刀筋を外された城ヶ峰の体がよろめいた。

 俺はその足を払う。


「――まるで援助交際ではないですか! これは問題ですよ、師匠! どういうことですか!」

 倒れこみながらも、城ヶ峰はうるさかった。その気力だけは驚くべきところだ。倒された衝撃で、畳の上に剣が転がる。

「倒されても剣は離すな」

 せめて俺は、意味のある助言をするべきだと思った。ついでに、城ヶ峰の手から離れた剣を踏みつける。


「あと、喋るな。舌を噛む。それから倒されたらすぐに立て。相手が目の前にいる以上、寝転んでていいことは一つもねえからな」

「師匠、質問に答えてください!」

 城ヶ峰はしつこく要求したが、無視して振り返る。

 まだ、もう二人いるからだ。

 広い畳張りの室内に、セーラと印堂雪音が訓練用の剣を手に、構えている。セーラは両手で握り締め、真正面の上段構え。雪音は片手で、やや半身の構えをとっていた。すでに城ヶ峰を含めて全員、訓練用のジャージに着替えさせている。


「次だ」

 俺は城ヶ峰の剣を蹴飛ばし、一歩だけ後退して、セーラと印堂との間合いを測る。およそ五畳分。高い位置にある窓から、冬の白い陽光が差し込み、畳を照らしていた。

「さっさと来いよ。またビビってるのか?」

 この畳張りの道場は、師匠が訓練用に使っていたものだ。新宿区内に存在しているため、立地的にも利便性が高い。師匠が死んで以来、何度となく売り飛ばそうと考えたものだが、こういうときは残しておいてよかったと思う。

 俺もひとりで訓練をするとき、あるいは重要な魔王暗殺の仕事を請け負った際の予行演習のときに、しばしば使うことがあった。


「――私は別に、なんでもいいんだけどさ」

 不意に、セーラが声をあげた。台詞とは逆に、明らかに不満を持っているようで、その証拠に構えが前のめりになっている。

「雪音が泣いてただろ」

 セーラの構える剣の切っ先は、ぴたりとこちらを向いたまま動かない。今日はなかなかの集中力だ。飛び込んでくるタイミングを間違えると、俺が痛い目を見るだろう。

「センセイがなんか言ったんじゃないよな。雪音を泣かせるような」

「知るかよ」

 うんざりした。俺はカウンセラーか。

「セーラ、その点は問題ない」

 印堂雪音はゆっくりと、俺の側面に回り込みながら口を開いた。

「教官は優しかった」

「あ?」

「師匠!」

 セーラがチンピラのような顔つきになり、城ヶ峰は跳ね起きて怒鳴った。潮時だった。俺はだらりと剣の先端を下げ、雪音に視線を向けた。

「うるせえんだよ。雪音、お前ちょっと黙って――」


 その瞬間に、セーラが同時に動いた。俺の注意がそれた瞬間を狙ったのだろう。悪くはない。問題は、それが罠かどうかを見極めることだ。セーラのつま先が、畳を滑る音が聞こえた。同時に印堂雪音も動く。

 俺は剣を振り上げた。その動きが、『裏刃』でセーラの剣を跳ね上げる動作になっている。

「こいつが」

 跳ね上げると、セーラの体勢は崩れる。胴体が空く。本来なら剣を切り下ろして腹部を抉るところだったが、俺は思い切り踏み込み、体当たりでセーラの体を吹き飛ばすに留めた。

「跳ね上げの防御。成功すれば、そのまま攻撃に転じる。どこの流派にもあるから、説明するまでもないな――それと」


 側面から、印堂雪音が飛び込んできている。片手剣を振り出してくるが、ややぎこちない。やはり慣れていないのだろう。だが、あの怪物、《ネフィリム》を相手に立ち回るなら、それなりの刃渡りの得物が必要だ。

「防御のコツは」

 俺は上半身を傾けながら、剣を引き戻した。

「鍔元で受ける」

 印堂の鋭い剣撃――その先端を、鍔に近い刃の根元で受けた。梃子の原理をどうこう説明するつもりはないが、剣は根元に近づくほど、強く力を伝えることができる。


 交錯の一瞬、金属質な音が響いて、印堂の剣が弾け飛ぶ。

 グリップが甘かった、というわけでもなさそうだ。印堂はあえて剣を手放したのだろう。畳を蹴って、俺の右腕に飛びついてくる。剣を握っている方の腕だ。そうきたか。鍔元で受けてからの技を考えていたが、これはなかなか。

 俺の腕を掴んだ印堂は、そのまま体全体での関節技に移行する。三角締めの亜種のようなものだ。柔道、というよりは、レスリングの技に近い。


「悪くない」

 印堂の引き込む力に、俺はあえて逆らわなかった。こっちも剣を手放す。逆に体重をかけて、印堂の方に倒れこむ。技が完全に決まる前に、左の腕で印堂の襟首をおさえた。印堂はすこし暴れたが、わずか一秒で攻守は逆転している。

「とはいっても、せっかく片手剣の訓練なんだから、剣を使えよ」

 俺は印堂を畳に押し付け、首根っこを完全に制圧した。

「使いにくいのはわかるけど、訓練にならないだろ」

「教官、苦しい」

「そういう風に絞めてるんだよ。これで終わりだ。まずお前が腕を離せ」

「教官が先」


 とんでもない負けず嫌いというべきか。俺の腕を保持し、どうにか関節をとろうとしてくる。ほとんどしがみつくような格好だ。無様ではあるが、根性はある。

「まずいぞ、雪音! いますぐ師匠から離れろ!」

 城ヶ峰が印堂の足を掴んだ。

「きみの情操教育上、その体勢は非常によくない。いますぐ離れろ――離れろ馬鹿者! セーラ、非常事態だ! 協力しろ! 引っ張れ!」

「……おい、雪音、やめろって。離れろ」

 珍しくセーラまで城ヶ峰につられて、印堂の足を掴んだ。印堂は頑固だった――眉をひそめて、きっぱりと首を振った。

「やめない」


「いい度胸だ」

 俺は強硬手段に出ることにした。襟首は離してやる。代わりに印堂の肘を狙い、拳をつくって強く突いた。瞬間、印堂は上半身を痙攣させると、そのまま俺の腕を離す。城ヶ峰もセーラも跳ね飛ばされ、跳ねるように畳を転がった。

「教官」

 印堂は腕をおさえ、うずくまった。

「いまのなに?」

「人体の急所は色々ある」

 俺はゆっくり立ち上がった。いまの攻防はすこし疲れた。

「そのうち教えてもいいけど、こういう小ワザはそれほど重要じゃない。勇者は魔王を殺すのが仕事だ。いかに効率的に、素早く致命傷を与えられるかを考えた方がいい」


「お言葉ですが、師匠、勇者とは――」

「城ヶ峰の意見は置いとくとして」

 城ヶ峰が抗議の声をあげたが、いまはどうでもいい。

「こうやって臨時授業を行ったのには理由がある。まず、お前らがうるさかったのと」

「それは雪音だけを呼び出して、不公平な扱いをしたからでしょう! 私はこの行いを、断固として根に持ちます!」

「城ヶ峰の意見は置いとくとして」


「――いや、実際不公平感はあるって」

 セーラはさっきからずっと顔をしかめている。これは相当に怒っているらしい。

「雪音と二人で話さなきゃならないことなら、私たちにも言えよな。無理には聞かない。そのくらい気を使うからさ――ぜんぜん秘密ってのは、とにかく、そうだよ。そう。よくない」

「わかった。悪かった。考慮する」

「あっ」

 城ヶ峰は俺とセーラを指さした。

「明らかに私と扱いが違います! セーラ、きみという人間は! また師匠に賄賂を? ――何を贈れば効果的なのか、私にも教えてもらいたい!」

 話が進まないので、もう外野、というか城ヶ峰の声には反応しないことにした。そうだ。こんな茶番に付き合っている場合ではない。


「しばらく俺は旅行で留守にする」

「えっ」

「ああ?」

「私も行く」

 最後のは印堂だ。無表情のまま、のろのろと起き上がる。

「北海道、なら。私も行く」

「北海道だと! 師匠! それはぜひ私を――あ、いや、百歩譲って我々を」

「ってか、なんだよ急に」

 セーラは唇を尖らせた。

「それも、印堂との秘密の話のことか?」

「かもな」

 俺はいい加減なことを言うことにした。


「とにかく旅行に行って温泉とかビールとか、色々あるから。しばらく留守にする」

 それから、断固たる決意をこめて、三人に対して宣言する。

「絶対に連れて行かないからな」

「師匠!」

「教官」

「あのさ、なんでもいいんだけど――私は――」

 そうしてしばらく俺はひどく糾弾されたが、まあその辺は割愛するべきだろう。何の意味もない。そう――何の意味もなかった。俺が徹底的に同行を拒否したことも。三人をそのあと、ボコボコに叩きのめしたことも。

 俺の計画というのは、何事も、うまくいかないようにできているとしか思えなかった。



「無理」

 と、俺のせっかくの誘いを、《ソルト》ジョーは一言で断った。

 正直なところ、俺はジョーの北海道への同行を、たいへん当てにしていた。マルタは相変わらずふらふらとしており、どこにいるのかも定かではなかったし、エドは最近増えた客の対応で忙しい。どうせクソ暇な《ソルト》ジョーに声をかけたが、この有様だ。


「金がねえんだよ」

 と、ジョーは言った。

「それに、北海道には昔の知り合いがいるからな」

「お前の知り合いってヤクザだろ。命でも狙われてるのかよ」

「そうだよ」

 ジョーはビールを飲み干し、忌々しげに唸った。なんと、図星とは。俺は黙るしかなかった。


「行くなら、お前だけで行け。オレは死んでも北海道なんて行かねえぞ」

「わかったぞ、ジョー、飛行機が怖いんだろ」

「なめんな」

 ジョーは俺に噛み付くような仕草をした。ここまで強硬に反対するジョーは久しぶりだ。俺は困ってしまい、肩をすくめた。最後の作戦に出ることに決めたのだ。

「なあ、ジョー。北海道に行って温泉入ってビールでも飲んで、カードゲームしまくろうぜ」

「そのあと、お前のいう得体のしれない怪物を探すんだろ」

「まあな」

「オレは行かねえぞ」

「俺のカードやるよ。《稲妻の従者》でどうだ」


「――俺は行かねえ」

 確実に少しは迷った様子があったが、返答は同じだった。ジョーは新しいビール瓶に手をかけ、栓抜きも使わず、自分の歯を使って簡単に蓋をこじ開けた。

「《嵐の柩》が死んでから、どうもきな臭いからな。こっちを見張ることにする」

「ジョー、いつも酔っ払ってるだろ。見張りになるのかよ。やっぱりお前、飛行機が」

「うるせえ! とにかく!」

 《ソルト》ジョーは、俺の背後を指さした。

「あいつらでも連れてけよ。さっきから視線がウザいんだ。亡霊かよ! あれはヤシロ、お前の管轄だろ!」


 言われなくても、気づいている。俺が振り返ると、無表情にこちらを見つめる三人の女子生徒がいた。

 こうして俺と、やつら三人は、北海道への探索へ乗り出すことになった。

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