レッスン4:スマートな押し込み強盗殺人

第1話

 待ち合わせの場所を正午の新宿にしたのは、理由があった。

 あの《嵐の柩》卿が不在となったいま、東京西部の状況を見ておきたかったからだ。

 実際のところ、物騒な風貌のやつらが増えている、と思う。露骨なのは、剣を吊って歩いている勇者どもだ。こいつらは目つきも凶暴だし、どことなく陰気な気配がある。


 それから、魔王の眷属ども。

 こっちの奴らは常に五人くらいの集団で、何かに怯えるようにして固まって歩く。たぶん、拳銃くらいは護身用に持っているのだろう。《嵐の柩》卿が不在である現在、この駅周辺は空白地帯となり、毎日のように何らかの抗争が勃発している。俺が観察している間も、恐らく別グループであろう魔王の眷属同士がにらみ合い、危うく暴力沙汰の寸前になった。


 こうしたトラブルに関して、警察の出番はない。

 管轄する部署が違うからだ。

 魔王や勇者のトラブルを解決するのは、日本政府文科省の担当とされている。《円卓財団》との協力により、《アカデミー》で勇者を育てている連中。そして、いちはやく《E3》に関する利権と、法的管理権限を抑えた機関だった。

 やつらは現在、内戦状態の一部地域を除いた、日本各地で支部――というか派出所を所有し、民間の勇者を配備している。そういう勇者は明治時代の役職に倣って《等外剣官》と名付けられ、それなりの給料を貰っているようだ。


 とはいえ、人材の確保は大いに遅れており、ここまで激戦区となった地域を巡回・警備するリソースはない。結果として取り締まれるのは、こういう真っ昼間の小競り合いだけだ。

 その日は、新宿駅前の大通りで喧嘩寸前までいった魔王の眷属たちを、緑のアホくさい制服に身を包んだ勇者たちが怒鳴って追い散らした。俺は待ち合わせ場所のファミレスの窓越しに、半分眠りながらそれを見ていた。


 印堂雪音がやってきたのは、ちょうどそんなときだった。

「カツ丼」

 と、彼女は無慈悲にメニューを宣言した。

「それからチキンピラフと和風ハンバーグ。生ハムサラダ。チーズケーキ。あと、ドリンクバーも」

 そこまでまったく淀みなく唱え上げたところで、ようやく印堂は注文を確定させた。


 俺は後悔した。どうやら印堂を甘く見ていたらしい。

 これは必要経費だ、と、俺は自分に言い聞かせる。今日は印堂に学校をサボらせ、こうして呼び出している。彼女は学生服の上から白いコートを羽織り、なぜかやたら重たそうな通学カバンを抱えて現れ、己が空腹であること、それから食欲が赴くままのメニューを矢継ぎ早に告げた。

 それからおよそ十五分。

 印堂が一心不乱に食べている間、俺が本題を切り出す暇もなかった。

「学校を抜け出すのに、少し手間取った」

 というのが、彼女の主張だった。

「《アカデミー》は最近、警戒が厳しい」

「つい最近、不審人物の侵入があったからな」

 そこは、俺には納得できた。


「それと、このところ物騒だ」

「うん」

 印堂はわずかにうなずいて、大口を開けた。その小柄な体のどこにそんな貯蔵庫があるのか、一撃でデザートのチーズケーキを葬り去る。なんて胃袋と咀嚼力だ。

「色々と、大変みたい。戦争になりそう?」

「なってもおかしくないけどな。稼ぎ時だって喜んでるやつもいる」

 答えてやると、印堂は一瞬だけ俺の顔を見た。が、何も言わずにそのまま烏龍茶を飲み干した。

「ごちそうさま」

「美味かったか」

「まあ、それなり――あ、じゃなくて」

 印堂の表情に動きはなかった。ただ、わずかに頭をさげたように見えた。あるいは、ただ単に頭を傾けただけかもしれない。

「とても美味しかった」

「そうかよ。くそっ」


 俺はドリンクバーしか頼んでいない。ここは何としても、この経費分の情報を回収する必要があった。印堂雪音が、知っていることについて。時間が惜しかった。

「で――食った分は答えてもらうからな。いきなり本題行くぞ」

 正面から、無表情な印堂の顔を見る。

「お前、軍隊出身だな?」

 それは予想できていた。印堂の戦闘技術や行動セオリーは、軍隊での教育を下敷きにしたものを感じていた。エド・サイラスの店に出入りする連中の中に、特殊部隊出身のやつがいるから、少しはわかる。あいつも、ナイフの名手だった。

 それと、印堂が俺を呼ぶときの『教官』という言い回しがそれだ。


「うん」

 印堂は、俺の予想をあっさりと肯定した。

「北の篝火に、いたから」

「それだ。いったい何だ?」

 その単語について、俺は少し調べてみた。何もわからなかった、というのが事実だ。エド・サイラスも首をかしげていた。これはつまり、単なる裏社会の用語というより、もっと軍事的、機密的なものごとを示す言葉なのではないだろうか。

 俺はそう推理していた。


「お前の所属してた部隊、とか?」

「んん」

 印堂はかすかに唸った。

「――よくわからない」

「なめてんのか、おい」

「たぶん、そうだと思う。みんな兄弟で、姉妹だった。他に家族がいなかったから。私はそこに拾われた」

 ほんのわずかに声を落として、印堂は言った。

「みんなで巡って、篝火を焚いて、北の方を見張るのが仕事」

 それでおおむね理解ができた。ずっと北の方、の意味だ。


 《黒領地》、と呼ぶ。

 いまのところ日本政府は、国内の多すぎる魔王に対して、十分に支配を行き届かせているとはいえない。特に、北海道の北半分あたりでは、強力な魔王どもが勝手に『独立都市』やら『国家』を宣言している地区もある。


 そうした連中から日本国民を守るため――というよりも、そういう防衛行為が商売になると考えた傭兵どもがいた。《E3》を使う、勇者の傭兵。その数は決して少なくはない。北海道の自治体や日本政府から金をもらって、北部の《黒領地》を巡回し、見張る。

 彼らが自分たちを《北の篝火》と自称しているなら、合点がいく。そして、噂によれば、北の傭兵たちは、戦災孤児を拾って育てることもあったという。


 ――印堂が、それか。

 だが、奇妙な点もある。なぜ、その部隊から、印堂だけがこんなところにいるのか。傭兵部隊に育てられた戦災孤児が、わざわざ生まれ育った集団を離れるものだろうか? 特に、印堂のような性格の少女が?

 そこまで考えて、俺は、不意に思いつくことがあった。


「ネフィリム」

 俺はその単語を繰り返した。印堂の眉間が、すこしだけ動いた。当たりだ、と思った。

「お前、あの怪物の名前を、そう呼んでたな」

「うん。敵だから」

 印堂の回答は、明快かつ簡潔すぎて、非常にわかりにくい。城ヶ峰よりも数段マシなことに違いはないが、俺は彼女の解説を待たなければならなかった。

「たまに、ああいう怪物と遭遇することがあった。熊みたいなものだと思ってた。人里までは滅多に近づいてこなくて」

「交戦することもあったのか?」

「大人たちのチームが、たまに。私は死骸しか見たことない」


 大人たち。

 恐らく、当時の印堂は本当に子供だったのだろう。戦闘訓練は受けていたものの、正規のメンバーとして数えられる年齢ではなかったのか。

「――ある日、あれが――あいつらがやってきた。私たちの部隊は戦った。けど――あいつらは強くて、そのとき、私はまだ弱かった。戦う役じゃなかった」

 印堂の説明が詰まりがちになった。それでも、正面から俺を見ていた。なにか、訴えたいことがあるようにも思えたが、他人の心を読めない俺にはわからない。


「小さい子たちを連れて逃げる役になった」

「重要な役回りだな」

「うん」

 印堂が唇を噛むのがわかった。俺から目をそらしかけたが、結局は正面に視線を据えたまま、先を続けた。俺、というより、俺の背後のどこかを見ているようだった。

「失敗した」

「おい」

「逆だった。庇ってもらった」

「待て」

「追いつかれたとき、私は動けなかった――怖かった。ハルが私を庇った。援軍が来るのは、すこし――本当にすこしだけ遅かった。助けてもらう間、私はぜんぜん動けなかった。弱かった」

「やめろ」

 俺は困った。

「泣くなよ」


 これまで印堂が俺に庇われたときに、恐怖に近い表情を見せた理由がわかった。俺がため息をつくと、印堂は思い切り顔を歪めた。

「私は強くなりたい」

 このとき俺は、せめて印堂から目をそらさないことに決めた。皮肉っぽくなだめたり、ごまかしたりすることはできただろう。「お前が勇者をやることで死んだやつが喜ぶか」とか、「それで自分の弱さをなかったことにできるつもりか」、とか。

 しかし、そういう台詞は無意味だと、俺は常日頃から思っていた。印堂は印堂のやり方を決めて、その中で生きている。

 俺にも俺で、決めているやり方があった。


「わかった」

 俺は強く、もしくは強く見えるようにうなずいた。

「調べる場所と、相手が決まった――北だ。北海道。そこに何かがある」

「調べられるの?」

「あのクソみたいな怪物を作ってるクズが、どこの誰か知らないが」

 俺はテーブルの上に五千円札を置いて、立ち上がった。

「落とし前をつけさせる。だから印堂、お前、強くしてやるよ」

「ん」

 印堂は素早く起立した。

「本当に?」

「マジだ。猫の手でも借りたいからな」


 印堂の話を事実とするなら、敵はかなり大きな規模の組織らしい。北の《黒領地》で活動できているなら、複数の大型魔王から支援を受けているか、あるいはその後ろ盾なのかもしれない。

「これから?」

 と、印堂は俺の正面に回り込んだ。

「これから、特訓する? どこに行く?」

「学校には戻らなくていいのかよ。特訓メニューも考えてねえよ」

「大丈夫。教官、特訓」

 何が大丈夫だ、と俺は思った。

「問題がある。俺、今日はとりあえず酒飲んでゲームして、明日からの調査に備えようと思ってたんだけど」

「特訓」


「――いや、待て」

 そうして、印堂が俺の腕にぶら下がろうとしてきたところで、ようやく気づいた。

 よほど注意力を欠いていたらしい。とんだ間抜けだ。窓ガラスに張り付くように、俺たちを覗き込んでいるやつらがいる。二人。見覚えがあった。

「おい」

 俺は印堂を見た。

「尾行されたな」

「警戒が厳しかった」

 印堂は明後日の方向に目をそらし、俺の腕にぶら下がった。危うく体勢を崩して、転ぶところだった。


 城ヶ峰はガラスに張り付くガーゴイルのような顔をしていたし、セーラはその一歩後ろで、初めて拳銃を与えられたチンピラのような目つきをしていた。

 店内の客の注目に耐えかね、俺は迅速に会計を済ませる必要があった。

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