第4話

 《嵐の柩》卿が頭角を現してきたのは、いまから四年ほど前だったという。

 関西系の暴力団の幹部だったという噂もあるが、その真偽は定かではない。


 しかし、泥沼のような抗争状態を続けていた東京山ノ手西部において、あっという間に勢力を拡大していったのは事実だ。そういう才能があったのか、強力なコネがあったのか、いずれにしても厄介な相手といえる。


 決め手となったのは、やはり二年前に勃発した、池袋の《BFE》抗争だった。

 発端は、ちょっとした狭い土地の権利争い。だが、チンピラが何人か殺されたことで魔王どもが激怒し、勇者が参戦したことで、爆発的に状況は悪化した。それだけの話だ。《嵐の柩》卿は、これをうまく利用した。

 この当時有力だった魔王や勇者どもが殺し合っている隙をつき、一晩でじつに四人もの魔王を暗殺し、その勢力圏を奪ったという。


「あのとき、あの野郎をぶち殺しておけばなあ」

 というのは、いまだに《ソルト》ジョーが嘆く文句である。

 いまでは山ノ手西部において、間違いなく最大勢力の魔王となった。長い抗争状態にあった東京山ノ手西部の魔王勢力は、《嵐の柩》卿によって統一されつつある。というより、ここから一年か二年以内にはそうなるだろう。強力な魔王だ。

 ――だからこそ、俺には訪ねる価値があった。

 イシノオの死は、やつの縄張りで起きたことだ。

 知らないとは言わせない。



 魔王の開くパーティーというのは非常に豪華なものと相場が決まっていて、それにはもちろん理由がある。

 魔王どもが、己の強大さを見せつけるためだ。魔王稼業は実力そのもの以上に、隠している力がどれだけあるか、あるいはそれを錯覚させることができるか、という点が非常に重要だ。舐められると、魔王という商売は成り立たない。


 だが、そういう事情を差し引いたとしても、《嵐の柩》卿のパーティーは過剰すぎるといえた。

 やりすぎなくらいに金をかけている。これはもう趣味の領域だ。派手とか豪華とかいう言葉を五倍くらいに増幅させたような有様だった。ビルをまるごとパーティー用に改装しているし、招待客の数も多い。

 中には、各界の著名人もいるだろうし、勇者くずれや魔王もどきもいる。魔王に雇われる勇者――というのは、別に珍しくもない。そっちのほうが金になるケースもあるし、俺も魔王に雇われて、商売敵の魔王を殺したことだってある。


 要するにこれは、帯剣しているのが不自然ではない状況ということだ。その分、潜り込むための難易度は低い。他の一般客に紛れて入口を通過し、受付のあるエントランスホールまでは何の障害もなかった。

 実のところ《嵐の柩》卿は、そういう予期せぬ客を招いて喜んでいる節がある。


「ようこそ、いらっしゃいませ」

 受付嬢は俺たちの姿を見て、淀みなく一礼をした。

 さすがは、《嵐の柩》卿の受付を任されるだけはある。三人の変な小娘を連れた、いかにも凄腕の戦士といった雰囲気を纏う俺のような男を見て、こうまで自然な応対ができるとは。

「お客様のお名前を伺ってもよろしいですか?」

 受付嬢は完璧な愛想笑いを浮かべた。俺は鷹揚にうなずいた。


「俺はエド・サイラス。偉大なる東の将星、キング・ロブの代理で参上した。今夜は《嵐の柩》卿によろしく申し上げておくよう、頼まれている」

 間違いなく意味不明であろう嘘八百を並べ立てたが、受付嬢の笑みは少しも崩れなかった。さらなる質問の代わりに、手元のタブレット端末を操作しはじめる。

「照会させていただきます。少々お待ちください――お連れの方々は?」


「はい!」

 城ヶ峰は騒がしいエントランスホールの中でも、無意味に爽やかに透き通って聞こえる声をあげた。喜々として喋り出す。

「私は師匠の一番弟子で、城ヶ峰亜希。それからこの二人が、二番弟子か三番弟子あたりの印堂雪音と――」

「こいつは俺のイトコの知り合いで、どうしても社会科見学したいってんで連れてきた」

 俺は致命的なことになる寸前に、城ヶ峰の口を塞いだ。

 同じチームとしての以心伝心というやつか、印堂は城ヶ峰の右腕を、セーラは左腕をそれぞれ押さえ込んでいる。城ヶ峰はなぜ自分が拘束されたのかわからず、ちょっと驚いたように俺たちを見た。


「で、こっちが俺の護衛の印堂」

 俺は印堂を指差す。印堂は無表情なままうなずき、城ヶ峰の右腕を離した。ついでに、なにを考えたのか知らないが、ぎこちなく一礼する。

「……よろしく」

 という言葉をつけ足しさえした。もしかしたら、彼女なりの演技なのかもしれない。


「それからこっちが、俺の妹のセーラ」

「おっ。おい」

 セーラはひどく慌てた。俺の腕を掴み、かなり強く引っ張る。青い目を狂犬のように剥きだして、可能な限り声をひそめて唸った。

「なんだよ、それ! そういうの聞いてねーぞ。なめてんのか?」

「妹よ、兄は悲しい」

「ふざけてるんじゃねーよ、おい。ぶっとばすぞ」

「できるもんなら、どうぞ。ただしパパに言いつけるのだけはやめてくれよ」

「この野郎」

 俺は徹底的にセーラのプライドを傷つけ、おちょくるつもりで言ったが、彼女は顔をしかめてみせただけだった。少し拍子抜けしたが、俺は話を進めることにした。

「まあ、冗談はおいといて、それより」


「――いえ、待ってください」

 いつの間にか拘束から逃れていた城ヶ峰が、厳しい顔つきで俺の前に立ちはだかった。ちょうど受付嬢の視線を遮るような、見事な仁王立ちだった。

「私だけ、やたらと心理的距離を感じる紹介の仕方でした」

 その口調は、露骨に俺を非難していた。

「なぜ雪音が護衛で、セーラが妹なのか。それに比べて、なぜ私がイトコの知り合い扱いなのか。納得のいく説明をお願いします」


「いや別に他意はなく、自然と出てきただけ」

「なお悪いです。せめて合理的な理由に基づいた紹介であってほしい――雪音! セーラ! なにか師匠に賄賂でも贈ったのか! いくらそういうのに弱そうな師匠だからといって!」

「贈ってない」

 雪音は首を振った。そりゃそうだ。

「私、けっこう強いから。そのせいだと思う」

「ってかこのセンセイ、頭おかしいんだよ。何が妹だ」

 セーラは吐き捨てるように言ったが、それは城ヶ峰をさらなる衝動に駆り立てたらしい。


「待て、セーラ! そこだ! この前から違和感があったが、いま気づいた。いつの間に師匠を『センセイ』呼びしはじめたのか知りたい。そういうのは見過ごさないのだ、私は」

「えっ! いや待てよ! ちがうって、それは、ただ単に礼儀として――」

「そうそう。俺が卓抜した指導力を持っていることに気づいたからだろ」

 キリがなさそうだったので、俺は素早く会話を断ち切った。セーラが不愉快そうに俺を睨んだが、今夜はこれからが少し忙しい。


「とにかく、それはまた今度話し合おう」

「あっ! 師匠! いま、明らかにごまかそうとしていませんか?」

「――あの、申し訳ありませんが、お客様」

 あまりに不毛な論争に、受付嬢が終止符を打った。

「エド・サイラス様のお名前は、来客名簿にございませんでした。何か身分をご証明できるものをお持ちではないでしょうか?」

「ああ、待った。身分証明って、たとえば」


 俺はまだ不満そうな城ヶ峰を押しのけ、ポケットから筒状の道具を引っ張り出す。《E3》専用の注射器だ。むろん、中身はたっぷりと装填されている。

「これで大丈夫かな? 保険証とか持ってきてないんだけど」

 受付嬢は《E3》を見て、怪訝な顔をした。だから、慌てて警備スタッフに目配せするのも、二秒ほど遅れる。俺は悠々と《E3》を首筋に近づけ、内容物を注入することができた。一瞬の酩酊感を味わいながら、俺はセーラの肩を叩いている。


「特訓開始だ。《E3》、使っていいぞ」

 印堂は、好きにやればいい。実際、彼女はすでに《E3》を自分の首筋に打ち込んでいる。さすが、妙に慣れてやがる。一方でセーラはわずかに動揺し、目を細め、また開いた。


「え? ああ――あっ」

 《E3》を持ち上げる手つきは、ややぎこちない。受付嬢の目配せを受けた警備員が近づいてくる。かなり素早い。やはり不審者どもが侵入しやすいエントランスホールを任されているスタッフなだけはある――だが、そこからの動きは、さすが俺だ。バスタード・ソードを抜剣すると同時、接近してくる警備員の一人を斬って落としている。まさに弾速。少し遅れて風を感じた。


「こいつら、この場所だと、拳銃を使えない」

 俺はセーラと印堂、それからいちおう、城ヶ峰に聞こえるように告げる。ここはエントランスホール。客が多すぎる。流れ弾を警戒して、銃撃はありえない。

「まずは簡単なステージからだ」

 城ヶ峰がなにか勇ましい声をあげて抜剣し、セーラは引きつった顔で刀を居合腰に構える。印堂は即座に姿を消した。ここからが特訓だ。今夜は誰かが死ぬかもしれない、と、俺は思った。

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