第3話
仕上がりとしては、まず上々と言えると思う。
さすがにサイズぴったりとはいかないが、あのイシノオが趣味のために収集しただけあって、パーティードレスの品質は良かった。
それに三名とも、あまりに間抜けなので失念することもあるが、もともと見た目はそう悪くない。セーラ・ペンドラゴンが用意した衣装に着替えると、池袋駅前で注目を集めることになった。
イシノオは草葉の陰で喜んでいるだろう。
しかし難点としては、まず城ヶ峰だった。顔を合わせたときから、ひたすら不服そうな顔をしていたし、反論というか愚痴のような文句を延々と聞かされることになった。印堂に関しても、決して黙っていたわけではない。
「動きにくい」
というのが、印堂雪音の第一の感想だった。先程からしきりに足踏みをしている。たしかに彼女の白いパーティードレスの裾は長く、下肢に巻き付いているように見えた。どうやら、それが気に入らないらしい。
「セーラ、もっと裾が短いのはなかったの?」
「仕方ないだろ」
印堂を相手にするとき、セーラは子供をあやすような口調になる。
「結構ちゃんとしたパーティーだって言うからな。だいいちドレスなんて、どれでも動きにくいのは一緒だ」
「じゃあ、もっと、セーラみたいなのがいい」
印堂はセーラのドレスの裾を掴んだ。彼女の喪服のように黒いドレスは、無駄に裾が広い。それになんだかフリルの類の装飾も多かった。
服飾知識のまったくない俺の私見だが、やや少女趣味すぎるのではないかと思った――が、俺は賢いので、口に出すのはやめておいた。
「これはこれで動きにくいんだって。マジで」
「そうなの?」
「そうなの。それに、雪音に似合う白いドレスから選んだ。好きだろ、白?」
「好き」
「じゃあいい」
「――待った。それでは、私の衣装については」
横から城ヶ峰が口を挟んだ。
「この――これだ。なぜこのデザインなんだ?」
城ヶ峰のドレスについては、もっとも池袋駅の利用者の注目を集めているといっていい。赤い。それに露出も多く、裾は短かった。彼女はそのことについて、たいへん激しい不満を抱いているのは明らかだった。
「これでは私という人物が誤解されてしまう恐れがある! こんなに美少女なのに、むしろ奥ゆかしい魅力を持つのがこの私ではなかったか。見ろ、こんなに膝が出ている! このままではモデルとしてスカウトされてしまう! なぜ私にこのドレスが似合うと考えたのか、セーラ。詳しく述べろ」
「亜希、相変わらずめちゃくちゃ自己評価高いな。羨ましいくらいに……でもまあ、それについては……」
セーラは口ごもり、俺を振り返った。非難するような目で俺を見ていた。
「センセイが、それにしろって」
「えっ」
城ヶ峰は顎が外れそうなほど、大きく口を開いた。
「失礼しました! それなら話はぜんぜん変わってきます、光栄です! 師匠、意外と見る目ありますね! さきほどまで不機嫌でしたが、いま直りました。どうですか!」
「ああ、そのくらいが分相応ってやつだと思う」
俺は全面的に肯定した。
「初心者用のデザインにした。城ヶ峰はヘボいから、まだハンデとかつける段階じゃない。はるかに遠い。おこがましい。印堂とセーラの場合は、そのくらい動きにくい方がちょうどいい練習になるんじゃないか。たぶん」
「えっ」
「練習?」
城ヶ峰が顔を曇らせる一方で、印堂は素早く反応した。
「これから特訓するの?」
「そりゃそうだ。ちゃんと武装してきたな?」
三人とも顔を見合わせると、互の腰のあたりに目をやった。パーティードレスを身につけてはいるが、同時に帯剣もしている。城ヶ峰なんかは、腰の側面に年季の入ったバックラーを留めていた。傍から見れば、かなり笑えるコスプレのような姿に見えるだろう。
「よし。この前は一対一で奇襲をかけるという実戦だったわけだが、やっぱりあれじゃ面白くなかっただろ?」
「うん」
「っていうか、面白さは別に求めてねーよ」
「なるほど。この前は、あまりにもこの私が活躍しすぎたのが問題ですか? なにしろあのときは凶悪な拳銃を所持したスーツの男を相手に、華麗な打撃を二度三度と――」
三名ともに、おおむね予想したとおりの答えを返したが、俺は構わず続けることにした。城ヶ峰については聞くだけ時間の無駄だ。
「よって、もう少し刺激があった方がいいと、俺も考え直した」
そもそも教師なんて俺はやったこともないから、どう教えるのがいいのか、手探りでやっていくしかない。要するに、俺が師匠から教わったやり方を、微妙にアレンジしながら試していく。
今夜のやつは、俺がよくやらされた、実戦形式の鍛錬メニューの一つだった。
「多対一で、互いに敵意がある状態からの実戦をやる。これは非常にスリルがあるし、次から次へ色々な技を試せるからから面白い。ストリートで喧嘩相手を探すのは時間かかるだろ」
「……はい。あの」
いつの間にか三名とも黙り込んでいたが、やがて城ヶ峰がゆっくりと挙手した。
「師匠、今夜はどちらへ向かうのですか? 社会科見学と伺っていたのですが」
「《嵐の柩》卿という」
俺は視界の中にある、もっとも背の高いビルを指さした。冷たい夜空を背景に、ぎらつく光が煌々と灯っている。やっぱり事情を知らなければ、単なるオフィスビルに見えるだろう。
「あそこに、そいつの城がある。魔王としては、おそらくこの界隈で最強なんだろうな。とりあえず《琥珀の茨》とは格が違う。で、そいつが今夜、ちょっとしたパーティーをやるらしい」
不可解な顔の三人を、俺は順番に眺めた。
「つまり、やることは簡単だ。俺たちで暴れて、パーティーを大いに盛り上げてやろうぜ」
「はい、師匠!」
城ヶ峰の返事は、いつだってムカつくくらい清々しい。おそらく何も考えていないのだろう。あるいはマジで自分なら簡単なことだと思っているか――だとしたら、めちゃくちゃ恐ろしいやつだ。
印堂は無表情のままビルを見上げていたし、セーラは見るからに青ざめて頬を引きつらせた。
三人にとってちょうどいい訓練になりそうだ、と俺は思った。
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