第2話

 照明の電源を入れると、あまりの眩しさに、一瞬だけ目まいがした。

 そして、広い。

 アカデミーの経営資金の潤沢さを感じられる広さだった。城ヶ峰は『体育館』と呼んでいたが、どちらかといえば『道場』と呼んだ方がいい。

 普通の学校に存在するような、バスケットボールのコートラインだとか、バレーボールのネットなどはない。床には一面、弾力性のある素材の畳が敷き詰められていた。


「儲かってやがる」

 俺は思わず毒づいた。

「アカデミーは信頼と実績を築くべく、日夜努力していますから」

 城ヶ峰が、タイヤ付きコンテナのような、無骨な格好の用具入れを運んできた。訓練用の武器と、プロテクターの一式だった。かなり重そうだが、片手で引きずることができるあたり、彼女もまあそれなりの筋トレはできているということか。

 彼女をはじめ、学生の三人はすでにジャージ姿となっている。それがちょうどいいだろう。城ヶ峰は邪魔にならないように、長い髪の毛をひとつにまとめ、迷惑なことにやる気に満ち溢れているらしかった。


「さあ、師匠。第一の訓練をお願いします。あと一週間以内に覚えられる必殺の技とか、そういうものを期待しています!」

 城ヶ峰が手を後ろに組み、『休め』の姿勢で言った。俺はまた別の意味で目眩を覚えた。何が問題かといえば、城ヶ峰のこの極端に楽観的な性格が問題ではないだろうか。そして、それに影響されやすいやつもいる。


「必殺技?」

 印堂雪音は期待に満ちた目で俺を見上げる。

「それ、どんなの?」

「そんなもん都合よくあるわけねーだろ」


 俺は彼女らの要求を無視して、用具入れから手頃な長さの得物を引っこ抜いた。訓練用の、強化樹脂製の剣だ。両刃。両手使いとも、片手使いとも違う、中途半端な長さのものを選ぶ。バスタード・ソードと呼ばれる種類の剣。

 俺はその柄を握るとき、師匠の教えのいくつかをかならず思い出す。

 勇者にとって、剣を使った攻防技術は、極めて重要なものだ。《E3》を服用した勇者は剣によって、銃弾よりも素早く、致命的な損傷を与えることができる。ゆえに、魔王側も剣や盾といった原始的な道具で、身を守っているケースは多い。


 この前の《琥珀の茨》卿の場合は、強力かつ不可視の遠距離攻撃手段を持っていたし、それに頼るような三流だったから別だ。あいつは能力の使用に自分の『手』を使う必要もあった。が、そこそこのレベルの魔王なら、護身用に剣や盾くらいは持っている。

 だから、アカデミーが剣による戦闘技能を進級のための重要な試験とするのは、まあ、間違ってはいないのだろう。


「と、いうかさ――」

 思考に沈んでいた俺の顔を、気づけばセーラ・ペンドラゴンが覗き込んでいた。失礼にも、やたら疑わしげな表情である。彼女も自前の金髪が邪魔になるらしく、ねじった髪をピンで留めている。

「なんで覆面つけてんだよ、あんた」

「万が一だよ」

 忍び込むのに失敗して、学園関係者に見つかれば、死ぬほど面倒なことになるからだ。俺は愛用の目出し帽をかぶり、銀行強盗スタイルを装っている。


「そんなのはどうでもいい。さっさと得物を取れ。軽く打ち合うぞ」

 それで、だいたいの相手の技量とか、問題点とかもわかるだろう。たぶん。俺はそうやって他人になにかを教えたことがないので、よくわからない。しかし師匠から剣術の訓練を受けたのは、いつもこのやり方だった。

 間違っていたら残念だが、こんな教師経験のない俺に、こんな仕事を依頼する方が悪い。俺は傍らの用具入れを叩いてみせた。


「お前らは真剣使っても別にいいけど、その場合は俺が手加減とかできない。いちおう、プロテクターもつけろ」

「さっそく、実技指導ですか」

 思ったより話がわかるじゃないか、と言わんばかりの目で、城ヶ峰は喜々として片手剣を手にとった。もう片手には、盾――バックラーと呼ばれる小型のものだ。やはりそいつが得意らしい。


「――教官と、打ち合えばいいの?」

 印堂雪音は、四十センチほどの刃渡りのダガーを手にとった。しっかりと鍔がついているものを、二本。

「そうだよ。本気で来ていいぞ」


「本気で、って。あんたは? プロテクターつけないのか?」

 セーラ・ペンドラゴンは、おそらく日本刀を模したものであろう、湾曲した片刃の剣だった。なるほど。セーラは三人の中では、拳ひとつ分くらい背が高く、膂力に期待ができる。両手でも使える重い武器は、じゅうぶんに効果的だろう。

「あんまりプロを舐めるなよ」


 俺は邪魔なコートを脱ぎ捨て、背後に放り投げた。そもそも俺に剣を当てることができるものなら、やってみろ、と言いたい。それができれば同級生との戦いぐらいは楽勝なはずだ。

「で、アカデミーの剣術のルールについて聞いてなかったな。どんなゲームなんだ?」

 あえて『ゲーム』という言葉を使った。それはプライドを攻撃するためであり、案の定、セーラが顔をしかめた。代わりに城ヶ峰が説明をはじめる。


「はい、師匠! 我々の剣術の試合、『ジョスト』は複数の要素から構成されています。まず試合に際しては、二名の競技者に対して一名の審判が――あ、いえ。これは一般的な剣道やフェンシングの試合に倣った呼称で、本来的には『ジョスト』の立会人という意味と同じで――」


 やはり城ヶ峰だ、と俺は思ったし、印堂もセーラも呆れた目で彼女を見た。

「セーラ、通訳頼む」

 俺は比較的話の通じそうなやつに頼むことにした。セーラは不本意そうだったが、さすがに話が進まないと思ったらしい。プロテクターの留め具を締めながら、後を続けた。

「どうもこうも、シンプルなもんだよ。《E3》の使用はなし。そこそこのアタリを一撃、胴体か首か頭に入れたら、そいつの勝ち」

「腕や足はどうなんだ?」

「時間切れとか、相打ちのときの判定が有利になる」

「まあ、そんなところか」

 近代の格闘技ルールに似ている。大抵は一撃で勝負が決まるであろう、という部分以外は。俺はうなずいて、バスタード・ソードの模擬刀を構えた。


「じゃ、そろそろ始めるか。かかってこいよ」

 俺は片手で挑発した。これに対して、印堂雪音が真っ先に反応した。

「いつでもいいの?」

「いいよ」

「――そう」

 と、言うが早いか、彼女は鋭く踏み込んできた。思い切りの速さは悪くない。ただし、直線的すぎる。俺は傍らの用具入れを力ずくで引っぱって、彼女と俺の間に割り込ませる。


「う」

 印堂雪音の突進は、一時停止を余儀なくされた、どころか、派手に転倒した。作戦がハマった、というやつだ。思い切りがよく、最も手ごわそうなやつの出鼻をくじいておく。すると、あとは二名。背後からはまず来ない。コートをそちらに脱ぎ捨ててあるからだ。

 ということは、次にかかってくるのは――


「参ります!」

 思ったとおりバカ正直に名乗りをあげて、右側面から城ヶ峰が突っ込んでくる。バックラーを正面に突き出し、片手剣は、腕を引いて切っ先をまっすぐこちらへ。突きの構えだ。バックラーでこちらの攻撃を捌くか、もしくは殴りつけるかして、隙を見て刺突か斬撃を見舞う。

 予想したとおり、オーソドックスな、正当すぎるカウンター狙いの剣術だった。

 俺は片手でバスタード・ソードを握り締め、思い切りバックラーをぶん殴った。城ヶ峰は少しバランスを崩したものの、まだカウンター体勢を維持する。

 だが、バックラーによる防御はすでに封じた。


「片手剣と盾の組み合わせは、すごくバランスがいい」

 親切にも説明してやりながら、片手で用具入れからもう一本の剣を引っこ抜く。片手持ちの剣なら、なんだっていい。そいつを、真正面から叩きつける――城ヶ峰はこれを片手剣の方で受けようとしたが、受けて体勢を崩した瞬間、俺に蹴飛ばされて吹き飛んでいる。

 ざまあみろ。


「ただし、極端なカウンター狙いは、自分より筋力が上の相手にはやるべきじゃない。こんなふうに簡単に体勢を崩されて、体術を決められる。《E3》で強化されてるなら、女は男よりも高い筋力を引き出せるケースも多いが」

 俺は振り返りながら、そちらから接近しているはずのセーラに備えた。予想は当たりだ。彼女は上段から、両手で日本刀のような剣で斬りかかってきている。

「お前は普通に男並みだな」


 なかなかに力のこもった一撃。俺は右のバスタード・ソードで受け止める、なんてことはしない。代わりに、左手に握った片手剣を投げつけてやった。セーラはこれに対して簡単な反射行動をとる。つまり、投げつけられた片手剣を咄嗟に払い除けてしまった。

 その頚筋へ俺のバスタード・ソードが迫るのは、一瞬のことだ。


「――ずるいだろ、いくらなんでも」

 セーラは間の抜けたことを言った。

「こんなの、試験で役に立つかよ。蹴り飛ばすのも、剣を投げるのも禁止だ」

「それよりも、お前は典型的なぼんくら発言をしていることに気づくべきだ」

 俺は剣を引いて、一歩だけ後退した。セーラは俺をぶち殺したそうな顔をしたが、何も言い返さなかった。

「ムカつくなら打ちこんでみろよ。三対一だろ。もうちょい実力を見せてもらおうか」

 そうして、俺は憂さ晴らしのために、その後三回ほど彼女らを叩きのめした。――決して俺の趣味というわけではない。俺は師匠からそうやって教わった。それ以外にやり方を知らない。

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