第3話

俺はそれから街中を走り回った。その間にも、ゾンビ出現の音は鳴り続けた。気が付くと、画面には10匹以上のゾンビが俺に向かって移動して来る状態になっていた。俺は、マニュアルの文章を思い出していた。

「隠れてもだめだ。目的地に着いてミッションをクリアしない限り、ゾンビはあなたを追い続ける。」

 ―― そうだ、この状況を抜け出すには、目的地にたどり着くしかない。

俺は覚悟を決めた。改めてスマホのマップを見る。目的地の中学校に続く全ての道にゾンビがいる。俺は絶望感に耐えながら、さらにマップを食い入るように見ながら、中学校にたどり着く方法を必死で考えた。

中学校に続く道の中で、一番大きな道は片側2車線の国道だった。今いるところからすぐに国道に出ることができる。しかし、この国道にもゾンビがいた。俺は何度か遭遇したゾンビの動きを思い浮かべた。動きはかなり鈍く、走ることもできないようだった。

俺は確信した。片側2車線の広い国道なら、ゾンビがいても横をすり抜けられる。

 ―― これならいける!

俺は決心して、そのまま国道に出た。向こうから、ふらふらとゾンビが歩いて来るのが見える。スマホの警告音が夜の国道に鳴り響く。

 ―― 今夜に限って、どうして車がぜんぜん通らないのだろう。

俺は疑問と共にかすかな胸騒ぎを覚えた。しかし、行くしかない。俺はゾンビに向かって速足で近づいた。大きくなるスマホの警告音と共に、ゾンビの姿がだんだんと近づいて来る。

 ―― 20メートル、15メートル、まだまだ我慢だ。

 ―― 10メートル、もう少し。

 ―― 7メートル、まだ我慢だ。5メートル、そろそろか。 

そしてゾンビが目の前3メートルまで近づいた時、俺は踏み込んだ右足を思い切り左側に蹴り出し、そのままダッシュでゾンビの右横を駆け抜けた。

 ―― やった! このまま数百メートルで中学校だ!

俺は走りながら心の中でガッツポーズを決めた。さっきのゾンビはもうずっと後ろで、追い付かれる心配はない。しかし、その時スマホから低い音が鳴り響いた。急いで画面を見ると、たくさんの赤い人影が行く手に現れていた。前方に目をやると、国道の街灯に照らされていくつもの影を引きずった大量のゾンビの群れが現れるところだった。これほどの数では、横をすり抜けることなど絶対に無理だった。

 ―― そんな・・・やっとここまで来たのに・・・

俺は絶望感に捉われた。だが、俺は妻や両親のことを思い浮かべた。

 ―― いや、せっかくここまで来たんだ。絶対なんとかしてみせる!

闘争心が湧きあがってきた。

 ―― そうだ、俺はピンチになるほど燃える男だ!

俺は気分が妙に高揚してくるのを感じながら、周囲を見回した。

今いる国道は、小高い山の中腹を横切っていて、道の北側は上に向かう山の斜面で、南側は急な下り坂となっていた。下り坂はおよそ20メートルほど下で、住宅街となっている。国道の歩道と下り坂の間には、転落防止用の2メートルほどの高さのフェンスが張られている。それを見たとき、俺は閃いた。

 ―― やつらはフェンスなんてよじ上れないだろう。よし、フェンスを乗り越えて向こうの斜面伝いに進もう。

俺はフェンスに飛び付くとよじ上り、乗り越えて向こう側の斜面に降り立った。そのまま斜面を歩き始める。地面が柔らかく、さらに傾斜がきつくて、ともすれば足を掬われそうになるが、なんとかよろめきながら進む。

ほどなく、ゾンビの群れがフェンスに押し寄せて来た。俺は斜面伝いに歩いているため、歩く速度が上げられず、ゾンビ達はフェンス沿いに俺の動きに付いて来る。俺はこのまま中学校の近くまで行けたとしても、どうやって斜面から国道に戻るか、悩み始めた。そのとき、俺は恐ろしいものを見つけてしまった。10メートルほど先で、歩道と斜面の間のフェンスが途切れていた。俺は焦った。しかしこれ以上速く歩くことはできない。そしてすぐにフェンスの切れ目から、ゾンビがわらわらと斜面に降り始めた。

 ―― もうだめか!

俺は観念しそうになった。しかし、まだ天は俺を見離していなかった。

ゾンビの腐った脚には、この斜面の傾斜はきつ過ぎたのだ。斜面に足を取られたゾンビは、次々に転び、そのまま斜面をすべり落ち、あるいは転がり落ちていった。俺は、上から滑ったり転がったりして落ちてくるゾンビを避けるのが忙しくなった。

 ―― あれ、昔こんなゲームがあったような気がするぞ。

必死にゾンビをかわしながら、そんなことを思い出していた。

 ―― そうだ、アーケードゲームでよく遊んだドンキーコングだ。

思い出しながら、俺は思わず自分自身の姿がおかしくなった。

最後の一匹のゾンビが、滑り落ちながら俺の脚にしがみついてきた。俺はそいつの頭を思い切り蹴り飛ばした。そいつの体はそのままずるずると斜面を滑り落ちて行き、ちぎれ飛んだ頭は、ごろごろと斜面を転がって、坂下の住宅の屋根で一度大きく弾んでから、その家のベランダに飛び込んだ。

「ナイス シュート。」

俺は思わずつぶやいたが、そんなことを言っている場合ではなかった。

ゾンビの頭がベランダに飛び込んだ家から、甲高い女の悲鳴が上がるのを背後に聞きながら、俺は斜面から国道に戻り、急ぎ足で歩きだした。

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