第2話

数十メートル歩いたところで、スマホが振動し、神経を鑢でこすりつけるような気味の悪い低い音が鳴った。スマホの画面を見てみると、画面のマップ上、俺の数十メートル後方の位置に、赤い人影が現れていた。ちょうど、俺のマンションのエントランスの辺りだ。

 ―― おっ、出た出た。ゾンビのお出ましだ。

スマホの液晶画面の中の赤い影は、俺に向かってゆっくりと近づいて来る。俺は少しだけ歩調を早めた。

目的地の中学校に行くには、次の角を左折しなければならない。そのまま数十メートル歩き、角までもう少しというところで、再びスマホが振動し、低い音を鳴らした。見ると、今度は角を左折した先にゾンビが現れていた。向かっている先にゾンビが出現したことで、道を変えなければならなくなった。俺は一瞬迷い、角の少し手前の細い道を右折した。この道をしばらく直進し、左折を2回繰り返せば、中学校に向かう道に出られる。多少遠回りだが、しかたがない。

その道を歩いていると、またスマホが鳴った。画面を見ると、少し先の脇道にゾンビが出現していた。これで3匹目だ。まだ多少の距離があったので、俺は余裕でその脇道を通り過ぎた。その際に脇道に軽く目をやると、道の先に一人の男がゆらゆらと立っているのが見えた。その男は俺の姿を認めると、のろのろと俺に向かって歩き出した。俺は酔っ払いだろうと思った。ちょうどスマホのゾンビがいる辺りに、偶然酔っ払いがいるなんて、ちょっと出来すぎだぜ、と思った。

そのとき、スマホから別の音が鳴り始めた。よくSF映画やアクション映画などで耳にする、警告音のようだった。スマホを確認した俺は、ゾンビが近付いたときの警告音だと気が付いた。警告音は徐々に音量が大きくなる。スマホから目を離して顔を上げた俺は、さっきの酔っ払いが傍まで近づいたことに気が付いた。そばまで来た酔っ払いが街灯の明かりに照らされたとき、初めて俺はそいつをはっきりと見た。鉛色の顔にはまったく生気が無く、目は白く濁り、半開きにした口からは、よだれが滴り落ちていた。腐臭がつんと鼻を突く。それは一言で言えば、ゾンビ映画で見るゾンビそのものだった。そして、そいつは低い声で唸っていた。

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俺は反射的に走り出した。走っていると、スマホの警告音が小さくなり、やがて鳴り止んだ。俺は立ち止まると、電柱によりかかって息を整えながら、激しく自問自答した。

 ―― 今のはなんなんだ? 映画で見るゾンビそのものじゃないか。

 ―― まさか、ゲームが現実化しているなんて、そんなバカなことはないよな。

そのとき、背後に誰かが近づく気配を感じた。俺はぎょっとして振り向くと、犬を連れた老人が俺の後ろを通り過ぎるところだった。老人と目が合ってしまった。不審者を見るような目だ。確かに、今の俺はかなり不審に見えるだろう。

俺はほっとして改めてスマホを見た。画面には、4匹のゾンビが蠢いていた。そのとき、スマホが震えると同時に、あのいやな音が鳴った。画面の俺のすぐそばに、赤い人影が現れた。俺は焦ってあたりを見回した。

先ほど俺の後ろを通り過ぎた老人の後ろ姿が見えた。老人の体が揺れている。俺はその背中を凝視した。スマホから、ゾンビ接近の警告音が鳴り始めた。老人がゆっくりと振り向く。老人の顔は灰色に変色し、眼球は白く濁っている。半開きになった口の端からは涎が垂れ落ちている。それは、映画でおなじみのゾンビの顔そのものだった。

俺は驚きのあまり、手にしたスマホを落としそうになった。老人が連れている犬が吠えたてた。俺は反射的に犬に目を移した。その犬の体毛はぼさぼさでところどころはげ落ち、さらに胸の皮が剥がれて垂れ落ち、肋骨が見えていた。

俺は声にならない叫び声を上げながら、その場から走り出した。

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