第4話

俺はとうとう中学校の校門にたどり着いた。

中学校の校舎は、真っ黒な山を背後に背負い、夜の闇の中にうずくまっていた。俺はその光景に不吉な予感を感じながら、スマホの画面に目を落とした。縮尺が細かくなったゲームのマップには、目的地が校舎の中であることが示されていた。

この不気味な夜の校舎に入り込むのは気が進まなかったが、自分が助かる唯一の道が、この校舎の中に通じているのなら、好き嫌いを言える状況ではない。

 ―― どうやって校舎に入る? ええい、ままよ。なんとかなるだろう。

俺は校門によじ登った。校門の上にまたがって座った状態で、今来た国道の方を眺めると、何十匹というゾンビがこちらによろよろと向かって来るところだった。

驚いた俺は、思わず校門から転落していた。落ちた際に腰を打ちつけた俺は、しばらく立ち上がれなかったが、痛がっている時間はない。俺は腰をさすりながら、校舎のドアによたよたと向かった。

校舎のドアは、ロックされていた。当然だろう。先週、勝手に校舎に入りこんだ学生が自殺したばかりだ。俺はドアの前に置いてあった、ドアストッパー用と思われるコンクリートブロックを拾い上げると、ドアのガラスに思い切り叩きつけた。器物破損だとか、不法侵入だとか、そんなことを気にしている場合ではないのだ。俺は割れたガラスからドアの内側に手を突っ込み、ロックを解除した。そのまま校舎に入り込むと、ドアを背にしてその場にへたりこんだ。

スマホを取り出して、改めてマップを確認する。かなり目的地に近付いたためか、マップは3Dで表示されるように変わっていた。マップをチェックした俺は、目標の旗が屋上にあることを確認した。立ち上がりながら、ドアの割れたガラスから外に目をやると、どこから入り込んだのか、大量のゾンビが校庭を徘徊していた。

俺は喉をゼイゼイ鳴らしながら、階段を上った。

 ―― この程度体を動かしたくらいで、情けない。もっと早く運動を始めているんだった。

俺は、今こんな後悔をしても仕方が無いと思いながらも、自分の膝を励まし、腕で足を抱え上げるようにして階段を上がった。

やっと最上階の屋上に通じるドアにたどりついた俺は、ここでも途方に暮れた。当たり前だが、このドアにも鍵がかかっていた。俺はドアの脇にあった消火器を持つと、それを思い切りドアに叩きつけた。すさまじい金属音が辺りに響く。しかし、ドアはびくともしなかった。

膝に手をついて息を整えていると、スマホからいやな音が響いた。ぎょっとして画面を見ると、階段のすぐ下にゾンビの表示が現れていた。鳴り響く警告音とともに上から下の階段を覗き込むと、ゾンビが一匹階段を上がって来る。俺はドアを思いっきり蹴とばしたが、ドアは見た目以上に頑丈なようだった。後ろを振り返ると、階段からゾンビの頭が現れるところだった。俺はやけくそになって、手にした消火器を振り上げると、階段を上るゾンビに駆け寄り、その頭に消火器を力一杯叩きつけた。

ゾンビは吹っ飛んで階段を転げ落ち、動かなくなった。スマホの警告音も鳴り止んだ。俺は肩で息をしながら、消火器を傍らに置いて、階段に座り込んだ。ナイキのニットキャップを頭からむしり取って、手に握りしめる。

 ―― さて、これからどうする。

動かないゾンビを見ながら、俺は自問した。

 ―― 完全にどんづまりだ。これ以上逃げる場所もない。俺はどうしたらいいんだ。

頭を抱え込んでいた俺は、そのとき、あることに気が付いた。倒れているゾンビの服装だ。そのゾンビは、警備員の服を来ていた。

 ―― もしかしたら・・・

俺はそう思うと、ナイキのニットキャップを被り直し、怖々ゾンビに近づいた。気持ちが悪いのを我慢して、顔を背けてできるだけゾンビを見ないようにしながら、ゾンビが穿いている警備服のズボンのポケットを探った。

 ―― あった!

ゾンビのズボンのポケットには、鍵束が入っていた。おそらくこのゾンビは、この中学校の警備員だったのだろう。中学校に警備員がいるとは、あまり聞いたことが無いが、先週この中学校に入り込んだ学生が自殺したことから、今だけ特別に雇っていたのかも知れない。

俺は鍵束の鍵を、屋上に続くドアの鍵穴に一つずつ合わせていった。手が震えてなかなか鍵穴に合う鍵が見つからなかったが、鍵束の鍵の最後近くで、やっとドアの鍵穴にあう鍵を見つけた。俺は鍵穴に差し込んだ鍵を、急いで回した。鈍い手応えと同時にガチャリという音がして、鍵が開いたのがわかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る