第3話

おじいちゃんの病状は、1歩進んで2歩退がる、と言った具合で、少しづつ悪くなって行った。伯父さんやお父さんが病院に行ったときも、誰なのかわからない状態が続き、担当の医師からは、万一のことを覚悟しておいて欲しいと、言われたそうだ。


私がおじいちゃんの病院に行った2週間後、再びお母さんから、おじいちゃんの病院に行って洗濯物を届けるよう、頼まれた。

おじいちゃんはもう私のことも認識できないので、今度は洗濯物を置いたら、すぐに帰ろうと思っていた。


私は先週のように病院にたどり着くと、エレベータに乗りこんだ。

病院という場所はきらいだった。それは、結花のことも影響しているかも知れない。結花は、去年、事故で死んだんだ。

同じ陸上部に所属していたと言っても、私は短距離で結花は長距離だったから、練習以外では一緒に走ったことはない。でも、だからこそ、二人で励まし合ったり、一緒に遊んだり、今まで楽しく過ごせたんだと思う。

結花がいなくなってから、陸上も勉強も、なんだかやる気がなくなってしまった。なんとなく学校に行き、なんとなく授業を受け、なんとなく家に帰って、なんとなく寝る。その繰り返しだった。

なんで長距離専門の結花がこんなに早く死んで、短距離の私が生きてるんだろ。

そんなことを考えながら、713号室に入った。おじいちゃんは、2週間前と同じく、口を半開きにして天井を見つめていた。私は一応、おじいちゃんに手を振ると、奥のロッカーに行き、タオルやパジャマを詰め込んだ。

おじいちゃんの様子を見ると、焦点の合わない目を天井に向けたまま、なにかぶつぶつと呟いていた。私は、いすをベッド脇に運び、腰かけた。

「ねえ、おじいちゃん、本当に私がわからないの。」

一応、おじいちゃんに話しかけてみる。話しかけても、その内容は全然理解できないんだろう。自分が話しかけられてるっていうことも、きっとわからないんだろう。

だったら、どんなことを話しても、大丈夫だよね。

「おじいちゃん、人は死んだらどこに行くんだろ。結花は今、どこにいるんだろ。」

おじいちゃんにそう話しかけると、自分の心の殻が破れたみたいで、ずっと心の中にしまっておいた言葉が溢れ出した。

「おじいちゃん、結花って知ってる?小さい頃から私の親友だったんだけど、去年死んじゃったんだ。」

「結花は私のこと、覚えてるかな。今のおじいちゃんみたいに、忘れちゃってるのかな。もう一度、結花に逢いたいよ。また一緒に陸上やりたいよ。なんで私を置いて一人で行っちゃったんだろ。」

おじいちゃんにはなんの反応もない。そんなおじいちゃんを見ていて、少しだけおじいちゃんのことも気になり始めた。

「おじいちゃん、おじいちゃんもおばあちゃんに逢いたいって、思う?おばあちゃんのところに行きたいって、思う?」

やっぱり、おじいちゃんは反応しない。

「私って、ばかかな・・・」

私はいすから立ち上がった。

「おじいちゃん、今日はもう帰るね。また来るよ。」

私はそう言うと、部屋から出た。今まで言えなかったことを言えて、少しだけ気分が晴れていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る