3-10:Next Bout is Comeing Soon

 香坂レン。

 それが美織を倒した女性の名前だった。


「え、十五歳?」


 買取伝票に書き込まれた年齢を見て、葵が突拍子もない声をあげた。


「何で驚く?」


「いや、だって……え? マジで?」


 葵は慌てて提出してもらった身分証明書も見てみる。

 確かに生まれた年が自分と同じだった。


「……同じ歳?」


 思わずマジマジとレンを見てしまう。

 背が高くスラリとした体つきは、出るところは出て、ひっこむところはひっこむという大人の女性らしいスタイルが既に出来上がっている。

 顔付きだって高い鼻に、切れ長の眼、化粧はさっと唇に紅を走らせただけなのに、とても大人っぽかった。


 対して自分はどうだろう? 人並みに胸は大きくなったものの「くびれ? なにそれおいしいの?」と主張する寸胴な体つきは「こんな体でチャイナ服モドキなんかを着てごめんなさい」と土下座したくなる衝動に襲われてしまう。

 童顔な顔付きに至っては、もはや切腹したくなった。


「あ、十五歳なら保護者様の売却同意書が必要なのですが、お持ちですか?」


 あまりのショックに魂が抜け落ちた葵に代わり、司が業務を引き継いだ。

 司もレンの年齢には驚いたが、女の子の格好をしているとはいえ中身は完全に男の子だ。自分と見比べるという発想自体ない。


「ええっ!? そんなのが必要なのか?」


「はい。持ってません?」


「まいったなー」


 レンが頭を無造作にわしゃわしゃとかきむしった。

 奇麗な黒髪なのに手荒いが、レン自身はまるで気にした様子がない。


「では一度家に戻られて、保護者様に同意書を書いてきてほしいのですが」


 司はカウンターに置いてある同意書の束から一枚取り出す。


「いやー、実はちょっと無理なんだよ、それ」


 レンは買取伝票の住所欄を軽くとんとんと叩いた。

 見ると東京からかけ離れた住所が書かれていた。


「困ったな。どうしようか」


 言いながら、レンが店内を見回す。まるで誰かを探しているかのような仕草に、親戚の方でも一緒に来ているのかなと司が思っていると……。


「しょうがねぇなぁ。本来の売却人である俺が出てやろう」


 とんでもない人物が割り込んできた。


「え、円藤さん!?」


「実を言うと、このソフトは全部オレんちのものでね。彼女に頼んで、代わりにそちらの大将と対戦してもらったんだわ」


 しれっとそんなことを言いつつ買取伝票にレンが書いたものを全て二重線で消すと、代わりに円藤が自分の住所などを書き込んでいく。


「悪いね、円藤さん。バレちまった」


「いーや、今となっては大したことじゃねーよ。大事なのはあんたがあの店長に勝ったという事実。むしろここでオレたちの関係を明らかにしておくのは、駆け引きとしては悪くねぇ」


 円藤が買取伝票に必要事項を全て書き込むと、身分証明書と一緒に司に差し出した。

 慌てて司は受け取って確認をするものの


「はい、確認できました。ありがとうございます。……あ、あの、それでその、駆け引きって一体?」


 身分証明書を返しつつ、つい先ほどの言葉が気になって円藤に訊いてしまう。


「そんなの、決まってるでしょ」


 返事は司の背後から返ってきた。

 びっくりして振り返ると、そこには両手を胸で組み、仁王立ちする美織。


「こいつら、うちの買取キャンペーンを潰すつもりなのよ。私より強いヤツを助っ人にして、いつでもまた負かしてやるぞってね」


 口調は不機嫌そのもの。だが、表情は「やれるものならやってみなさいよ」と挑発的な笑みを浮かべていた。


 しかし、かくも威圧オーラを放つ美織を前にして、円藤はまったく怯む様子もなく


「うちで扱っている中古商品は、どれもお客様から買い取らせていただいた大切なものなんだけどな」


 突然そんなことをニヤけ顔で話し始める。


「だから他店舗に売り飛ばすのは心が痛むんだけどよぉ、充分な利益が出るとなれば話は別だよなぁ。ああ、持ってきてやるよ」


 そして次の円藤の言葉に、司はぞっとした。


「軽く百万円分くらい、な」


 百万円の買取……一体どれだけの量になるのか想像も出来ない。

 が、大規模チェーン店の店長を勤める円藤なら、それぐらい集めるのは造作もないだろう。

 しかもどれも売れなさそうな、いわゆる不良在庫品ばかりで。

 さらにキャンペーンを利用し、二倍の値段で売り付ける算段で。


 買取倍増キャンペーンは美織が基本的に負けないからこそ成立するものだ。

 そんな彼女より強い人物が莫大な金額になる買取商品を持って来たら……当然継続は難しくなる。

 美織の言う通り、円藤はまさにキャンペーンそのものを潰しにかかってきたのだ。


 思わぬ事態に司は青ざめた。


「ふん、あんたのとこのクズい商品なんていらないわ」


 だが美織は鼻で笑い飛ばした。


「そもそもあんたはうちのキャンペーンをやめて欲しいんでしょ? だったら賭けるのは商品じゃなくていい」


「へぇ。ってことはなんだい?」


 円藤がじろりと睨みつけて来る。


「キャンペーンそのものを賭けてやろうじゃないの。私が負けたら今後一切このキャンペーンを封印するわ。ただし私が勝ったら、今まで通り続けさせてもらうわよ」


「……いいだろう。だが、こちらに条件が良すぎて薄気味悪いぜ?」


「そうかしら?」


 私にもメリットがある勝負だからね、と美織が怪しげな表情を浮かべて言った。


「ふ、何を狙っているのかは知らんがまぁいい。こっちは負けて失うものなんて何もねぇからな。こんな美味しい勝負はない」


「決まりね。じゃあ、レンって言ったっけ? あんた、『スト3』と『スト4』のどっちが得意?」


 美織の質問に、レンは少し考える時間を取った。

 レンは腕前を買われて、円藤に雇われた身だ。しかも次の勝負こそ本番だと、事情を知らなくても感じ取った。

 雇い主のことを考えて、より勝利に近付く方を選ぶのが筋だろう。


「そうだなぁ。『スト3』も得意だけど、今となっては『スト4』の方がやりこんでいるかもな」


 悩んだ末に出した答えは『スト4』だった。

 理由は言葉通り、勝つために費やした時間が決め手となったが、美織が『スト4』でどんな戦い方をするのか興味が湧いたのも大きかった。


 それでも『スト4』なら美織に勝てるという自信もレンには当然ある。


「キャラクターカスタマイズはしてないって聞いたけど?」


「……よく知ってるじゃん。さては昨日、こっちのゲーセンでやってるのを見られたか。まぁ、でもアレってどうにも面倒でね。それにカスタマイズしなくても勝てるからさ」


「なるほど、ね」


 美織が面白そうに頷くのを見て、レンは逆に美織がカスタマイズしまくったキャラを使ってくるのを確信した。

 一度戦っただけだが分かる。美織はそういうヤツだ、と。


「おっけ。じゃあ次はうちの買取キャンペーンを賭けて『スト4』で勝負しましょう。ただし、こちらも準備があるので勝負は一週間後。これでいい?」


「準備期間が長すぎだ。こちらとしては今すぐにでもやりたいんだぜ?」


 円藤が抜け目なく注文を出してきた。


「悪いけどそれぐらいの準備はどうしても必要なのよ」


「だったらそれを受け入れる代わり、明日から勝負までの一週間は買取キャンペーンを中止にしてもらおうじゃねーか」


 強気な美織がかすかに引いたのを円藤は決して見逃さず攻勢に出る。


「……仕方ないわね」


 結局、美織は円藤の提案を受け入れることとなった。

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