3-8:Here Comes a New Challenger

「あ、すんませーん、ゲーム売りたいんスけどー」


 円藤の来訪に司があたふたしていた頃。

 革ジャンにジーンズというラフな格好をした長身の女性が来店し、カウンターにやってきた。

 細身の体に、腰まである黒髪が映える女性だった。


「はいはい。ありがとーございまーす」


 カウンターの奥で、傷ありディスクの研磨作業をしていた葵が対応へと向かう。


「え、チャイナ服?」


「あはは。びっくりするでしょー?」


 葵が朗らかに笑う。相手が同性なら視線も気にならない。


「店長が女の子のくせに変態でさ。店員にこんな格好をさせるんだよ」


「へぇ」


 女性は面白そうに口元をゆがめ、改めて店内を見回した。


「みんな制服が違うね?」


「うん、店長が言うには、その子の一番可愛いところを引き出す衣装なんだって」


「あー、確かに。特にあの子なんか凄いな」


 そう言って彼女は、フロアの片隅で円藤と対峙している司に視線を飛ばした。


 商品の品出し中に円藤と遭遇した司は、数本のゲームソフトを後ろ手に持ってお尻を覗き込まれるのをカバーしつつ、オロオロと対応していた。

 司自身は相当に困った状況に陥っていたが、事情を知らない人からすれば、その恥らう仕草がぐっとくる。


「あの手の子にミニスカってのは大正解だわ」


「当店の趣旨をご理解いただき光栄です」


 葵はにこやかな表情のまま、深くお辞儀をする。


「で、買取なんだけど、うち、店長とゲーム対決して勝ったら金額倍増ってキャンペーンをやってるの。どうする?」


「へぇ、ホント変わってるな、この店……あ、てことは」


 女性が壇上で客と対戦している美織を指差した。


「あのちっこいのが店長なのか?」


「そう、ちっこいよ。でも最強!」


「へぇ。どれぐらい?」


「本人曰く、地球上、最も偉大なノーベル最強賞、だって」


「そりゃスゴい。だったら話のタネにオレもいっちょ挑戦してみるかな」


 挑戦と言いながら、目の前の女性がニヤリと笑うのを葵は見逃さなかった。


(うーん、この人、もしかして?)


 女性が壇上の美織に意識を向けているのをいいことに、葵はマジマジとその横顔を観察する。

 顔の作りは確かに似ている、ような気がする。

 でも、雰囲気がまるで違った。


「で、どうすればいいんだ?」


「あ、うん。じゃあこの番号札を持ってて。今の人が終わったらすぐに対戦できるから」


「りょーかい」


 番号札を手にとって、女性はワクワクした様子で壇上の近くへと歩み寄っていく。


 そして入れ違いで司が戻ってきた。


「葵さーん、大変な人が来ちゃったよぅ」


「そう! 昨日の今日でびっくりだよね?」


「え? 昨日も来たんですか?」


「来たっていうか、私たち、一緒に行ったじゃん」


「へ?」


 どうにも噛み合わない会話に、司は混乱した表情を浮かべる。

 そんな司の首を葵はぐいっと振り返らせた。


「いたっ、いたたた。突然何をー?」


「むぅ、こんな時も可愛い声が出てくるなんて、さすがはつかさちゃん、恐ろしい子……って、そうじゃなくて、ほら」


 葵がちょいと唇を突き出す先、そこに。

 昨日ゲーセンで見た凄腕女性に似た人物が、美織の待つステージへと上がるところだった。





「お、初めて見る顔ね」


 壇上を登ってきた女性を、美織は笑顔で迎えた。

 黒い長髪に、スレンダーな体型。年齢は自分より少し歳上に見えた。大学生あたりだろうか。


「ああ、よろしく。ちょっと金に困っていてね、手加減してくれると助かるよ」


 女性が軽くウインクしてくる。


「それはお気の毒様。丁度いい感じになってきたところなの。手加減なんて出来ないわ」


「あちゃー、マジかよ」


 ツイてないとばかりに天を仰ぐ女性。


「じゃあオレが得意なゲームで対戦するしかねぇな」


 そう言って、予め用意していたゲームの中から女性が選択したゲームは……。


「『スト3』(ストレングスファイター3)ね。おっけー。コントローラはどうする? アケコンも用意してるけど」


「んじゃ、お言葉に甘えてアケコンで」


 美織から手渡されたアーケードコントローラアケコンをテーブルにトンと置くと、女性は左足を胡坐を組むようにして椅子に座った。


 選択したキャラは女子プロキャラ・マリア。

 美織の頬が一瞬ピクリと動いた。


「マリア……ね。投げ技は強力だけど、基本的には弱キャラよ? ホントにそいつでいいの?」


「動きは遅いが一発一発に重みがある。そこがいいんだよ、コイツ」


 女性が答えながら肩を回すのを見て、美織は隣に座るといつものJK格闘家・サナカを選ぶ。


「あんたも捻くれてるなぁ。サナカってカズ(シリーズの主人公キャラ)の劣化バージョンだろ」


「それがいいのよ」


 美織がニヤリと笑った。


「だからこそ相手は負けた時のダメージが大きいでしょ?」


「うわぁ。どエスだなぁ、あんた」


「まぁね。ほらほら、そんなこと言っているうちに始まるわよ」


「おっと」


 美織が言うように、画面では二人の選んだキャラが大きな滝を背景にしたステージで対峙していた。

 女性が片足胡坐のまま「ファイト!」の声と共に女子プロキャラを小刻みに動かし始める。

 間合いを計りつつ、小刻みなパンチで牽制。

 美織も同じように動かしながら、相手の様子を伺う。


 先制は女性の方だった。

 上手くしゃがみパンチを当てると、ドスンドスンと重量キャラならではのコンボを開始する。


 そこへ美織の軽量キャラがすかさず技の隙間にパンチを捻じ込み、コンボを強制終了させた。

 一発の攻撃力は高いが、スピードに欠ける重量キャラの泣き所を見事に突いた形だ。


 動きを止めた相手に対し、今度はこちらの番と美織のキャラが蹴りを繰り出した。


「おおっ!」


 今日も少なからずいる観客が沸いた。

 美織のサナカによる蹴りが決まったと思った瞬間、女性のマリアがすかさずキャッチし、ドラゴンスクリューに決めてみせたのだ。


「やるじゃない」


「こんなのは基本でしょ、基本」


 かくしてそのまま一ラウンドは挑戦者の女性が押し切った。


 二ラウンド目も女性が奮闘するも、美織が機動力を生かしたトリッキーな攻撃を決めて辛勝する。

 決着は最終三ラウンド目へと持ち越された。

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