3-7:ヤツが来る!
「へぇ、私以外にそんな奴がこの町にいるのねー」
その日の夕食、おみやげの『肉の九尾』特製コロッケに舌鼓を打ちつつ、美織は司たちがゲーセンで見た女性の話を聞いていた。
「ちなみにキャラは何を使ってた?」
「えっと、女子プロレスラーみたいなヤツ」
「マリアね。で、カスタマイズはどんな感じ?」
「カスタマイズ、ですか?」
司はうーんと頭を捻る。
『スト4』最大の特徴、キャラクターカスタマイズ。
今日も動きがすばしっこいヤツやら、体力ゲージが二本あるヤツを見た。が、
「極端なカスタマイズはしてないような……多分、ノーマルだと思います」
「ふーん。カスタマイズしてないんだ」
よっぽど自分の腕に自信があるのかしらね、なんて呟きながら美織は四つ目のコロッケに箸を伸ばす。
「美織ちゃーん、それ以上コロッケを食べたら……太るでぇ~」
そこへ久乃が恨めしそうな声で、美織の動きを制した。
「な、なによ、久乃。コロッケのあと一個ぐらい、大したことないわよ」
「その一個が~、子豚さんになる~、きっかけになるんや~で~」
ますます恨めしそうな声を出す久乃。
それもそのはず、久乃にとっては屈辱的な食卓風景が展開されていた。
司たちがコロッケをお土産に買ってきて「一品作る手間がはぶけたわ」と喜んだが、そのコロッケのあまりの美味しさに、美織が他の料理へ全く手を付けないとなると話は別だ。
このコロッケは敵や!
久乃はコロッケを美織から奪い取ると、自分の口に収めた。
「あ、なにするのよ、久乃!」
「これも美織ちゃんを子豚にさせへんためや。奈保ちゃん、もう一個もお願い」
「ういうい」
久乃に食ってかかる美織の隙をついて、コロッケの最後の一個を奈保がひょいと掴んだ。
「ああっ、奈保! あんた、私以上に食べてたじゃない! これ以上食べたら豚になるわよ!」
美織が呪詛を吐く。
「残念! なっちゃんがなるのは豚さんじゃないんだよ!」
そして奈保はぺろりとコロッケを平らげた。
「あーっ!」
「なっちゃんは牛さんになるんだ。モウ~」
奈保がたわわな胸を持ち上げて、牛の鳴き声を真似てみせる。
そんな賑わう食卓の中、司はただひとりゲーセンで見た凄腕の女性の事を考えていた。
ゲーセンで連戦連勝してしまう、とびきりゲームが上手い女性……もし彼女がぱらいそで働いてくれたら、美織は高校に通えるのではないだろうか?
メイド服を着てくれるかは難しいところだが、だからと言って何もせずに諦めるのは勿体無く思えた。
(ダメでもともと。今度またゲーセンで見かけたら頼んでみようかな)
晴笠美織高校進学計画に、かすかな希望が見えてきた。
「なんだよ、カワイイ子ばかりじゃねーか、この店」
翌日は土曜日で、学校はお休みということもあり、司と葵は朝からぱらいそで働いていたのだが……そこに思わぬ客が現れた!
「こっちはババァしか集まらねぇのに、どうなってやがるんだ、まったく」
司のミニスカート姿にニヤニヤとゲスな表情を浮かべながら悪態をつく男……ライバル店の店長・円藤だ。
「え、えーと?」
司は居心地が悪そうにスカートの前で両手をじっと握り締めながら、それでも笑顔で対応する。
円藤とはチラシ配りの時に会っただけ。だから男の娘になっているのをバレたりはしないはず。
でも、ここまでジロジロ見られると、恥ずかしさに加えてもしかしてバレているんじゃと不安にもなる。
無言だとますます不安に……。
だから司は思い切って話しかけてみた。
「あの、どういったご用件でしょうか?」
「君、カワイイね。高校生かい?」
「カワイイ!?」
どストレートな言葉にたじろぐ司。
そんな仕草がますます気に入ったのか、円藤は無遠慮に顔を近付けてくる。
「俺も同じような店をやってるんだけど、うちで働く気はない? バイト料はここの倍出すぜ?」
「あう! あ、あの、あの……」
耳元で囁くような円藤の声。
もはや二人の距離は男女のそれで、司は体中の毛が逆立つような不快感に襲われた。
「悪くない話だと思うぜ。なんせ……だからなぁ」
さらに耳へ息を吹きかけるように話しかけられる。
司はぞくぞくして、答えることはおろかまともに考えることすら出来なかった。
「まぁ、考えてみてくれや。連絡先、渡しておくからよ」
円藤は
「ふぅ」
司がようやく一息つけたのは、円藤が立ち去ってしばらくしてからだった。
気がつけば手に名刺が握らされている。それすら身に覚えがないほど混乱していた。
そんな調子だから何を言われたのかも、あまり覚えていない。
なんか円藤の店で働かないかと誘われたような気がする。それも確か、もうすぐぱらいそが潰れるからって……。
「えっ?」
ぱらいそが潰れる?
思い出した言葉に司ははっとして、慌てて円藤の姿を探す。
探し当てた円藤は、壇上で行われる美織とお客様のゲーム対決を睨むように見つめていた。
円藤はイラついていた。
当初ぱらいそなんて眼中になかった。
一度だけ視察に行ったが、店員たちの士気はとことん低く、話にならないなと思ったもんだ。
が、そのぱらいそががらりと変わり、無視できる存在ではなくなった。
円藤が店長を勤める大型複合店にとって、ゲームは所詮副商材だ。
でも、利益は馬鹿に出来ない。
また、客を店に呼ぶ込むという意味でも、ゲームは有効な撒き餌でもある。
だから新品・中古ともにぱらいそよりも安く売り出し、買取金額も高く設定した。
利益が減るのは仕方がないが、どこよりも安く売り、どこよりも高く買る。単純な方法だが、これが一番効く。
こうして今までは競合店を蹴散らしてきたのだ。
ところが、ぱらいそは今までの競合店とはまるで違った。
そもそもぱらいそは例のチラシからして、最初から規格外だった。
あんなものを配って、他店が集めた客をまるごと掻っ攫おうなんて普通考えない。
おまけにただのやけっぱちかと思えば、新しく生まれ変わった店舗を世に知らしめる為の認知戦略だったとは、悔しいが理にかなっている。
加えてメイドゲームショップという形態といい、ゲームに勝てば買取金額倍増というキャンペーンといい、こちらが大手だからこそ真似出来ない手を打ってくる。
マニアックすぎるというきらいもあるが、それでもマニアからは支持される。
そしてゲームに大金を使うのは、言うまでもなくゲームマニアなのだ。
それでもエリアマネージャーの黛からは放っておくよう命じられていた。
今はゲームなんて副商材の競合店に対抗心を燃やすよりも、メイン商材で顧客の呼び込みと囲い込みに集中すべきという指示も理解は出来る。
とは言うものの、ぱらいそにこれ以上好き勝手やらせるのは円藤のプライドが許さない。
一矢報いる、だけでは気がすまない。
歯向かうライバルは全力で叩き潰す!
そしてその切り札を手に入れた円藤は、満を持してぱらいそへやって来たのだった。
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