3-6:ハイスコアガール
「うまうま!」
両手にコロッケ。
口にもコロッケ。
コロッケ三昧を堪能する葵を先頭に、司たちは街の商店街を歩いていた。
「なんかゴメンね」
「いいってことよ。かあちゃんも『うちのコロッケをここまで美味しそうに食べる人は初めて見た!』って喜んでたし」
葵の代わりに謝る司を、九尾は笑い飛ばす。
葵の要望で真っ先に九尾のご両親がやっている肉屋さんへ寄ったのだが、結果としてコロッケがお昼ご飯になってしまうぐらい、お母さんから戴いてしまった。
それもこれも一口食べるなり「フオォォ!」と叫び、一気に平らげてしまった葵が原因である。
「けど、本当に美味しいよ、これ」
司はコロッケを口にする。もうみっつめだが、全く飽きがこない。
「ああ、さんきゅ。香住は一人暮らしなんだろ? 肉を食べたくなったらうちに買いに来てくれ。きっとかあちゃんも安くしてくれるぞ」
今のところ食事は全部、久乃が用意してくれている。
でも、このコロッケはまた食べたいし、何より九尾の心遣いが嬉しくて司はうんと頷いて微笑んだ。
「で、腹が膨れたわけだが、ここで俺から提案がある!」
突然、九尾が立ち止まった。
「親睦を深める為、ここはひとつそこのゲーセンで遊ばね!?」
わざわざ立ち止まって話し始めるから何かと思えば、単なるゲーセンへのお誘いだった。
「んー、どうしようか、司クン?」
「いいと思うよ」
これからどこか行く目的があるわけでもない。だったらコロッケのお礼として、九尾の要望に応えるのもいいだろう。
「よっしゃー。香住、格ゲーで対戦しようぜ」
「いいよ。でも、僕だって負けないからね」
勝気な九尾に、司も負けずと答える。
正直なところ勝つのは難しいだろう。九尾の腕前はぱらいそでの美織との対戦を見る限り、司よりずっと上だ。
さらに三人が入ったゲーセンは司も何度か来たことがあるが、設置している格ゲーは一種類しかない。
『ストレングスファイター4』、通称『スト4』。
以前に九尾が美織と熱戦を繰り広げた『スト3』のシリーズ最新作だ。
「香住、お前、スト4カードは持ってんの?」
「ううん、実はあんまり格ゲーってやらないんだ」
「そっかー。じゃあ俺も今日はノーマルキャラでやるか」
九尾が財布から一枚のカードを取り出したものの、司の返事を聞いて残念そうにしまった。
『スト4』最大の特徴が、このスト4カードだ。
カードに刻印された十桁の番号と設定したパスワードを『スト4』のサイトに打ち込むと、キャラのカスタマイズが出来る。
そしてそのキャラはスト4カードを筐体に差し込むことによってネットからダウンロードされ、実際のプレイで使用出来るのだ。
と、ここまではさほど珍しくないシステムである。
が、『スト4』のカスタマイズはキャラの外見に留まらない。
定められたポイントを各能力に振り分けることで、攻撃力や防御力、体力、素早さ、さらには技の硬直時間や浮かされた時の高さまで調整が出来るのだ。
かくして『スト4』はまさにプレイヤーの数だけキャラ、戦略、コンボを生み出した。
その自由度の高さがウケて、ブームが下火になって久しい格ゲー界を再度盛り上げている。
「『スト3』もいいけど、今はやっぱり『スト4』だよな。ぱらいそにも筐体を入れてくれないかなぁ」
「んー、でも、そのうちすぐ家庭用で出るんじゃないの?」
「『スト4』はしばらく移植しないらしいぜ。最近は家でネット対戦が当たり前だし、格ゲーは移植されたらわざわざゲーセンに行く必要なくなるじゃん? だからゲーセンを盛り上げるために、移植はあえて遅らせるんだってさ」
「へぇ」
ゲーセン市場を守る為に敢えて移植を遅らせるなんて、メーカーも粋なことをする。
その甲斐もあって『スト4』筐体には多くの人が群っていた。
「今日はやけに盛り上がって……おおっ!」
人混みの山の向こうにある筐体の画面を、背伸びして覗き込んだ九尾が驚いた。
「59連勝中だと!? やるねぇ!」
九尾の嬉しそうな声に司と葵は思わず顔を見合わせる。
「もしかして美織ちゃんかな?」
「まさか。仕事中ですよ」
「だけど美織ちゃんならやりそうじゃん」
「まさか」と言ったものの、ありえるよなーと思ってしまう司だった。
「おい、香住。悪いけど対戦はこいつを倒してからだ」
振り返った九尾がニヤリと笑って、顎を例の連勝中の筐体に向けて振った。
『スト4』の筐体は他にも複数設置されているものの、格闘ゲーマーの血が騒ぐのだろう。目の前に強いヤツがいる、戦わずにはいられない!
「というわけで、香住は向こうで並んでおけ。俺がヤツを倒してやるからよ」
「相手は59連勝中だよ? 勝てるの?」
「おいおい、俺を誰だと思っている。俺様は」
「美織ちゃんに連戦連敗のへっぽこポニーテール、だっけ?」
「誰がへっぽこだ! それにナインテール! 疾風怒濤の
葵にからかわれてぷんぷんと激怒する九尾。完全に葵のおもちゃだ。
「言っとくが、俺は『スト4』が本職なの! こいつならぱらいその店長にだって勝てる自信がある!」
だから安心して向こうで待ってろよと、九尾は司の背を押した。
九尾の勝利はイマイチ信じられない。
とは言え、連勝している相手が美織かどうかは確かめておきたいので司は素直に筐体の向こう側へと回り込んだ。
葵も好奇心たっぷりに続く。
「もし美織ちゃんだったら、久乃さんに黙るのを条件に時給を上げるよう交渉しよう、ぐふふ」
漏れ聞こえてくる葵の心の声に「それは交渉じゃなくて脅迫だよ」と司は心の中でツッコミつつ、ギャラリーの隙間から件のプレイヤーを覗きこむ。
「あ……」
その瞬間、司は思わず見とれてしまった。
床にまで届きそうな、黒大理石のように艶のある長髪。ぴんと伸ばした背筋。そしてその背中からも伝わってくる集中力の高まり。
細身の体型も相俟って、まるで日本刀のような印象を受ける女性の姿に、司は圧倒された。
「なんだ、美織ちゃんじゃないじゃん」
残念そうに隣で呟く葵の声に司は我に帰る。
「そ、そうですね。いくら店長でも仕事中に抜け出してゲーセンで遊び呆けるなんて」
「でも、司クンも『ありえる』って思ってたでしょ?」
「あ、あははは」
「笑って誤魔化してもダメ。でも、美織ちゃん以外にも格ゲーが得意な女の子っているんだねぇ。また勝っちゃったよ」
葵の言葉に、司は筐体のモニターに視線を移す。
60連勝が決まり、間をおかず次の挑戦者が乱入してきたところだった。
連勝中の女性が使っているのは、プロレスラーの格好をした女の子キャラ。
対して相手が選んだのは小柄な拳法家で、開始早々から小刻みに左右へと動き、一歩も動かないチャンピオンとの距離を測っている。
と、いきなり拳法家が鋭く踏み込んで、素早い突きを繰り出した。
攻撃力はあまりないが、カウンターで決まればもっと強力な攻撃へ繋ぎ、ガードされても手痛い反撃は喰らわない隙の少ない技。いわゆる弱パンチ。格ゲーの基本技だ。
「おおお!」
だが、この地味な攻撃に対して次の瞬間、観客がどよめいた。
チャンピオンがそれまで全く動かさなかったキャラをかすかに引き、相手の突きを鼻先ぎりぎりで避けてみせたのだ。
しかも空振りしてもほとんど隙がない弱パンチに、見事カウンターを炸裂させた。
「はへ? 今のって相手の攻撃が当たったんじゃないの?」
葵が驚くのも無理はない。まさに紙一重ディフェンスと、最速入力による必殺カウンター。
この一瞬の攻防だけで60連勝に値する実力を女性は司たちに見せつけた。
「ええっ!? 今の偶然じゃないのかよっ!?」
筐体の向こうからも九尾の驚く声が聞こえてくる。
同じく順番待ちのプレイヤーからチャンピオンの情報を色々聞いているところらしい。
「なに!? ここまで一ラウンドすら落としていない、だと?」
「バカな! 半数近くの試合でパーフェクト勝ち!?」
いちいち九尾が大声をあげる。
もしやそうやって相手を持ち上げておいて、精神的な隙を作る作戦なのかも?
「へ、へへへ、じょ、上等じゃねーか。あ、相手にとって不足なび……なし、だぜ」
勘ぐりすぎだった。ビビリまくって噛みまくりだった。
結果は……。
九尾の名誉の為、ここに記すのはやめておこう。
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