3-3:100万回やられても懲りない男

「おー、そこ行くあんた、ぱらいその人じゃん!」


 葵との話が盛り上がる中、突然声をかけられて司はビクっとした。


「その制服を着てるってことは、あんたも同じ高校だな。これはテンション上がるぜ!」


 司と同じ制服姿の男が笑みを浮かべて近づいてきた。

 髪を短く刈り上げた、快活そうな男だ。人懐っこい瞳にどこか見覚えがある。


 けれど司はそれどころではなかった。


(いきなりバレちゃった!?)

 

 心臓が激しく脈打ち、頭からサーと血の気が引くのが分かった。

 どうしよう。どうすれば上手く誤魔化せられるだろうか?

 必死に考えるも、突然のことに頭の中は完全に真っ白になった。


 その司の横を、男はあっさり通り抜ける。


「……あれ?」


 そして呆気にとられる司をよそに、男は葵の両手を取るとぶんぶん上下に振り始めた。


「オレは九尾健太くお・けんた。よろしくな!」


 よく考えたら葵も一緒にいた。

 その状況で『ぱらいその人』と呼ばれたら、普通は葵のことだろう。

 身バレを恐れるあまり、ちょっと自意識過剰気味かも……。

 司は人知れず顔を真っ赤にさせた。


「おお、おおう。え、えーと?」


 とりあえず司の危機は去った。

 が、次は葵の番だった。

 突然男の子に手を握られ挨拶されたのものの、葵にはどうにも見覚えが無い。

 相手の口調からぱらいその常連らしいが「こんな人いたっけ?」ってのが正直なところだ。


「つ、司くーん」


 戸惑いながら、葵は司に助けを求める。

 その言葉に九尾と自己紹介した男がすかさず反応した。


「つかさ……?」


 男は突然手を離すと、勢いよく司へと振り返る。


「……って、なんだ、男か。つかさって言うから、思わずマイエンジェルつかさちゃんかと思ったぜ!」


 残念と肩をすくめる男。


「マ、マイエンジェル!?」


 対して司は男の言葉にすっとんきょうな声をあげた。


「お、なんだよ、そんな驚いた声を出して。それにお前、顔、真っ赤だぞ」


「あ、えーと、その……」


「ん? ああ、よく見たらお前、ぱらいその店長に何度も挑戦してたヤツじゃねーか」


「う、うん」


「最近姿を見ねぇけど、さすがに諦めたか? まぁなぁ、こう言っちゃ悪いけど、お前じゃあの店長には勝てねぇよ。やっぱりアイツの相手はこのオレ様」


 男が学生服のポケットから迷彩柄のバンダナを取り出し、頭に巻きつける。


「疾風怒濤のナインテール様じゃねーとな!」


「ああっ!」


 葵が男を指差して叫んだ。

 見慣れた姿になってくれて、ようやく男が誰なのか分かったのだ。


「美織ちゃんにカモにされてる人!」


「カモじゃねーよ! ライバルだよ!」


「でも、一回も勝ったことないじゃん」


「ぐっ、そ、それはまだオレが本当の力を……」


「ちなみに美織ちゃん、まだ全然本気出してないって言ってたよ?」


「な……いや、オレだってあと二回変身を残している。この意味が分かるな?」


全然ぜんっぜん分からない」


「だあああ、こいつキライだああああ!」


 九尾が司に詰め寄って、葵になんか言ってやってくれと訴えてくる。

 やれやれ、だった。


「えーとこの人、以前に店長といい勝負したことがあるんだよ。『スト3』で」


 司は当時のことを葵に話す。

 そう、美織が天使の息吹エンジェル・ブレスで大逆転を収めた相手が、このバンダナ男の九尾だった。


「へぇ……でも」


 それって美織ちゃんの演出でしょと葵が言いそうになるのを、司が「ダメ! お客様を大事に!」と目で合図する。

 葵とて、司の言わんとすることは分かる。

 実のところ、葵が九尾に冷たくあたるのは彼の言葉にかちんときたからだった。

 自分の腕に自信があるみたいだけど、だからと言って司を馬鹿にするのは何故だか妙に腹が立った。


 ……でも、まぁ。


 司の目を見ていると、気持ちが落ち着いてきた。

 馬鹿にされながらも相手への気遣いが出来る……そんな意気地なしとも優しさとも取れる司の性格を葵は嫌いになれない。

 だからぽりぽり頬を掻くと、しょうがないなぁと葵は終戦宣言を口にする。


「あたしそれ見てないからなぁ。今度見せてよ、美織ちゃんといい勝負するところ」


「お? お、おう! 任せとけって。絶対勝ってみせるからよっ!」


 九尾がぱあぁと破顔して、胸をどんと叩いた。

 実に分かりやすい男だ。


「あ、でも、あんたにいいところを見せたいわけじゃないからなっ! 勘違いするんじゃねーぞ」


「男のくせにツンデレっ!? キモッ!」


「違うわっ! 俺はマイエンジェルつかさちゃん一筋なんだよっ!」


 キモッ!


 司は心の中で思わず叫んでいた。

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