2-9:勇気は胸の中に!
「まだかなぁ。まだかなぁ」
今日は昼頃から落ち着きがなかった美織。
それは司の姿が見えないことに苛立っての行動だったが、今はまったく別の件でそわそわしていた。
「美織ちゃん、ちょっとは落ち着きぃな。それに対決したいってお客さんが待っとるんやけど」
「今はダメ。こんな精神状態で対決なんかしたら」
「したら?」
「早く終わらせたくて、本気で戦っちゃうじゃない!」
「勝っちゃうんだ!?」
集中出来ないから負けるかもって答えを予想していた葵は、思わずツッコミを入れた。
「だーかーらー、かすみーん、早く着替えて出てきてー」
美織が恨めしそうに事務室の扉を見つめる。
メイド服への着替えを手伝おうとしたら「は、恥ずかしいから出て行ってくださいー」と、外へと追い出されたのだ。
「女の子同士なんだから恥ずかしがらなくてもいいのに。ねぇ?」
しつこく出てこい、早く出てこーいと念を送りながら、美織は葵に同意を求める。
「あたしにそれを言う?」
「なんで?」
「あんたがあたしにしたこと、忘れたのかーっ!」
葵にとって初めてぱらいその制服に袖を通した時のことは、忘れたくても忘れられない過去だった。
スリットから丸見えのぱんつに絶望する葵へ、美織が紐ぱんを持ってにじり寄る。
同じ女の子だと言うのに、葵は本気で貞操の危機を感じた。
「女の子同士なんだから気にする事ないじゃん」
「じゃあ今度はあたしが同じことを美織ちゃんにしてあげようか?」
「イヤよ」
「ほらね、そういうことだよっ!」
即答する美織に葵が語気を強めたその時だった。
「あ、あの……」
ガチャリと事務室の扉が開いて、女の子が顔だけ出して呼びかけてきた。
「おっ、着替え終わったの、かすみん」
「は、はい」
「だったら早く出てきてよー」
もうかすみんたら焦らすのが上手いんだからぁと、美織が近付こうとする。
「あ、美織ちゃん、ストップ!」
「ん? 葵、どうしたのよ?」
「かつて美織ちゃんに無理矢理引き摺り出されたあたしとしては、その子の気持ちがよく分かるんだよっ!」
思い返すも恥ずかしい想い出パート2が、葵の頭の中に蘇る。
あの時は心の準備が出来ないまま司の前に押し出され、その視線から感じた思惑についスカートをめくりあげたのだった。
さすがにあれほどの悲劇は繰り返されないだろう。
でも、ただでさえ恥しがり屋さんな子だ。ちゃんと心の準備をさせてあげたいと思った。
葵は美織を押し留めると、扉の影に隠れる女の子に「いいかな?」と確認を取る。
「……うん」
思ったよりすんなりと女の子の了承を得ることができた。
なら、と葵は足を扉の向こう側へと進める。
女の子が目を瞑り「ううっ」と呻くのを耳にしながら、葵は制服に着替えたその姿を瞳に捉えた。
「…………」
本当はすぐにでも安心させてあげる優しい言葉をかけてあげるつもりだった。
だけど長い沈黙を経て、葵の口から出てきた言葉は、
「うはあ」
女の子を安心させるどころか、むしろますます不安にさせるような感嘆の声だった。
紺色のワンピースに、レースのひらひらを周囲にあしらった白いエプロンという古典的なメイドスタイル。
だが、ワンピもエプロンもかなり切り詰められている。
ぶっちゃけ普通にしていても見えちゃうんじゃないかと心配しまう短さだ。
おまけにそのスカートと、膝上にレースリボンをあしらったオーバーニーハイストッキングの間から覗くいわゆる絶対領域が、十代らしい元気の良さと未成熟な色気を絶妙に醸し出している。
そしてそんな格好をした女の子がプルプル震えているのだ。
改めて葵はその凄まじさに驚いてしまった。
「あ、あの……あのあの」
葵の反応にプルプルに加えてオロオロまでし始め、ついにはしゃがみこんでしまう女の子。
ようやく葵も我に帰った。
「あ、ごめんごめん。すごく可愛いからつい見とれちゃった」
「ううっ」
ウソだとばかりに涙目で女の子が見あげてくる。
「いやいや、ホントだって。なんてゆーか、その……ぶっちゃけ、自分に自信がなくなるほどに」
あははと葵は笑った。笑うしかなかった。
「そ、そんなことないですよっ! ボクなんかより」
自虐的に笑う葵に反論しようと、女の子が勢いよく立ち上がる。
ふわりとスカートがかすかに舞い上がり、そして。
「あー」
葵は見てしまった。
本当ならこれぐらいでは見えることがないはずのソレを。
チラリとだけど。でも、はっきりと。
「……んー、せっかくすごくカワイイのになぁ」
葵は額に手をあてて、うーんと唸る。
「え?」
女の子の方は、しかし、見られたことには気付かなかったらしい。
葵の唸る理由が分からず、眉毛を八の字にして戸惑いの表情を浮かべた。
だから。
「あのさ……その」
葵はじっと女の子を見つめたと思うと、不意に視線を外して顔を赤らめつつ、
「もうここまできちゃったんだから、コレはないと思うよ?」
女の子のスカートをえいとめくりあげた。
「わっ! あわわっ!」
慌てて女の子はスカートを押さえて、再び床にしゃがみ込む。
「い、い……いきなり何を?」
「それはこっちのセリフだよ。まったく往生際が悪いんだから」
いまだ顔を赤らめつつも葵は、涙目でへたりこむ女の子にあわせて自分も腰を降ろした。
「そりゃ抵抗があるのは分かるよ? あたしだってキミと同じ立場だったらすっごく悩むと思うもん」
だけどね、そこは勇気を出して越えないと全部台無しになっちゃうんだと言い聞かせると、葵は突然えいやっと女の子の頭を自分の胸に押さえつけた。
「え? あ、あの? あのあのっ!?」
葵の行動に驚いた女の子がじたばたともがく。
「ちょ、そんなに動かないでってば!」
変な気持ちになっちゃうじゃんと葵は叱り付けて、女の子が落ち着くのを待つと
「ほら、聞こえる? あたしの心臓の音。とてもドキドキ言ってるでしょ?」
諭すように優しく語りかけた。
「まぁ、こんなことをしているからってのもあるんだけど、実は今でもここでのバイトはいつもこんな感じで……やっぱりね、この格好はあたしだって恥ずかしいんだ」
「…………」
「だからね、キミの気持ちも分かるし、ここまでやってきただけでも素直に凄いなって思うよ? だって普通は出来ないことだもん」
「…………」
「でも、もうちょっとだけ勇気出そ? 大丈夫、あたしはキミの味方だよっ!」
最後にもう一度ぎゅっと抱きしめると、葵は女の子を解放した。
間近で頬を紅潮させた女の子がじっと見つめてくる。
葵は照れながら「ここまで頑張ったキミだから、私も勇気を出してこんなことをやってみました」と恥ずかしそうに笑った。
「……持ってきてるよね、アレ」
しばし見つめあった後、葵が問いかける。
女の子は躊躇いつつも、コクンと頷いた。
「……じゃあ後は分かるよね? 頑張って最後の一線を飛び越そう! そうすればキミは無敵だよっ!」
葵は立ち上がると、女の子を残して事務室を後にする。
しばらくして。
専用のメイド服に着替えた女の子が、ついに美織たちの前に姿を現した。
「ふおおおおっっっ!」
美織の興奮した声が店内に響き渡ったのは言うまでもない。
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