2-10:カエリサクツカサ

「うーん、これは想像以上だわ」


 女の子の周りを歩き、様々な角度から眺めて美織は唸った。


 あてがったメイド服が女の子の魅力を引き出す自信はあった。

 しかし、実際は予想をはるかに超えるものだった。


 奈保はセクシーな胸元を、葵は元気いっぱいなふとももを強調する制服で、それぞれ上手くいった自信がある。

 が、それもこの女の子を前にしては霞んでしまう。今回はまさに完璧と言えよう。


「このぱんつが見えそうで見えないギリギリのライン、もはや神の領域ね」


 ジロジロと絶対防衛ラインをジロジロ見つめる美織に、女の子は思わずスカートの前を押さえた。


「うん、その反応もいいわ、かすみん。普段はまず見えないけど、無防備にかがんだり、かがまれたりしたら見えちゃうから気をつけてね。ぱんつは絶対死守すること!」


 言われなくても分かっているが、女の子は大きく頷いた。


「はぁ、これはまたえらく化けたもんやなぁ」


 傍らで見ていた久乃が、呆気に取られたように感想を呟く。


「そう? まぁ予想以上だったけれど、化けるってほどじゃないわよ?」


「んー、ちょっと意味が違うんやけど……ま、ええか。で、美織ちゃん、どうするん? この子、雇ってええのん?」


「当然よ」


 美織が手を出すと、久乃がさっと一枚の紙切れを手渡した。

 雇用契約書だ。見ると、すでに雇用者の欄に美織の名前と捺印があった。


「まぁ、条件は表のポスターを見て知ってると思うけど、一通り確認してみて。あ、それからかすみん、なにか身元を証名できるものは持ってきてる?」


 女の子がおずおずと花翁学園の学生証を取り出す。


「おっけー、じゃあ久乃さん、どーぞ」


 それを葵が横から学生証を受け取り、久乃に手渡した。

 久乃は軽く目を通し、問題ないでと美織に頷く。


「うん。なら、あとは契約書にサインをしてもらえばオーケー。もちろん、やっぱりやめますってのもアリだけど……?」


 ここまできてそれはないわよねって言いたげな美織の視線を受け、女の子もノータイムで契約書に自分の名前を書き込んだ。


「ひゃっほう! おめでとー、これでかすみんもうちの従業員ね!」


 美織が女の子に飛びついた。


「うわっ! あ、ちょ、ちょっとお願いが……」


「うん? なにかな? 今なら正式雇用記念に何でも聞いてあげるわよ?」


 あ、ただしメイド服の変更は出来ないけどね、と付け加える美織。


「えっと、その、かすみんって名前なんですけど……」


「うん」


「ボク、苗字より名前で呼んでほしい、です」


「苗字? かすみって苗字なんだ?」


「はい」


 意外な注文に美織がきょとんとした表情を浮かべる。


「ふーん、変わった苗字ね。まぁ、いいわ。で、名前はなんて言うの?」


「……つかさ、って言います」」


「つかさ……ふーん、つかさ……つかさねぇ……え?」


 美織がばっと女の子から離れた。

 そして先ほど交わしたばかりの契約書を覗き込む。

 従業員欄には、几帳面な字で『香住 司』と書かれてあった。


「はぁ? ちょ、これ、どういう……」


 思わぬ展開にさすがの美織も戸惑う。

 そんな美織をよそに、久乃と葵はこれ見よがしに話し始めた。


「いやぁ、美織ちゃんがこれほど完敗するのは初めて見たなぁ」


「契約を交わしちゃったんだから、もう雇うしかないよね」


 ふたりの言葉に目を見開く美織。


「なっ!? なにを言って……」


「えー、でも、美織ちゃん約束したやんかぁ。『私をぎゃふんと言わせることが出来たら考えてやってもいい』って」


「あれだけ完全に騙されておいて、今さら撤回なんて恥ずかしいことは……出来ないよねぇ?」


 ふたりがにまにまといやらしい笑顔を浮かべるのが癪に障り、美織が視線を逸らすとそこには女の子、いや、男の娘の格好をした司がいた。


「改めて、どうかよろしくお願いします」


 と、頭を下げられても、美織には未だ理解しがたい。

 あの坊主頭の男の子がこの女の子?

 外見からはとても予想つかない。


「ちょ、ちょっと来なさい!」


 美織は慌てて司の手を掴むと、事務室へと連れこんだ。


「あんた……その髪の毛は?」


「えっと……もちろんカツラで」


「ぎゃー!」


 事務室から美織の悲鳴が鳴り響く。


「じゃあ、えっと正直確認したくはないんだけど……下は?」


「え……わぁぁぁぁ!!」


「きゃああああああああ!!」


 今度は美織と司の叫び声が店内を揺るがした。


「なぁなぁ、葵ちゃん?」


「あはは! あ、はい、なんでしょう?」


 カウンターで爆笑する葵に、久乃は感心したように話しかける。


「よく司クンが女装で化けるって気付いたなぁ」


 どうやら久乃は葵が全てお膳立てしていたのに気付いていたようだ。


「司クンを見た時にビビっときたんですよ。あ、この人、男の娘が似合いそうって」


「ほー」


「だって肌は奇麗だし、声もちょっと女の子っぽいし、まさに理想的な男の娘モデルですよ、司クンは!」


 握り拳を作って力説しつつ「でも、あそこまで化けられると、ちょっとホンモノの女の子としては複雑ですけどねー」と苦笑いを浮かべた。


 事実、今日のメイド服姿もそうだが、司を「ぱらいそでバイトするには男の娘になるしかない!」と説き伏せて、女装させてみせたらとんでもなく可愛くなってしまい、つい嫉妬の炎を燃やしたものだ。


「でも、たいしたもんや。確かに司クン、あんなカワイイ顔して根性あるわ」


「でしょー! そこがまた萌えポイント高いんですよ。それにね……」


 葵はごにょごにょと久乃に耳打ちする。


 本当のところを言うと、今朝の段階で司の男の娘化計画は90パーセントの仕上がりだった。

 が、最後の10パーセントが問題だった。

 カツラや衣装、アクセサリーは大丈夫なものの、どうしても身につけるには抵抗があったソレ。


「でも、美織ちゃんが用意したメイド服を着るには、どうしてもソレに穿きかえる必要があったんですよ」


 その時、事務室から「あんた、変態かーっ!?」「変態じゃないですよっ!」とぎゃーぎゃーやりあっている声が聞こえてきた。


「なるほどなぁ。で、美織ちゃん、見ちゃったわけやな。司君が満を持してソレを穿いている姿を」


「みたいですねー」


「後でどんなんやったか美織ちゃんに聞こうな?」


「そりゃもちろん」


 つい顔がにやけてしまう二人。


 こうして香住司は無事(?)、ぱらいその店員に帰り咲いたのだった。


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