2-8 ボクっ娘はきわどい衣装を手に入れた!

 ボクっ娘は元気が一番! と、美織はこの瞬間まで思っていた。

 しかし、


「ふーむ。なるほどなるほど」


 美織の容赦のない視線に晒され、恥ずかしそうに佇む女の子。

 その姿は美織の認識を改めるに充分だった。

 気が弱いボクっ娘、このギャップがいいじゃない、と。


「そうか、この手があったか……」


 美織は感嘆しながら、ニヤニヤと女の子を見つめ続ける。


「あ、あの?」


 もっとも女の子の方は堪ったものじゃない。

 かと言ってそんなジロジロ見ないでくださいとはっきり主張出来ない様が、ますます美織を萌えさせ――


 瞬間、美織の妄想に稲妻走る!


「よし、これだ! あなた、ちょっと待っててくれる? 10分、10分で仕上げてくるから!」


 待っててくれる? と言いながらも、美織は返事も聞かずに事務室へ走り去る……かと思えば、すぐに引き返してきて女の子の両手を握った。


「そう言えば自己紹介がまだだったわね。私は晴笠美織、ここの店長よ! あなたの名前は?」


「えっと、その、かすみ……」


 美織のテンションに圧倒され、女の子はただ一言呟くだけで精一杯だった。

 しかし、美織はニッコリ笑うと


「おっけー。じゃあ今からかすみん専用の制服を用意してくるから、ちょっと待ってて」


 勝手に呼び名まで決めて、今度こそばびゅーんと走り去ってしまうのだった。




 きっちり10分後。

 事務室から聞こえてきた「かすみんを連れてきてー」との美織の声に、葵は入り口でいまだ緊張して立ち竦む女の子を呼びにいった。


 ちょっとしたやり取りの後、葵は女の子をエスコートする。事務室はカウンターの奥にあるので、作業をしている久乃の側を通った。

 女の子が顔を赤らめながら、まるで隠すように頭を下げる。

 当然久乃も会釈を返したが、女の子の様子にどうも釈然としないものを感じた。


(なんで顔を赤らめとるんやろ?)


 緊張しとるんやろかと思った。

 しかし、葵に連れられた女の子が事務室に入る瞬間、見えた横顔に久乃は「あっ」と小さく声をあげる。


 そして久乃は思わず「ぷっ」と吹き出した。




「じゃじゃーん。はい、これがかすみんの制服でーす!」


 美織は嬉しそうに制服を掲げてみせた。


「と言っても既存のを急いでかすみん用に調整しただけで、あとで本格的に作り直すけどね」


 見れば美織の後ろのテーブルにはミシンが乗っている。


「あれ? あたしの時は面接で制服作ってくれなかったじゃん!」


 女の子と一緒に入ってきた葵が、自分の時とは違う展開に頬を膨らませた。


「そりゃあ葵のは手持ちになかったからね。チャイナドレス風メイド服なんて、普通思いつかないもん」


 だからあんたのは徹夜して作ったんだからと美織。

 単なるゲーム廃人に見える美織だが、実は裁縫という意外な特技がある。

 メイドゲームショップを考え付いたのも、普段から衣装を作る趣味があったからだ。


「で、どうかな、かすみん? 私としてはこれがかすみんの魅力を最大限に引き出すコスだと思うんだけど?」


 改めて美織は自信満々に制服を持ち上げた。

 オレンジ色の奈保や、ピンクチェック柄の美織、さらには水色チャイナドレス風の葵といった派手な衣装と違い、オーソドックスな紺色のワンピース。

 白いエプロンは身につけると、後ろで大きなリボン結びが出来る。

 でも、一番の特徴はスカートの丈にあった。


「美織ちゃん、さすがにその……短すぎない?」


「うん。まぁ、よほど無防備でなきゃぱんつは見えないけれど、かなりきわどいところを狙ってみたわ」


 ぱんつ見えるって言葉に、女の子の頬がぴきんと引き攣る。


「でも、このオーソドックス兼デンジャラスなところがいいんじゃない!」


「うーん、分からなくもないけど、でも、どうしてコレなの?」


 葵が制服を、そして横に立つ女の子を指差す。


「ふっふっふ、葵、あんたは知らないと思うけど、この子、実はボクっ娘なのよ」


「はぁ?」


 それがどうした?


「ボクっ娘のくせに気弱な恥かしがり屋……そんな子が輝くのは、当然恥かしがっている姿なのよ! 想像しなさい、この制服を着て、常にぱんつが見えないようびくびくしているボクっ娘の姿を! 萌えるでしょ、コレ!」


 さらに涙目ならなお良し、涙目ボクっ娘バンザイと熱弁を振るう美織。

 どMである。


 当然これを着せられる女の子はどん引きだ。

 葵も「やっぱりここでのバイト、やめようかな」と本気で考えたくなった。


「てことで、かすみん、着てみて? さっきも言ったけど、見えそうで見えないラインは保ってて普通にしてたら絶対大丈夫だから、さ」


 美織が女の子にずずいと迫る。

 この押しの強さこそが美織の真骨頂だ。

 葵もほんの数日前、渡された制服を見て「無理! 絶対無理!!」と何度も拒否した。

 にも関わらず、美織のしつこい押しに負けて着るハメになってしまった。


 しかし、いざとなれば開き直れる性格の葵と違い、女の子はただでさえ恥かしがり屋だ。

 さすがにこんなぱんつ見えそうな制服は断固拒否をして……。


「…………」


 否。女の子は黙って制服を見ながら考え込んでいた。

 その引き攣った表情に、彼女の心の中で様々な感情の鬩ぎ合いが見て取れる。


 こんなのはさすがに着れないという羞恥心。

 それでもやっぱり……と引くに引けない執着心。

 そして返答を口にするのを躊躇う弱い心……。


「絶対! ぜったい似合うから、ね?」


 そもそもコンセプトがアレなのに、今さら「似合う」と言われてもそれはそれで女の子としても困惑モノだろう。

 でも、美織は依然として押しまくる。

 多分『引く』という言葉は、美織の辞書には載っていない。


「うあ……えっと……」


 美織の押しの強さに急かされて、女の子がついに揺れ動く心の導いた答えを口に出そうとする。


 その時、不意に葵が女の子と視線を合わせた。

 オロオロと定まらなかった女の子の瞳が、かすかに落ち着きを取り戻した。

「……たら……してくれますか?」


 搾り出したように女の子の口から言葉がこぼれる。


「うん? 何?」


「その……これを着たら、ボクを雇ってくれますか?」


 今度は、はっきりとした口調で答えてみせた。


「雇う、雇う。だってカワイイ女の子は大歓迎だもん」


 美織は満足そうに大きく頷く。


「だったら――」


 気の弱そうな女の子の表情が、それでも心を決めてきゅっと引き締まる。


「ボク、着てみます!」


 美織がそうこなくっちゃと大手を振って喜び。

 女の子は先の決意表明に「やっちゃった……」とばかりに、ますます顔を赤らめ。

 葵はスリットの付近で小さく拳を握り締めた。

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