2-7:ボクっ娘少女に魅せられて

「いらっしゃいませー、ぱらいそへようこそん♪ ……お?」


 入り口担当になってから一週間、奈保は多くのお客さんに笑顔と元気と、胸の谷間のお色気を振りまいてきた。

 おまけに人懐っこく、あっけらかんとした性格もあって評判も上々だ。


 が、初めて『ぱらいそ』にやってきた人は、奈保の格好に一瞬ぎょっと固まるのが常だった。


 だから今ご来店された見知らぬお客さんが、ガチガチに緊張しているのは珍しくもなんともない。

 でも、奈保に視線を向けず、強張った表情でお店全体を見回しているのは珍しかった。


(んー、初めてくるお店だから緊張しているのかな?)


 興味を持った奈保は、一見さんのお客さんをつぶさに観察する。 


 十代半ばぐらいの女の子だった。

 肩にかかるあたりできっちりと揃えた髪の毛をかすかに栗色に染め、うっすらと化粧を乗せた顔立ちは子供から大人へと移り変わる瞬間の美しさを見事にとらえていた。

 全体的な凹凸はまだまだ発育途中。でも、すらりとして華奢な体つきといい、春めいてきた今の季節にパステルピンクのシフォンワンピースというチョイスといい、歳相応の可愛らしさを存分に発揮させている。


 これは男の子たちにモテモテ間違いなしですよ! 奈保は高得点をつけた。


 もっとも当の本人は、どこかオシャレをする自分に気恥ずかしさを感じているような素振りが見える。


(まぁ年齢的にも化粧をして外出するのはそう多くはないよね……あ、そっか、初デートだ! きっと彼氏とこのお店で待ち合わせしてるんだね。そりゃあ緊張するよー、うんうん)


 そういうことならおねーさんに任せなさいと、奈保は女の子に近付いて話しかけた。


「やっほー。誰かと待ち合わせかな、カワイコちゃん」


「え?」


 声をかけられて初めて存在に気づいたとばかりに女の子が奈保に振り向く。


「え、えーと」


「うんうん、緊張するのも分かるよー。これからデートでしょ?」


「デ、デート!?」


 女の子が驚いたように目を見開いた。


「だいじょーぶじょぶ。すっごく可愛いから!」


「可愛い!?」


 さらに素っ頓狂な声をあげる女の子の顔が、一瞬にして赤く色付いた。


「うん、可愛い可愛い。だから今日は自信持って彼氏にがんがんアタックしちゃおう。あ、なんだったらコレいる?」


 ポケットから取り出すはお馴染みの結婚届……って、


「奈保、それ、あんたの名前が書いてあるんでしょ?」


 不意に二人に声をかける者がいた。

 美織だ。


「あ、そうか」


「そうか、じゃない」


 美織が奈保に呆れたように溜息をつくも、すぐに気を取り直したように女の子に微笑んだ。


「ようこそ、ぱらいそへ。さっきデートって聞こえたけど、彼氏とは待ち合わせ?」


「あ……」


 美織に話しかけられて、女の子はまた身体を強張らせた。

 だけど美織はそんな様子に気付かず、さらに言葉を進める。


「でも、うちを待ち合わせにするなんて、彼氏はいいセンスしてるわ。


 待ち合わせ場所はどこにしますか?

 一、 駅前

 二、 喫茶店

 三、 メイドゲームショップ


 で、三を選ぶなんて相当なゲーマーよ」


 いいセンスと言いつつ、あまり褒めているように思えない発言だ。


「で、彼氏はどの人? ちょっと教えなさい」


 見定めてあげるから、と美織が女の子の横に立って店内を見渡す。


「あ、えっと、その……違います」


「ん? 違うって何が? 彼氏はゲーマーじゃないの?」


「そ、そうじゃなくて、あの、ボク……」


「え、ボク?」


 美織は驚いて、女の子に振り向く。

 女の子は緊張しながらも、それでもはっきりとした口調で言った。


「ボク、ここで働きたいんです!」


 奈保が「おー」と感嘆する。

 美織が目を見開いて、女の子を見つめた。

 女の子も顔を真っ赤にしながらも、頑張って見つめ返す。


本気マジ?」


 美織がぽつりと呟いた。


「本気、です」


「本当に本当?」


「本当の本当にここで働きたいんですっ!」


「そうじゃなくて!」


 背の低い美織は少し背伸びして女の子の肩にがしっと手を掛けた。

 女の子がビクッと身体を震わせる。


「あなた、本当にボクっ娘なの?」


「……え?」


「重要なことなの! ちゃんと答えて!」


 美織が真剣そのものの眼差しで女の子に答えを迫る。

 その勢いに負けて女の子はコクリと頷く。


「えっと、はい、その、ボクはボクのことをボクって言いますけど……」

 

「ボクっ娘、きたぁぁぁーー!!」


 美織の魂の咆哮が店内に轟いた。

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