2-6:メンバーが足りません

「ありがとうございましたー」


 日もどっぷりと暮れ、ぱらいその営業も終わりを迎える頃には、葵は久乃お墨付きの笑顔で挨拶が出来るようになっていた。


「はぁ」


 対して司は溜息をついて店を出る。

 言うまでもなく、今日も美織に勝てなかったのだ。

 昨夜特訓したのにまったく歯が立たなかった。

 レベルの違いを昨日以上に見せ付けられ、途方に暮れる……。


「あ、司クン、司クン」


 そんな司を葵が呼び止めた。


「久乃さんから聞いたよー。司クンってここでバイトしたくて美織ちゃんと勝負しているんだって?」


 葵の言葉に、司は力なく頷く。


「ありゃ、なんで元気ない?」


「店長が強すぎて、なかなか勝てそうにないんだ……」


 溜息と弱音が同時に出た。


「うーん、そうかー。でもさ、あたし、ひとついい方法を知ってるよ?」


「いい方法?」


「うん、それならきっと上手くいくと思うな」


「ええっ!?」


 司は目を見開いて、葵を見つめ返した。

 ニコニコと笑う葵の表情に、嘘は感じられない。どうやらからかっているわけではないようだ。


「ホント? だったら教えてよ!」


「モチロンだよ。お仕事が終わったら、おぬしに秘策を伝授してあげよう」


 悪戯っぽく笑う葵に、司は元気よく頭を縦に振った。





 そして三日後。

 春の訪れを感じる温かく柔らかい日差しが昼過ぎの『ぱらいそ』を優しく照らす中、美織が微妙な表情で店内を歩き回っていた。


 今日も店内は多くのお客さんで賑わっている。

 例のチラシで呼び込み、ゲームで勝ったら金額倍増の買取キャンペーンや、メイドゲームショップという奇抜なアイデアでお客さんの定着化を狙ったが、ここまでは順調のようだ。


 数日前のぱらいそからは考えられない盛況ぶりには、美織も満足していた。


「そやけど、今日の美織ちゃんはなんかご機嫌斜めやなぁ」


「ですねー」


 買取キャンペーンの対戦者が途切れても、普段ならお客さんを捕まえて一緒に試遊台で遊び始める美織。

 そんな彼女がゲームもせず店内をそわそわ歩き回る様子に、久乃と葵はこそこそ話し始める。


「でも、どうして機嫌が悪いのでしょうか、解説の久乃さん?」


「そりゃあもうアレやぁ」


 久乃と葵がニヤニヤして話し込むのを、しかし、美織は見落とさなかった。

 ズンズンという効果音を伴うような足取りでカウンターに近付いてくる。


「なによ、あんたたち。なんかイヤぁな視線を感じたんだけど?」


「なんもあらへんでー。それよりも美織ちゃんがゲームせえへんなんて珍しいなぁ」


「今日はお客様も多いからね。私ばっかりゲームするのも悪いし、店内の見回りもしておいた方がいいでしょ」


「えー、本当にそれだけー?」


「それだけって……なに、他に何かあるって言うの、葵?」


「いやぁ、連日お店に通っていた愛しい司クンの姿が今日は見えないんで、そわそわしちゃうんじゃないかなって」


「はぁ、何言ってんの!?」


 美織が露骨に顔を顰めた。


「むしろあいつがようやく諦めたみたいで、せいせいしたってーの。だいたいね、あいつ、男の癖にうじうじしてるし、声も女の子みたいに弱々しいし、使えないにもほどがあるわ。そもそもうちで働きたいなら、どんな手段を使ってでも私に勝つぞって意気込みを見せなさいよ。それなのにもう諦めたなんて」


「あら? あらあらあら? 最初は諦めて嬉しいって言ってたのに、最後のほうは諦めが早すぎるって怒ってるよ、美織ちゃん?」


「うっ!? と、とにかく!」


 葵のツッコミに美織はたじろぐも、無理矢理体勢を整える。


「あんたたち、つまんないこと言ってないで働きなさいよ! 今日はスタッフ勢揃いなのに、売り上げイマイチじゃない。ほら葵、得意技の『何か買ってくれたらスカートの中を見せてあげる♪』で、お客様に営業してきなさい!」


「人聞きの悪いことを言うなっ! あたし、そんな得意技、持ってないからっ!」


 美織の言葉に反応した客の視線を感じ、葵はすかさず腰のスリットを両手で隠した。

 仕事には慣れてきたが、この衣装が集める男性客の目線にはさすがにまだ慣れない。

 なんせカウンターにいる時はまだしも、売り場に出ると視線が痛いほど腰付近に突き刺さってくるのだ。

「男の子ってしょうもないなぁ」と思うものの、そこはまだ十代半ばの乙女、恥ずかしさが呆れを上回る。


「あー、そやけど、確かにそれは問題やなぁ」


「ちょ! 久乃さんまで何を言い出すんですかっ。ぱんつ見せて売上げを稼ぐなんて、さすがにダメのダメダメ。てか、そんなのバレたら親が泣くー!」


「いや、そうやのうて美織ちゃんが言った『スタッフ勢ぞろい』ってところや」


 久乃が美織、葵、そして入り口で笑顔を振りまく奈保を順に指差していく。


「そしてうちを含めた四人……さすがに四人だけでこの先やってくのはキツいわぁ」


 今はまだ春休みだからいいが、学校が始まるとシフトが俄然厳しくなる。

 しかも美織は基本ゲームで遊ぶだけ。

 久乃さえいれば滞りなく営業出来るものの、休まず働き続けるわけにもいかない。

 そのために葵、そして奈保(一応奈保もレジ打ちぐらいは出来る)がいるのだが、各々が充分な休暇を得られるシフトを組むには、まだまだ人手が足りなかった。


「あれから新たにバイト希望者はいないんです?」


「まぁ、そこそこ応募はあるんやけどなぁ……」


 久乃がちらりと美織に視線を向ける。


「ぜんっぜんダメ。どいつもこいつも根性がないのよ」


 美織が溜息混じりに言い放った。


「とゆーか、誰も面接にこーへんのよ。なんでやろうねぇ」


 葵はとっさに入り口で愛想を振りまく奈保の胸元を、久乃と美織は葵の深すぎるスリットを凝視した。

 そして時折女性のお客さんが入店するやいなや表情が引き攣り、そそくさと帰っていくのはそういう理由だったのかと葵は悟った。


 一同深い溜息。


 美織の「ちょっとやりすぎたかもね」って言葉が全てを物語っていた。


「あたしの時はなっちゃん先輩がいなかったからなぁ。あの制服を見たらさすがに考え直したかも」


「んなことないでしょ。あんたはそれでもきっとうちで働きたいって言ってくると思うわ」


「なんでさっ!?」


「さっき応募って言ったやん? アレな、つまりは求人誌を見ての応募なんよ。そやからまともな募集要項やねん。店頭ポスターみたいに『カワイイ女の子大募集! 豪華住居完備で三食昼寝付き!』って怪しすぎる内容やないねん」


「で、店頭ポスターの売り文句にフラフラ誘われたのは、あんただけってわけよ」


「ウソ!? 一人暮らしが出来て三食昼寝付きって、めちゃくちゃ美味しいのに!?」


「普通の人は「美味しすぎてなんか裏があるんやないか?」って考えるんとちゃうかなぁ。きっと危ないお水関係やーとか」


「そんなの貼っちゃダメじゃん!」


 そのポスターを見て応募してきたのはどこの誰だか。

 それはともかく、美織は「あのポスターは私の自信作なのっ!」の一言で一蹴した。


「でも、実際問題としてあと二、三人は欲しいで、美織ちゃん?」


 相変わらずの美織のワガママぶりに呆れつつ、久乃が話を本題に戻す。


「ですよねー、今はひとりでも多く仲間が欲しいよ」


 葵も同調し、ふたりして美織をじっと見つめた。


「ダメよ」


「まだなにも言うとらんやん」


「あいつを……司を雇えって言うんでしょ?」


「その手があった!」


「白々しいってーの」


 ポンと手を打つ葵に、美織は思わず苦笑いする。

 が、次の瞬間には表情を引き締め


「うちはメイドゲームショップ、男の子は働けない職場なのよ。それでもどうしても働きたいのなら、不可能を可能にしてみせる根性を見せる必要がある。なのにあいつはもう諦めた。そんな根性なしを雇うわけにはいかない」


 とにかく今はいい人が来るのを待ちましょう、そう言って美織は話を打ち切ると再び店内の見回りに戻っていく。


「不可能を可能にって……いくら根性があっても、どうにもならんこともあるやんなぁ」


 さすがの久乃も諦めムードで、美織の後姿を見送った。

 しかし。


「でも、司クンってああ見えて結構根性あると思いますよー」


 葵は久乃の隣で何故かクスクスと笑うのだった。


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