2-5:加賀野井葵の野望
司は咄嗟に視線を逸らした。
ずっと眺めていた事に気付かれただろうか?
なんだかとても気恥ずかしい。
おまけに葵のチャイナ風メイド服は、奈保のとはまた異なるきわどさがある。
もしかしてエロい目で見ていたと勘違いされてる?
司は顔が赤くなるのを感じた。
とりあえずずっと見ていたわけじゃない、あくまで偶然だったんだと証明しなければ。
司は美織との対決はまだかなぁと整理券を確認したり、近くの棚のソフトを手にとってふむふむと頷いてみせたりした。
へぇ、脱げば脱ぐほど強くなるスーパー脱衣システムか、それは萌えるシチュエーションだね……って、よりによってなんてものを見てるんだぁぁとあたふたしてソフトを棚に戻しつつ、ちらりと葵の様子を覗き見する。
じーーー。
ハシビロコウばりにガン見されていた。
うわわわ、なんで?
どうして、そんなに僕を見るんだ?
司はもはやパニック寸前だ。
「てなわけで、買取はこれらに注意しつつ……ってあれ、人が説明しているのにどこ見とるんかなぁ、この子は?」
そこへ久乃がどこからか取り出したハリセンで、ぱんっと葵の頭をはたいた。
驚いた葵が目を丸くして久乃に向き直る。
おかげで視線の束縛から逃れられた司はほっと胸を撫で下ろしたが、それも束の間、今度は視線どころか指差しされて、葵が久乃にひそひそと話し始めるのが見えた。
こ、これは、ガン見されるよりも辛い……。
「おーい、司くーん、ちょっとこっちへ来てくれへんかぁー?」
ついには久乃からお呼びがかかる。
はうっ、一体何だろう?
エロい目でジロジロ見ないでくださーいとか言われたら、かなりショックだ。
正直、逃げ出したい。とは言え、ここで逃げ出したらそれこそ変質者確定になってしまう……。
司は罵倒もやむなしと覚悟を決め、素直にカウンターへ近寄った。
「えっと、な、なんでしょう、か?」
「なに緊張しとるん? あんな、葵ちゃんがしっかりご挨拶したいんやて」
「あ……」
心配が杞憂に終わり、肩の力が自然と抜けた。
言われてみれば、さっきは例のハプニングでまともに挨拶も出来なかった。
おまけにスリットから覗き見える腰つきや、ご開帳された縞パンの印象が強くて、まだ間近では顔をしっかりと見ていない。
よし、今度は煩悩に負けるもんかと司は顔をあげた。
大きく澄んだ眼が、司が視線を合わせた瞬間ニコっと笑ってドキっとした。
「えっと、あたしは加賀野井葵って言います。この春から花翁学園に通う一年生だよ」
「あ、僕も同じだ」
「やっぱり! そうじゃないかなって思ってたんだ。一緒のクラスになれるといいね、えっと」
「香住司です。どうぞ、よろしくお願いします」
うん、よろしくお願いするよーと葵が司の手を両手で握ると、カウンター越しにずずいと顔を寄せてきた。
「え? えーと、加賀野井さん?」
「葵でいいよ。それより司クン、ちょっといい?」
と、ジロジロと司の顔を間近で観察し始める。
「ほー、これはこれは……」
「あ、あの……」
さらに司の戸惑いなんかおかまいなしに、葵は握っていた手を離し、指先を頬に滑らせてくる。
「わわっ、一体何を!?」
「スゴい、すべすべだー。髭とか全然生えてないんだねっ!」
驚いて飛び退いた司に、葵は「ごめん、ごめん」と謝りながらも朗らかに笑った。
「それに声もいい感じ」
一体何が? と司が尋ねるも、葵は手にしたメモ帳に何かを描き始めて答えてくれない。
「うん、出来た」
そして言葉の代わりに描き上げたページを切り取って司の前に差し出した。
「うわぁ」
思わず感嘆の声をあげる司。
差し出された紙には漫画ちっくにデフォルメされているが、明らかに司を描いたのだと分かる人物画が描かれていた。
どことなくタッチが司の好きな絵師さんに似ていた。
「へー、葵ちゃんって絵、上手やなぁ」
覗きこむ久乃も葵の才能に感心する。
「えへへ。まぁ、ちょっとねー」
葵は照れながら「司クンは描きやすいタイプなんだよ」と付け加える。
描きやすいタイプだなんて言われたのは、司の十五年の人生の中で勿論初めてのことだ。
「はい、これ、お近づきの印にどーぞ」
「いいの?」
「うん」
葵は笑顔で頷いた。
その後、美織との対戦の順番が回ってきたので、司はカウンターから離れた。
久乃も「ちょっと仕入れの注文をするさかい、何かあったら呼んでなー」と、事務室に入っていく。
カウンターにひとり残された葵は、まだ少し緊張した表情を浮かべてお客様のご利用を待ちつつ、またも手にしたメモ帳にささっと絵を描き始めた。
さっき描いた司の顔が、真っ白な紙に再現される。
そこに葵は自分の妄想を付け足してみた。
ここはこうして、そこはこう、ついでにこんなこともやってみたら……。
えへら。
描きあがった絵に葵の顔がふにゃりと緩和した。
「えへへ。これはいいなぁー」
ふと壇上を見ると、司が美織にボコられていた。
司が元ぱらいその店員だということは、久乃から聞いている。
さらにメイドゲームショップになった今も働きたいと訴え、美織を負かせたら復職できる、とも。
でも、あまりゲームをやらない葵から見ても、司と美織の力量には大きな差があるように思えた。
このままでは司が勝てるのはいつになるのか? もしかしたら一生勝てないかもしれない……。
「司クンがその気になれば絶対ここで働けるのに……。よーし、ここはあたしが一肌脱いであげますか!」
葵がニシシと笑う。
その気になれば働けるとはどういう意味か?
そもそも葵がどうして司に肩入れするのか?
それは葵自身とメモ帳に描かれた絵だけが知っていた。
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