2-3:はっちゃけあおいさん

 突如現れた女の子がぱらいそのバイトに合格したのは、司に少なからずショックを与えた。

 自分はあんなに頼み込んでもダメなのに、女の子はまともな面接もせず合格だなんて。

 どうして自分は男に生まれてきてしまったのだろうと恨めしく思わずにはいられない。


 でも、だからと言って諦める司ではなかった。

 美織をぎゃふんと言わせたらバイトさせてもらえるのだ。

 今日はまるで相手にならなかったが、諦めずに挑み続ければいつか、きっと、勝てる……はず。


「よし、家に帰って特訓しよう!」


 営業が終了したお店の前で司はしばらく佇んでいたものの、やがて意を決して歩き出した。





「あ、今日も来てくれたんやぁ?」


 またも翌日。

 開店と同時にやって来た司を出迎えたのは、久乃ひとりだった。

 美織の姿はどこにも見当たらない。


「あれ、もしかして店長はお休み……?」


 さすがの美織でも一年中仕事というわけにもいかない。

 休日だって必要だろう。

 ……まぁ、ゲームばかりしている美織のアレを仕事と呼べるかは難しい所だが。


「ううん、おるよー。そろそろ連れ出してくるんとちゃうかなぁ」


 しかし、休んでいるわけではないようだ。

 と言って、久乃の返答はいまいち要領を得ない。

 連れ出すって一体何を? と思っていたら。


「ほらほら、いつまでも恥ずかしがってないでそろそろ出る出る! 女は度胸!」


「それを言うなら愛嬌だって、うわん!」


 カウンターの奥にある事務室から美織が出てきた。

 続いて昨日バイト採用された女の子が、美織に引っ張られて姿を現す。


「お、いい練習相手がいるじゃん! よし、葵、早速教えたように挨拶してみなさい」


 そして司を見て美織はニヤリと笑うと、素早く女の子の後ろに回り背中をぐいっと押した。


「え、ちょっと! あわわわ!」


 不意に背中を押され、女の子がつんのめる。

 草花の刺繍を施したチャイナ靴が床でタタタンと音を立てた。

 チャイナ靴から延びるのは、健康的な肌色の素足。それが足首、ふくらはぎ、膝、太腿と続いたところで、ようやく衣装が現われるのだが……。


(う……わ)


 司は思わず言葉を失った。


 女の子は青色のサテン地も艶やかな、ミニチャイナドレス風のメイド服を着ていた。

 体にぴったりと張り付く衣装で顕わとなる育ち盛りのボディライン。中でも一番目を引くのはやはり深く入ったスリットから覗き見える大胆な腰周りだろう。

 他と比べて明らかに白い肌に、司は見ちゃいけないと思うも目が離せられない。

 加えて腰骨付近までスリットが入っているにもかかわらず、女の子の最終防衛布がちらりも見えないのが妙な妄想をいやがうえにもかきたてる。


 これはまさか、いわゆるひとつの穿いてない?


「イヤイヤイヤ! ちゃんとパンツ穿いてるから! ほらっ!」


 と、司の妄想に気付いたのか、女の子が慌てて衣装の裾を自らまくり上げた!

 青いサテン地の裏に隠れていたのは、白と水色のストライプ……通称縞ぱん。

 しかも左右が透明な紐状になっていて、大切な部分を隠す布面積はとても小さい。それゆえスリットからは見えず、あたかも何も穿いていないかのような演出を可能にしていたのだ。


 もっとも。


「うわっ! ちょ、ちょっと!」


 司がかくも冷静に観察できるはずもなく、慌てて両手で目を塞ぐ。


「って、なにやってんだー、あたしぃぃ!」


 司同様、女の子もまた自分の咄嗟の行動に悲鳴を上げた。


「自らパンツを見せるとは……葵、恐ろしい子」


 こんな衣装を作った当事者である美織が、予想外な展開に笑いを噛み締める。


「私、とんでもない淫乱チャイナ娘を雇ってしまったのかもしれない」


「誰が淫乱チャイナだっー!」


 朝のぱらいそに、新人バイト・加賀野井葵かがのい・あおいの悲鳴がこだました。

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