2-2:ふとももを捧げよ

「あんたもいい加減しつこいわねぇ」


 必死な表情でコントローラを握り締める司に、さすがの美織もうんざりしていた。


 翌日。

 ぱらいその開店と同時に司が飛び込んできた。

 やっぱりここで働きたいです、お願いしますとかなんとか。

 いくら無理だと突っ撥ねても諦めないので


「だったら勝負なさい。私をぎゃふんと言わせたら考えてあげるわ」


 なんて言ってしまった。

 結果、朝からかれこれ十回は対戦している。

 昨日から始めた『ゲームで勝てたら買取額倍増キャンペーン』で対戦者たちが途切れない現状、十回という数字は相当なものだ。

 事実、すでに陽が西の空に傾きつつある……。


「今度こそ!」


 にもかかわらず、司の士気は高い。

 今回の対戦に選んだ落ちモノパズルの画面を真剣に見つめ、懸命に連鎖を組んでいく。


「だから!」


 が、美織の操作は司以上に洗練されていた。

 普通の客が相手なら手心を加えるのに、司には一切容赦なし。

 あっという間に最大級の連鎖を組み上げて、


「そろそろ諦めろっつーの!」


 司のフィールドに大量のおじゃまブロックを送り込んでやった。


「あうっ!」


 かくして気合も空しく司の画面に負けの二文字が浮かび上がる。


「はい、おしまい。とっとと帰った帰った」


 しっしと露骨に追い払うも、美織の眼はトボトボと舞台を降りていく司の姿を追う。

 落胆した司が向かう先はお店の出入り口……ではなくて久乃が詰めるカウンター。

 そして久乃に肩を叩かれて励まされたかと思うと、性懲りもなく対戦待ちの札を手渡されていた。


(久乃ぉ、そうじゃないでしょー!)


 いい加減諦めさせて帰らせなさいよと叫びたいのをぐっと我慢する。

 その執念は認めるものの、正直な話、司の実力ではいくら勝負を重ねても自分には勝てない。


 それでも勝負を受け続けているのは、ひとえに「自分に勝てたら考えてあげるわ」と約束してしまったから。

 司が「勝てないので諦めます」と挫けない限り、美織自身から勝負を拒否することは出来ない。

 こちらの都合でクビにしたのだ。そのうえさらに約束まで破ってしまったら、それは商売人である前に人間として失格だろう。


 とは言え、いくらお願いされても司を再雇用することは不可能。

 だからその心をへし折るべく、美織は全力でやっていたのだが……。


「まったく、このままじゃ埒が明かない……おっ?」


 次の対戦相手も難なく退けて店内を見回すと、丁度お店に入ってきた女の子に目が止まった。

 茶色のダッフルコートを着た、一見どこにでもいるような普通の女の子。

 が、彼女の頭の左右にある、白いシニヨンキャップに美織の目は釘つけになった。


(メイドといえばレースのカチューシャが定番。でも、シニヨンキャップも悪くない。うん、悪くないわ!)


 シニヨンとは髪を束ねて丸めた、いわゆるお団子ヘアのことだ。

 頭の下部に作るとバレリーナのようなエレガントな雰囲気が、上部に盛るとキャバ嬢みたいになる。

 ではこれを左右に作り、可愛いキャップを被せるとどうなるか?


(うん、いいわ。左右のシニヨンキャップに、チャイナドレスをモチーフにしたメイド服! これ、絶対カワイイじゃない!)


 そう、チャイナ娘になるのだ!


(でも、私は全体的にボリューム不足。久乃は嫌がるだろうし、奈保は似合いそうだけど、あの子は胸の谷間を強調する今のメイド服がベスト……ああっ、せっかくのナイスアイデアなのにぃ!)


 次の対戦相手を「ちょっと待ってて」と片手で制しつつ、眉間に中指を押し当てて、あーでもない、こーでもないと美織は考え始める。


 チャイナドレスと言えば、最大の特徴はやはり腰周りのスリットだ。

 そこから覗き見える太腿のセクシーさは、胸の谷間に勝るとも劣らない。

 もちろんメイド服にアレンジする際も、美織はこのスリットを大胆に採用するつもりでいる。奈保の胸元ばいーんのメイド服も見事だったが、こちらもこう思わず太腿をペロペロしたくなる最高の一枚となるに違いないと確信できる。


(ああ、もう! どこかにいい太腿が落ちてないかしらっ!?)


 いいアイデアが浮かんだのに実現出来ない悔しさのあまり、人が聞いたらぎょっとするような猟奇的思考を巡らせてしまう。


 どこか。

 どこかにいい太腿の持ち主はいないか。

 店内を見渡せど、三月の下旬では生足なんて見られない。

 そもそもここはゲームショップ。女性よりも男性のお客さんの方が、まだまだ多い世界である。

 女性客、ましてや健康的な太腿をしていて、さらにメイド服を着て働いてくれそうな子なんて――。


「美織ちゃーん、ちょっとええかぁ? この子、ここで働きたいってゆーてるんやけど」


 ……いた!

 呼ばれた方を向くとカウンターの前で件のダブルシニヨンキャップがぷかぷか浮いている。

 おおっ、これぞ神のお導き! 

 美織はぴょんと壇上から飛び降りると、女の子の元へ猛ダッシュ。

 目を見開く女の子をよそに、快活そうな肌色をした彼女の審査を始めた。


(おおっ、いかにも健康優良児って感じに加え、やや童顔なところも元気なチャイナ娘ぽくていいじゃない!)


 ルックス審査合格! 次は。


「あなた、コートの中はミニスカ?」


 初対面の相手に挨拶もせず、いきなり不躾な質問から入る。

 これぞ美織流アルバイト面接!


「え? えーと……はい?」


「よし。じゃあ脱いで!」


「えっ? ええっ!?」


 戸惑う女の子に、美織が強引に迫る。

 そもそも女の子が答えた「はい」は肯定の意味ではなく「はい? この人、何言ってるの?」の意味なのだが、そんなのは美織に通用しない!


「え、じゃなくて早く脱ぐ! 脱いで私に見せてみなさい!」


「うええっ?」


「ああ、もう! 脱げっていうのが分からないかーっ!」


 それは一瞬の早業。美織は女の子のダッフルコートに手をかけると、あっという間にボタンを全て外す。

 はらり、と。

 コートに隠されていた女の子のスタイルが顕わになった。


「わっ、わっ、わーっ!」


「ちょっ! 裸になったわけじゃないんだから隠すなっつーの。えーと、どれどれ」


 まずは上半身、薄い桃色のセーター越しに、年頃な女の子の平均的な盛り上がりを確認!


「よし! おっぱい、よし!」


 思わず指差し確認する美織。


「でも一番重要なのは太腿……って、おおっ、これは!」


 女の子はミニスカートではなく、デニム生地のショートパンツを穿いていた。

 しかし、これが良かった! 

 むしろ健康的で染みひとつない太腿には、ショートパンツが大正解だ。


「お見事! 合格よ! あなたのような人材を待っていたわー!」


 感極まって美織は女の子に抱きつく。


 対して抱きつかれた女の子は混乱しまくっていた。

 え? ここってゲームショップだよね?

 これ、キャバクラの面接じゃないよね?

 ……大丈夫、だよねぇぇぇ? と(答え:多分大丈夫じゃない)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る