第二話:人は誰かになれるんだよと彼女は言った
2-1:香住司は諦めない!
「というわけで悪いんだけど、ここにあんたの居場所はもうないの」
あの強気な美織が言いにくそうに、しかしはっきりと司に告げた。
「でも、お祖父ちゃんとの約束まで反故にはしないわ。各種援助は継続してあげる」
そこは安心して、とフォローを入れる。
「あと住居だけど、別のアパートに部屋を用意したから。分かるでしょ、お祖父ちゃんが用意した部屋はぱらいそスタッフ専用なの」
これまで司に用意された部屋は、ぱらいそと同じマンションの最上階だった。
そもそもマンション自体がマスターの持つ物件で、オーナールームとなっている最上階は限られた人間しか立ち入ることが出来ない。
「何もかも急な話で申し訳ないとは思っているわ。でもあんたってうちで働く代わりに授業料とか免除されることになってたんでしょ? そこから労働だけ引かれるんだから、これは」
「こんなの、あんまりですっ!」
それまで黙って聞いていた司が我慢できずに美織の言葉を遮った。
「僕、ぱらいそで働きたいんです!」
そして溜め込んだものを一気に吐き出すように、言えなかった言葉を吼える。
だから。
「……あ」
自分の寝言で目が覚めてしまった。
見上げるは知らない天井。
急遽引っ越した部屋にはまだカーテンすらなく、窓から差し込む繁華街のネオンが部屋を様々な蛍光色に次々と塗り替えていく。
十階建てマンションの最上階から、築三十年以上のおんぼろアパートへの急降下。
学生の一人住まいにはむしろこちらの方が相応しいが、突然の厳しい境遇に司の目元にはじんわりと涙がこみ上げてくる。
どうしてこんなことになってしまったのだろう?
頑張って勉強して、難関校に合格。
念願のバイトも勝ち取った。
ここまではいい。
でも、バイト先の状況は最悪で、それでも頑張ろうと思っていた……。
「なのにクビなんてあんまりだ」
両目の防波堤が決壊しそうなのを必死に堪えるも、言葉だけはポツリと零れた。
曰く、メイドゲームショップになったから。
曰く、男性スタッフは必要ないから。
他の先輩たちは例の在庫誤差の件をちらつかせて、全員解雇したという。
もっとも司には非がないから、授業料援助と家賃免除だけは継続してくれるらしい。
ありがたいけど、ありがたくなかった。
司はこれまで通りぱらいそでバイトしたかった。
見てしまったのだ、美織が目指す新しいぱらいその姿を。
大勢のお客さん。
溢れかえる店内の活気。
そして楽しそうにお客さんとゲームをする美織に、子供の頃見た叔父の姿が重なる。
司が長い時間をかけてでも取り戻したいと思っていた光景を、たった一夜で再現してみせた美織。
そんな彼女の店で働けることにワクワクした。
それなのにあっさりクビを宣告された。
なんとかならないかとマスターに連絡を取ったものの「店はあの子に全部任せたからのぅ。すまんがワシは何も出来んのじゃ。とにかくここで働きたいと頑張ってアピールしてみることじゃ」と申し訳なさそうに言われた。
頑張ってと言われても、
時計を見るとまだ夜の十一時。
徹夜明けに解雇のショックも加わって早々に寝床に着いたが、ほんの数時間しか眠れていない。
だけどあんな夢を見たことで、司は改めて自分の気持ちが分かった。
やっぱり僕はぱらいそで働きたい!
ずっと叔父のゲームショップに憧れていた。
が、今や叔父の店は既になく、ゲームショップそのものもこの世から消え去ろうとしている。
マスターに誘われてやってきたぱらいそも酷い有様だった。
しかし、美織によってぱらいそはかつてのようなゲームショップの輝きを取り戻そうとしている。
美織と司。
どちらもぱらいそを、ゲームショップの再興を目指すのは同じはずだ。
「よし、明日、もう一度お願いしてみよう!」
今度はしっかり自分の想いを伝えようと司は思った。
メイドゲームショップだから男の店員が必要ないのは分かる。
でも、どうしても諦めきれなかった。
諦めたくなかった。
となれば、あとはどうやって美織を説得するか、だ。
司は布団の上に胡坐を組んで考え始めた。
考えて。
考えて。
気がつけば、窓から朝日が差し込んでいた。
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