1-10:クビキラレソウ

「は? あなた、一体何を言ってるんです? このチラシを配ったのはそちらの店員でしょう?」


「元店員よ。昨夜のうちに解雇したから」


 あっけらかんと言い放つ美織。


 美織によれば、解雇された腹いせにこんなチラシを配ったようだ、と。

 ぶっちゃけ頭に来ているが仕方ないので、こんな高値でも買い取っている、と。

 おたくもこんなの配られて迷惑だったわね、でも実質的な被害は出てないからいいじゃない、と。


 もちろんこんな話を黛が信じるわけなかった。

 熱心にチラシを配っていたという報告、さらに黛の要求を聞いて顔を青ざめた様子から、まず間違いなく司は解雇されていないと断言出来る。

 だったら――。


「……なるほど、そういう事情がありましたか。ならば今回のことはこちらとしても不問といたしましょう」


「あら、物分りがいいのね。意外」


「ただひとつ確認させてください。彼、一体どんな理由で解雇されたんですか?」


「それは言えないわ。あなただって分かるでしょう、デリケートな問題だって」


「そうですね。では、代わりに別の確認を。今回、こんなことをされて『ぱらいそ』さんも多大な迷惑を被ったと思います」


「ええ、本当に勘弁してほしいわ」


「そんな被害を及ぼした人間を、まさか許すなんてことはないですよね?」


「……何が言いたいの?」


「いや、なに。こちらとしても後日改めて挨拶に伺った際、彼がこちらで働いている姿を見かけては釈然としませんから念のために、ね」


 美織のふざけた弁解の前に、黛の当初の思惑は挫かれてしまった。

 だからすかさずプランを変えた。


「今一度確認したい。彼の再雇用は絶対にない、と」


 真面目な店員が店長からの指示で行動したのに、責任を負わされてクビになる。

 残った店員たちの不信感は相当高まるだろう。

 一斉に辞めてもおかしくない。


 そう、「信用問題による顧客離れ」が阻止されるのなら「上司への不信による労働力の低下」を達成すればいいだけのこと。

 どちらにしてもぱらいそを窮地に追い込むことに変わりはないのだ。


 しかも今回は美織の発言を背後にした要求、簡単に反論できるものではない。


「……そうね」


 黛の要求を今度こそ美織は受け入れるしかなった。


「約束してもらえますか?」


 念を押す黛、容赦ナシ。


「ええ、仕方ないわ。だって」


 美織の口元がかすかに吊りあがった。


「うちはメイドゲームショップに生まれ変わったんだもん。男の店員なんていらないわ」




 頭のてっぺんに白いレースで縁取ったカチューシャ。

 ピンクのチェック柄のワンピースに、白いエプロンという組み合わせはどこからどう見ても立派なメイド服。

 両腕を胸の前で組み、ザマーミロと言わんばかりの笑顔を浮かべてふんぞり返っているものの、確かに黛の前に立つ美織は確かにメイドだった。


 そして他の店員もまたメイド服姿の女の子たち。

 従来の男の店員は……いなかった。


「はい、てことで彼の再雇用はありえないから安心してお帰りなさいな。ガキのお使い、お疲れ様っ!」


「…………」


「おやおや、なにかなぁ、その納得いかないって表情?」


「いえ……」


「あ、そ。だったら早くそこをどいてくんない? 私、これからお客様と買取金額の交渉をしなくちゃいけないから」


「買取金額の交渉?」


 変な話だ。買取金額なんてものは予め決まっているもので、お客様と交渉するようなものではない。


「そうよ。私とゲームで勝負して、勝てたら買取金額が二倍になるの」


「なっ!?」


「そういうわけだから、あんたにいつまでもそこに居座られたら迷惑なの。営業妨害なの。そっちこそ警察呼ばれる前にとっとと出てってくんないかなぁ」


 黛が大勢の客の前で話し合いを行ったのは、ぱらいその失態を知らしめるためだった。

 が、こうなっては完全に裏目。ギャラリーたちの視線が痛い。


 遺憾ながら撤退するしかなかった。




「はーい、じゃあゲーム対決再開するよっ!」


 美織の呼びかけに湧き上がる客の歓声をバックに、黛はぱらいそを後にする。

 プライドは打ち砕かれたが、ポーカーフェイスは崩さない。

 涼しげな表情のまま車に乗り込む。


 その姿を、黛とは対照的に感情を表情に出しまくって見送る人物がいた。

 司だ。

 なお、今にも泣きそうな模様。


「あ、あの、小手道さん……」


「久乃でええよ」


「じゃあ、その久乃さん……えーと、僕、どうなるんですか?」


「あー」


 美織と黛がやりあっている中、司を避難させたのは久乃だった。

 美織は自分が黛をやり負かせた後、司に攻撃が向かうのを恐れた。だから久乃に目配せして、まずは司を退避させたのだ。

 チラシの件で警察に突き出されるなんてことになったら、さすがに可哀想すぎる。


 なんせ


「まぁ、聞いての通りでな」


 司自身はとてもやる気のある良い子なのに


「そういうわけやから勘弁やで、司クン」


 お店の方向転換という理由でクビになる司は、もう十分に可哀想な状況なのだから。


 かくして香住司は、ゲームショップぱらいそをクビになったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る