1-8:レッツゴー・バンダナ!
カウンターの横。
数時間前まではそこにも陳列棚があった。
しかし今や棚は撤去され、作り上げられた空間には人、人、人、人……見てみろ、まるで人がゴミのようだと言わんばかり。
そして集まった人々が一心に見つめるのは、壁に掛けられた一台の大型モニターが映し出す、とある格闘ゲームの熱戦。
……ただし、司と黛はそのモニターの下に作られたステージにて、楽しそうにコントローラを握り締めるメイド服姿の女の子――『ぱらいそ』店長の晴笠美織の姿に目を奪われるのだった。
大勢の観客が熱視線を注ぐ中、二本先取のバトルは最終戦に入っていた。
美織が操るのは、アホ毛がトレードマークのJK格闘家。
対してバンダナを頭に巻いた相手の男は、筋肉達磨の傭兵を使っている。
間合いと読み合い地獄の中、相手が攻撃した後の隙を冷静に見極め、確実な一撃でダメージを与えていく美織。
派手さはないが、反撃も喰らいにくい堅実な戦い方だ。
しかし、観客はえてしてドラマチックな展開を望むもの。
地味な美織の戦い方にブーイングを飛ばす。
それでも美織は意に介さず、戦術を変えない。
故に相手の方が先に動いた。
バンダナの男だって何も反撃を食らう為に攻撃を繰り出しているのではない。
敢えて隙を作り、そこに相手がコンボを狙ってきたら逆にカウンターを仕掛けようと虎視眈々と狙っていた。
ただ、ここまでは美織の確実性を重視した単発攻撃に、付け入る余地などない。
ならば。
「おおおおおおっーーーー!」
新たな展開にギャラリーが一斉に沸いた。
男は美織が放つ反撃の一撃に、敢えて拳を繰り出したのだ。
もちろん美織の攻撃の方が早く、カウンターとなって男には通常よりも大きなダメージが通る。
しかし、ダメージを食らいつつも男が放った拳は止まらない。
必殺ゲージ一本分を消費しての強化フック。
通常は攻撃を喰らえば潰されるが、強化技なら最後まで出し切ることが出来る。
男の操る傭兵の右フックが、慌ててバックステップする美織のJKをすんでのところで捕らえた。
攻撃力はさほどでもない。
それでもJKの膝がかすかに沈む。
強化版フックによるダメージ硬直だ。
この致命的な隙を男が逃すはずがなく、続けざまに攻撃を繰り出した。
「まいったわね、さっきまでのリードが吹っ飛んじゃったじゃない」
強烈なコンボを喰らい、体力ゲージを大きく減らした美織が嘆く。
ここに来てふたりの体力はほぼ同じ。しかし、流れは完全に男に傾いている。
ギャラリーだって多くがバンダナ男の逆転勝利を応援していた。
戦いは先ほどまでの退屈な展開から一変、スリリングなものとなった。
あくまで男の攻撃後の隙を狙う美織だが、いつまた手痛い反撃を食らうか分からない。
かと言って焦って攻撃に転じては、男の思う壷だ。
勝利の女神はどちらに微笑むのか。
お互いが試合を決める一撃のチャンスを探りながら戦う中、
「……ここだ!」
今度も男が先に動いた。
同じように強化版フックでの攻撃。
しかも美織は焦って操作を誤ったのか、バックステップすら取れないでいる。
ヒットするフック。
ふらつく美織のJK。
ただ、その後に先ほどとは違う展開が待っていた。
突然画面が暗転し、炎に包まれた傭兵がJKの背後を取る。
「レッツゴー・バンダナー!」
誰かが叫んだ。
「よっしゃーーー!」
バンダナ男も叫んでいた。
傭兵がバックドロップからローリングしてマウントポジションを取ると、連続でパウンドを打ち込み始めた。
超必殺技・グラウンドゼロ。
多くの格闘ゲームがそうであるように、このゲームでも超必殺技の攻撃がヒットするとどんな操作も受け付けない。
どんどん減っていく美織JKの体力ゲージ。
男は興奮し、美織はただ無表情に画面を見つめる。
勝敗は決した……筈だった。
「え? えええっ?」
しかし、次の瞬間、男も、ギャラリーも、信じられないものを見た。
JKにグラウンドゼロを乗り切る体力は残っていなかった。
それなのに、天使のエフェクトと共にわずか一ドット分の体力ゲージを残してJKが立ち上がったのだ。
そして予想外な展開に動転する傭兵へ向かって、逆転コンボの幕を開けるショートアッパーをぶちかますのだった。
「すげぇ、天使の
「超必殺技でフィニッシュを喰らった時にのみ、一ドットの体力を残して復活するなんて普通使わないよなぁ」
「そんなのを最終戦でセットしてくるなんて、あの店長、マジでヤリ手だぜ」
戦いが終わっても、観客たちの興奮は冷めやまない。
それぐらい美織の魅せた試合はインパクトが強かった。
美織たちがプレイしていた『ストレングスファイター3』(通称・スト3)は優れた格闘システムに加えて、一キャラにおよそ十ほど用意された超必殺技がウリである。
プレイヤーはその中からひとつをラウンド前にレバーとボタンの組み合わせで選ぶのだが、それだけ多いともちろん使えないものも出てくる。
中でも美織が選んだ『天使の息吹』は攻撃系でもないうえに発動条件も厳しく、仮に発動しても状況が苦しいことには変わらないので、使い道はないと言われるものだった。
それをこの状況で選択し、あそこまで劇的に使いこなしてみせるとは……ギャラリーたちがざわめくのも無理はない。
「はーい、じゃあ次の人、今度はどのゲームで私と勝負する?」
もっとも当の本人である美織は、無邪気にゲームを楽しむ子供のような笑顔を浮かべるのだった。
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