1-6:捕まってしまうとは情けない
開店後のチラシ配りはハードだった。
車の往来に注意しつつ、新たに来店されたお客様に猛然とダッシュ。
三月と言えどもあっという間に汗だくにもなる。
「ゲームショップ・ぱらいそと言います。よろしくお願いしますー」
それでも司は笑顔でチラシを配り続けた。
根が真面目な上に、集中すると疲れも忘れるタイプだ。
後にこの時チラシを貰った人が話すところによると、懸命に走り回る坊主頭の司の姿は、古き良き時代の新聞配達少年的な勤勉さがあって感動的だったと言う。
もっともチラシの内容を見て驚き「こんなのを配っていて大丈夫かなぁ」と思っていたら案の定、
「おい、お前、ちょっと事務所に来てもらおうか」
と店員に取り押さえられるのは仕方がない流れだとも思ったそうな。
店員に捕まった司が連れて来られた事務室。
待っていたのは二人の人物だった。
「
ひとりは髪をきっちり短めに揃え、ノンフレームの眼鏡の奥から切れ長の眼を光らせるスーツ姿の人物だ。
「まったく、なんなんだよ!? こっちはオープン初日で忙しいってのに!」
もうひとりは日焼けした体も逞しい体育会系の男。こちらはお店の制服に袖を通している。
せっかくのオープンを邪魔された苛立たしさを隠す気などさらさらないらしく、司は怖くて顔を向けることすら出来ない。
「
「なんスか?」
どうやら制服の男は円藤という名前で、店長らしい。
スーツの人物に呼ばれ視線を司から逸らした。
「本来ならこの手のトラブルは私の管轄です。が、それでもあなたを呼んだのは、この子が配っていたチラシをどう見るか、意見を聞きたいと思いましてね」
差し出されたチラシを手に取り、円藤はしばらく視線を走らせる。
しかし、すぐ派手に噴き出すと
「なんだこりゃあ? お前らバカか!?」
と司を嘲り嗤った。
「うちの販売価格より高く買い取って、幾らで出すつもりだ? てか、このあたりではもうまともな値段では売れねぇよ。なんせ今回、うちは大量に用意したからなぁ!」
円藤が両手を広げる。
と思うと、その両手を持ち上げて、
「そいつをバカみたいな値段で抱えて、そのまま底深くに沈みやがれ、バーカ!」
司の頭に何かを投げ捨てるような仕草を見せて、罵りの言葉を浴びせかけた。
気の弱い司のこと、本来ならこんなことをされると萎縮しまくるところだ。
が、円藤の粗暴な言動に「あ、この人、チラシの目的が分からないんだ」と畏怖よりも、美織への尊敬の念が勝った。
そしてこちらが自爆するだけのチラシだと思うのなら、案外簡単に解放してもらえるかもと淡い期待を抱いたのだが……。
「忙しいところをありがとうございました、円藤店長。もう売り場に戻ってくださって結構です」
流石にそう上手くは行きそうになかった。
どうやらスーツの方は円藤と違い、チラシの意味を理解しているようだ。
おまけに司がわずかに体の緊張を解いたのも見逃さなかったのだろうか。考えの浅い円藤を早々に退出させる手を打ってきた。
「いいえ、どうってことないっスよー」
もっとも円藤はそんな考えに気付く様子もない。
「しかし、
そんな円藤だが、偶然役に立つこともあるようだ。
覚悟はしていたものの、それでも『警察』って言葉が出てきて、司は体をビクンと震わせた。
「……まぁ、そうですね、こんなことをしてくれたのですから、今すぐ警察に突き出してやりたいところです。が」
思わぬ円藤のキラーパスに、スーツの人物・黛は苦笑しつつ会話の流れに乗る。
「こちらの抗議にぱらいそさんが誠意ある対応をしていただけるのなら、話を大きくする必要もないでしょう」
誠意ある対応?
司はびくびくしながらも、一体どんな対応だろうと黛を見上げる。
「そう、例えば『チラシの値段は記載ミスでした。その値段では買い取りできません』と店頭に張り紙をしてもらう、とかね」
ノンフレームの奥に隠れる瞳が妖しく光った。
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