1-5:これよりスニーキングミッションを開始する

 新規オープンのライバル店は、自転車で十分ばかりの場所にあった。

 駅からは遠いが、大きな国道に面した巨大店舗。駐車場だって充分な広さが用意されている。


 その駐車場の片隅に開店を待つお客様の行列があった。

 まだ陽も昇らない時間にも関わらず、すでに結構な数が集まっている。

 それぞれブルーシートを広げたり、寝袋を持ち込んだりして、じっと開店までの時間を耐え忍んでいた。


 そんな行列を眺めながら、司はひとつ大きく息を吐く。

 白い湯気が宙を舞った。

 その湯気が自分の姿をお店の人から上手く隠してくれないかななんて、ちょっと弱気なことを考えてしまう。

 が、


「よし! やろう!」


 弱気になりそうな心を奮い立たせて、司は行列に向かって歩き出した。




「お、なんだ、司も来たのか?」


 行列の先頭からチラシを配り始めて間もなく、司はぱらいその先輩たちと出会った。

七名の大所帯。司とぱらいそ唯一の女子大生バイトを除いた全員が集まり、防寒具をしっかり着込んで携帯ゲームの共闘プレイに興じながら列に並んでいた。


「いえ。その、ボクはチラシを……」


「は? チラシ? なんだそれ?」


「えっと、閉店作業をしていたら店長代理の方が来られて……」


「店長代理!?」


 先輩たちが一斉に顔を顰めた。


「おい、店長代理ってどんな人だった?」


「いきなりチラシを作ってくるって、やる気満々じゃん。ヤダなぁ、俺、あの店のゆるいところが好きだったのに」


「面倒なこと、やんなきゃいいのになぁ」


 後ろ向きな発言ばかりの中、司は簡単に美織のことを話す。

 すると。


「おおっ! JK店長キター!」


「店長代理って言うからどんなのかと心配したけど、これ、楽しみがまた増えたなぁ」


「さすがは俺たちの楽園ぱらいそだぜい!」


 俄かに高まった緊張感が解消されたからだろう。先輩たちはわぁと沸き立つ。

 その様子を司は複雑な気持ちで見守った。


 美織が女子高校生JKなのは間違いない。

 けれど彼女は、先輩たちが想像するような人間ではないだろう。


「さて、ではJK店長の初仕事を拝見させていただきましょうか」


 司から手渡されたチラシを覗き込む先輩たちが、最初は一様におやっという表情を浮かべるもすぐに驚愕して先ほど以上の大声を上げる。


「うっわ、何考えてんだよ、JK店長」


「ライバル店に負けたくないのは分かるけどさぁ。こんなのテンバイヤーが殺到するだけじゃん」


「仕事増やして忙しくなるの、マジ勘弁だよなぁ」


 まさに非難轟々。一番長い職歴を誇るアルバイトリーダーも難色を示し「ダメだ、これ」と一刀両断した。

 誰もがダメだダメだを連呼し、しまいには「これだから世間知らずのJKは!」と美織を非難し始める。

 そこに「JK店長キター!」と喜んでいた彼らの姿は既に無かった。

 当初思い描いた楽観的な考えも多少は修正したことだろう。


 でも、きっとこれぐらいでは済まない。

 そんな予感が司にはあった。


 わずかな時間ではあったが、美織の性格はよく分かった。

 その美織が「お店を変える」と言っているのだ。

 間違いなくぱらいそに嵐が吹き荒れる。

 何もかもを巻き込み、吹き飛ばす、大型の嵐が。

 そしてその後は雲ひとつない、どこまでも澄み切った青空が訪れるだろう。


 司は青空が見たかった。

 いまだ口汚く美織を非難し続ける先輩たちと違い、生まれ変わるぱらいそに司はワクワクするものを感じていた。




 行列は開店間近にもなると、すごい人数に膨れ上がっていた。

 司は店頭スタッフに怪しまれないよう、行列に紛れ込んだりしながら上手くチラシを配ることが出来た。


 どうして他店のチラシを配ってるのかと訝しむ人もいたが、多くは内容に興味を持ってくれたようだ。

 本当にこの値段で買い取ってくれるんだなと念を押してくる人たちに司が頷く中、ついにライバル店が開店した。


「危ないから押さないでください!」


「充分な数を用意しております。慌てず、ゆっくりご入店ください!」


 店員が大声で呼びかけるのも空しく、すごい勢いで人が店内に雪崩れ込んでいく。

 それでもさすがは大型店舗だ。集まった大勢の客をあっという間に飲み込む。

 司は最後尾に並んだものの、入店までそれほど時間はかからなかった。


 そして特価品が予想以上に用意されているのを見て、司の顔が一瞬にして青ざめた。


 司は自分が入店する頃にはとっくに全滅しているだろうと思っていた。

 ところがレジ待ちの行列や、店内を見て回る人たちの多くが手にしているにもかかわらず、まだ陳列棚には商品が残っている。

 お一人様一本までという制限付きだが、あれだけの行列で、これだけの人が購入予定で、それでいてまだ在庫があるということはつまり……。


 よろけるようにして司は外へ出ると、店から離れた所で携帯を取り出す。


「はい! お電話ありがとうございます! ゲームショップぱらいそ・店長の晴笠です!」


「あ、店長……」


「あ? なんだ、あんたか。初めての電話対応だったから張り切ったのに……。で、なに? なんでそんな暗い声をしてるのよ?」


「それが……」


 司は店内で見たことを伝えた。


「ふーん、さすがは全国規模のチェーン店。余っていた在庫を系列店から集めたんでしょ、きっと」


 美織はさほど驚く様子もない。


「いや、そうじゃなくて! 店長、このままだと凄い数が買い取りに来ちゃいますよぅ」


 司はもう泣きそうだった。

 司の予想がしていたよりも何倍も多くの数……これを赤字確定の値段で買い取るとなると、さすがに顔も青ざめるものだろう。


「うん。いいことじゃない。それだけ多くのお客様がこちらに流れてくれるんだから」


 しかし、美織はこともなく言い放った。


「チラシはまだ残ってるわよね? だったらこれから来店するお客様にも配りなさい。くれぐれも相手にはバレないように」


 特価商品がなくなるまでチラシ配布は続行でよろしくと、司が何か言い返す前に美織はさっさと電話を切ってしまった。


 予想外の連続に、呆然とする司。


 美織のアイデアは外道だが、効果的だと思っていた。

 それでも規模がこうも大きくなると、話は違ってくる。ただでさえ経営が苦しい『ぱらいそ』だ。美織のアイデアが起死回生どころか致命傷になり得る。


 それでも作戦続行だと美織は言い張るのだが……。


 悩む司の横を、買い物を終えたばかりの客が通り過ぎていく。

 右手には買ったばかりの商品。そして左手には司が配った買取チラシを持って。


(そうだよね。もう後には引けないんだ)


 同じようなお客様が次から次へとお店から出てくる様子に司は腹を括った。

 今は悩む時じゃない。信じて進むべき時なんだ、と。

 司は自分に言い聞かせる。


 美織を信じて行動に出たんだ。

 だったら最後まで美織を信じよう。

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