ぱらいそ～戦うゲームショップ！～Ｒｅｍａｓｔｅｒ

1-4：チラシの反応率を上げる方法

　チラシは手書きの原版を白黒コピーしたものだった。

　所々にイラストなんかが入っているものの、内容は至ってシンプルに女の子らしい丸っぽい文字で商品名と値段、あとは店名と電話番号、簡単な地図だけが載っている。

　ごく普通の、セールを謳ったチラシだ。

　ただ、一目見て司はある既視感に襲われた。

　商品のラインナップが、ライバル店のオープンセールチラシに載っているものとほとんど変わらなかったからだ。

　しかもライバル店よりどれも微妙に値段が高い。

　偉そうに「私の大胆なアイデアを見よ！」と言っていたが、これでは……。

「え？　ええっ！？」

　しかし、値段の所に『買取価格』と書かれているのに気付いて、司は思わず大声をあげて驚いた。

「ちょ、ちょっと、これ、ミスプリントですよ！」

　ライバル店の売値より高い値段で買い取るなんて、こんなのを配ったら大変なことになる。

　危なかった。配る前に気付いてよかった。

「ミスプリントじゃないわ。この値段で買い取るわよ！」

　ところが美織はニヤリと司の指摘を真っ向から否定した。

「え？　だって、むこうの売値より高いですよ？」

「そうね」

「そうねって……そんな、こんなチラシを配ったら転売目的でいっぱい来ちゃいますよ！」

「テンバイヤーだけじゃないわ。『一週間はこの金額で必ず買い取ります』ってあるでしょう？　ちゃんとゲームをプレイしたくて買った人もフォローしてるんだから！」

「なおさら問題じゃないですかっ！」

　ライバル店の売値より高く買い取り、しかもそれを一週間保障？

　ありえない。司の理解の域を超えていた。

「こんなの配ったら、いっぱい在庫を」

「抱えないわよ？　ちゃんと捌ける値段に設定するから」

「捌くって、いくらぐらいで？」

「そうね。例えば」

　とある商品を指差し、美織は電卓をはじいてみせる。

「こんな感じ？」

「買取金額より安いじゃないですかーっ！」

　もちろん買取保障が切れた一週間後だけどねと付け加えられたものの、買取金額より数百円安い値段を見せられて司は愕然とした。

　ライバル店の販売値段より高く買い取って、それを赤字で売る？

　一体全体何を考えているのだろうか？

「意味ワカンナイって顔してるわね？」

　美織が面白そうに司を見つめる。

「実際、分からないです」

　分からない上にそんな自分の反応を楽しんでいる美織が、司にはなんとも恨めしかった。

「しょうがないわねぇ。じゃあヒントをあげるわ。チラシって何が目的で配ると思う？」

「そりゃあ利益を上げるために」

「最終的にはね。でも、安すぎる値段はむしろ利益を圧迫するわ。例えば今回のライバル店、かなり無茶な値段よね、これ」

　その無茶な高い値段で買い取る君こそ滅茶苦茶なんだけど……と思いつつ司は頷く。

「それでもあえてこの値段をチラシに載せる意味は何？」

「んー、新しく出来たお店だから、お客様に来てもらえるようインパクトを」

「それよ！」

　美織はドヤ顔で司を指差す。

「チラシってのは『お客様に来てもらうため』に配るのよ。だからお店に行きたくなる魅力を盛り込まないとダメなの」

「でも、だからってむこうの激安商品を高く買い取らなくても……」

「バカねぇ。言ったでしょ、チラシの目的は『お客様に来てもらうこと』だって」

「え？」

「チラシを配った時だけ来てくれたらいいの？　そんなわけないでしょー。チラシを作るのにも、配るのにも手間とお金がかかっているのよ。一度お店に来てくれただけじゃ満足できないわ。買いに来たら、次は売りにきてもらう。何度も買って売ってを繰り返してもらわないとね」

「……あ」

　ようやく司にも美織の意図が見えてきた。

「そう、このチラシはむこうにリピーターを作らせない為でもあるのよ」

　リピーター、いわゆる常連と呼ばれるお客様は、お店にとって非常に重要な存在だ。

　特に中古商品も扱うお店では、買った商品を後日売りに来てくれるお客様は販売と買取を上手く循環させるのに欠かせない生命線である。

　だから新たに出店してきたライバル店も、そんなリピーターの確保に全力をあげてくる。

　魅力あるチラシでまずお客様を呼び込み、次は買取に持って来てもらおうとボーナスも用意していることだろう。

　が、美織は売値よりも高い値段で買い取ることで、ライバル店が目論む「購入→売却」の循環を断ち切る作戦に出た。

　いくらライバル店が魅力的な買取ボーナスを用意しても、さすがに売値よりも高値で買い取るなんて出来やしない。

　相手からしたら手のうちようがない対抗策だ。

「それにね、チラシの反応率ってそんなに高くないの。だって無作為に配っているだけなんだもの。全く関心の無い人だっているわよね。でも、あちらさんのチラシを見て集まってきた人たちに、うちのを配るとなると話は別よ。しかもそれが純粋な儲け話となると、反応率は跳ね上がるでしょうね」

　美織がくっくっくと嗤う。

　笑う、じゃなくて、まさに嗤うという表情だった。

「そう考えると分かるでしょう？　なんせライバル店が集めてくれたお客さんのほとんどが、こちらにも来てくれるのよ？　で、逆にうちのリピーターになってもらえれば、今回の赤字分なんてあっという間に回収出来るわ」

　自信満々に胸を張る美織を、司は半ば感心、半ば畏怖の念を抱いた眼差しで見つめた。

　背格好は同じ年齢とは思えないぐらい小さいくせに、考えつくことは海千山千の商人のようにエゲつない。

　そもそも他店の行列にチラシを配るのって道義的に許される行為なんだろうか？　すごく外道に思えるんだけど。

　ただそれよりもひとつ、司には気になることがあった。

「てかね、私、ゲームを客寄せの副商材にするお店って大嫌いなの。ぼっこぼこにして、返り討ちにしてやるわ」

「あ、あの……」

「そんでもって、空きテナントになった向こうの建物を安く買い叩いてやるの。もちろんうちの二号店にするわ。あれだけ広いとやりたい放題よねぇ。あー、夢が広がる！」

「あの、もしもし……」

「そうだ、二号店ではメーカーに協力してもらって定期的に新作ゲームの試遊会を開くってのはどうかしら……って、なんなのよ、あんたさっきから！」

　ようやく美織が妄想の世界から帰ってきた。

「えっと、その……とても言いにくいんだけど」

「だから、なに？」

「さっきのキミのアイデア、ひとつ大きな問題があるんだ……」

「……へぇ、面白いわね、何よ言って御覧なさい。ちなみにチラシを配っているのが相手に見つかったらどうしようってのは聞く耳持たないからね」

「いや、そうじゃなくて……」

　それもあるのだけれど、司はあえて無視した。

「あのね、この店なんだけど、お客さんが一度来てくれたとしても、多分リピーターにはなってくれないと思うんだ」

　司は客として訪れた美織の不機嫌そうな顔を思い出していた。

　あの表情はきっとお店の雰囲気……店舗全体に漂う無気力感に向けられたものだろう。

　そんなお店にまた来ようなんて思うだろうか？

　司だって良くないのは分かっている。でも、自分ひとりではなかなか改善出来なかった。

　そこに美織ひとりが加わったところで、やはり状況はすぐには変えられない。

　お店はチームだ。

　いくらひとりふたりが頑張っても、全員がついてこないと良い雰囲気はなかなか生まれるものではない。

　だから美織が悪魔じみたアイデアでお客様を引っ張ってきても、今のままでは次には繋がらないと司には思えた。

　高く売り払ってはいサヨウナラ。それでは意味が……。

「ああ、そういうこと。安心なさい。ちゃんとそっちも策を用意してあるわ。てか、むしろそちらがメインに決まっているじゃない」

「で、でも、このチラシはもう明日から」

　いや、時刻は既に深夜の三時過ぎ。すでに「今日」になっている。

「だーかーら、大丈夫だって言ってるの！　だいたい、何のために私や、徹夜なんかしたらお肌が大変なことになる年齢の久乃が、こんな時間にお店へやってきたと思ってるの？」

「それは……」

　美織ちゃんヒドイーと、すっかり忘れられていた久乃が嘆くのをよそに司は言葉を詰まらせた。

　ふたりがこんな深夜にやってきた理由……今から爆安価格に値段変更してお客様を惹き付けるとか？

　それとも什器の移動などによる店内改装？　

　どれも短期間では効果があるかもしれない。でも、問題はそんな表面的なことじゃなくて。

「あー、もう、あんたの言いたいことは分かったわよ！　ちゃんと説明してあげたいけど、結構無駄な時間を使っちゃったし、今はこれだけしか言わないわ！」

　いまだ不安げな司に、美織は堂々と宣言する。

「私はお祖父ちゃんのお店、この『ぱらいそ』を文字通り、ゲームが好きな人間にとっての楽園（ぱらいそ）にするためにやってきたの！」

　美織の言葉に、伏し目がちだった司が驚いたように目を見開いた。

　潰れかけの祖父のゲームショップを、ゲーム好きの天国に変える――。

　それは潰れてしまった叔父のゲームショップの代わりに、『ぱらいそ』をかつてのようなゲームファンが集うお店に復興させたいという司の願いと同じだった。

「そのためのアイデアは、このチラシなんか比べ物にならないわ！　絶対にお客さんも店員も誰もがみんな『ここは天国だ』って思ってくれるお店に、私は変えてみせる！」

　だから、と美織はチラシの入った手提げ袋を司に握らせて、その背中をどんっと力強く叩いた。

「あんたも、このお店を変えたいのならチラシを配ってきなさい！　あんたが頑張った下地に、絶対私が最高のお店を作ってあげるから！」

　数分後。

　美織と久乃は、急いで自転車のペダルを漕ぐ司の背中を見送った。

　角を曲がり、完全に姿が見えなくなってから、それでも久乃は誰かに聞かれるのを憚るように小声で話す。

「頑張った下地に……なぁ。ホンマ、美織ちゃんってエゲつないなぁ」

「なによ、ウソは言ってないでしょ？」

「そやけど……あの子、戻ってきたら驚くやろなぁ」

　久乃の言葉に、美織は司の表情を想像して……頭をぶんぶんと振った。

「可哀想だけど、こればかりはしょうがないじゃない……それにアイツがいくらこのお店が好きでも、もう出来る事と言えばこれぐらいしかないもの」

　それより業者もそろそろ来るはずだし、私たちもさっさとやるわよと美織はゆるふわロングの髪を揺らして、店の中へ入っていく。

「あ、ちょっと、待ってぇなぁ」

　美織を追いかけようとして、久乃はふと、もう一度司が消え去った方向へ向き直る。

　そして一言。

「……堪忍やで、司クン」

　久乃の謝罪の言葉は三月のいまだ明けぬ夜空に踊り、やがて誰の耳にも届かず消え去った。