1-3:暴れん坊店長登場

「……やってくれたわね」


 久乃の介抱で幸いにもすぐ意識を取り戻した美織。

 しかし、その怒気を孕んだ第一声はオロオロするばかりの司を思わず「ごめんなさい」と土下座させるに十分だった。


「まったく。こっちは優しく介抱してあげたというのに、その仕打ちがこれとは。いい根性してるわね、あんた」


 土下座する司に、美織がいまだ久乃のふとももに後頭部を乗せ、両手両足をぐてんと床に放り投げた姿勢のまま苛立ちをぶつける。


 司は額をますますぐりぐりと床に押し付け「ごめんなさい」を連呼した。


 正直なところ、司は状況を正しく理解できていなかった。

 本日最後のお客さんだった女の子が数時間後に戻ってきたと思うと、勝手に鍵を開けて入ってきた……覚えているのはここまで。

 次に気付いた時は、何故か床に座った女の子の胸に頭を埋めるように眠っていて、慌てて飛び起きたら女の子の顎に頭を打ち当ててしまった。


 だから美織にスタンガンで気絶させられたことも覚えてないし「介抱してあげた」という言葉も司は素直に信じた。

 久乃の「美織ちゃんこそいい根性してるなぁ」って呟きは、残念ながら司には聞こえなかった。


「ごほん」


 もっとも美織には聞こえていた。

 もちろん無視する。


「でもね、私だって鬼じゃないわ。あんたがどうしても許して欲しいと言うのなら」

 

 美織の「顔をあげなさい」という命令に、司は素直に頭をもたげる。

 美織は起き上がると、小さな背丈をめいいっぱい伸ばして胸も張りつつ両腕を組み、両足は若干開き気味の所謂ガイナ立ちを決めた。


 久乃から見るとちっこい美織が精一杯偉そうに振る舞う姿は実に微笑ましい。

 が、司にしてみれば目の前で仁王立ちする女の子の姿はどこか神々しく見えた。

 なんせ怒られて萎縮しているところへ、許しを与えられようとしているのだ。この蜘蛛の糸を逃すわけにはいかない。


 そう、司はすっかり美織に上手く操られていた。

 

 そんな司に美織は自信満々に言い放つ。


「許して欲しいなら、今からライバル店で行列してるお客さんたちに、私が作った素晴らしいチラシを配ってきなさい!」


「……はい?」


 さすがに意味が分からなかった。




「え? この子が店長代理なの!?」


 勢いばかりで大切なものを無視した美織のやり方に、久乃は溜息をつきながらフォローに入った。

 初対面の相手に必要なもの。

 言うまでもなく、自己紹介だ。


「ちょっと、何よ、その驚きは? それに『この子』って言い方、あんたみたいなガキに子供扱いされたくないわ!」


「ガキって……いや、だって、キミ、僕より年下」


「失礼ね。私はこの春、ちゃんと中学を卒業したわよっ!」


「同い年!?」


 驚いて美織を凝視しようとしたものの、司は突然の獣の気配にはっとする。


「くらえっ!」


「うわああ!」


 慌てて後ろに飛び退く。おかげで司の急所を狙った、美織のえげつない蹴りをかろうじて避けることが出来た。


「ちっ。ゲスを仕留め損ねた」


「ゲスって……」


「不躾に女の子の年齢を聞いた挙句、ジロジロ見てくる奴をゲスと呼ばずになんと呼べと?」


「う……」


 行動が異常な割には言うことはもっともで、司は言葉を失う。


「とにかく私はお祖父ちゃんの代理とは言え店長なの! 私のことは店長様、もしくは美織様と呼ぶがいいわ」


「店長……この子が店長……」


 つい先ほど「この子」呼ばわりで怒られたのも忘れて、司はつい呟いてしまう。

 さすがにまたまじまじと見るのは自重したが、色々とショックを隠しきれない。


 店長代理がもうすぐやってくるとマスターが言っていた。

 代理とは言え、店長だ。きっと立派な社会人の方が来るものだとばかり思っていた。

 だからこそお店を改善出来るはずと期待していたのだけれど……まさかそれがマスターの言っていた『自分と同じ年齢で、やはりゲーム馬鹿の孫娘』だったなんて。


 確かにやる気はあるようだ。

 でも、あの先輩たちをどうにか出来るとは思えない。

 表面では素直に従いながらも、影では相変わらずな先輩たちの様子が簡単に想像できる。


「……なによ、私じゃ不安だって顔をしているわね?」


 司の心境を機敏に読み取った美織が睨みつける。


「え? いや、そういうわけじゃ」


「ふん。そういう顔をしてたじゃない。いい? 私は店長。だから全てを知っている。このお店の経営状況はもちろん、アホなバイトたちがお店の商材を盗んだり好き勝手やってることだってお見通しよ」


 驚く司に、店長なんだから当たり前と胸を張る美織。そして久乃は内心「万引きはさっき知ったばっかりやけどなー」と舌を出す。

 でもすぐ「そやけど美織ちゃんはホントはったりが上手いなぁ」と出した舌を巻き戻した。


「だけどそれも昨日まで。私が来たからには絶対この店を立て直すんだから!」


 美織が久乃に視線を飛ばす。

 それだけで美織の意図を理解した久乃は、お店の外に置いておいた手提げ袋を持ってきた。


「?」


 美織の迫力に圧倒された司が見守る中、美織は袋から一枚の紙を取り出す。


「このチラシはその第一歩。見てみなさい、私の大胆なアイデアを!」


 手渡されたチラシに目を走らせる司。

 その瞳を大きく見開くのに、そう時間はかからなかった。

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