1-2:この証拠品が無罪を証明している!
「悪は滅びよ!」
閉店時間をとうに過ぎたお店に戻ると、何故か店内に明かりが灯っていた。
バイトたちは消灯もせず帰ったのかと憤慨しつつ中を覗くと人影らしきものが見える。
まさか泥棒?
こんな時に! とさらに苛立ちながら目を凝らしたら、人影の正体が見覚えのある男の子だと分かった。
お店のバイトの子だ。その丸坊主頭、そして胸のネームプレートの『香住司』って名前に「ああ、この子が……」と思ったのをを覚えている。
他のバイトたちと違って真面目に働いている様子にちょっと感心したものだ。
が、それだけに深夜の店内で商品を物色している姿は、ますます美織を怒らせた。
「ふざけんじゃないわよ!」
鞄から護身用のスタンガンを取り出すと、同行者が何か言っているのも無視して開錠。
そして問答無用で坊主頭の新人バイト・司を一撃のもとに失神させた、のだが……。
「あ、いや、ちょっと……いやぁぁぁぁぁ!」
勝鬨をあげた次の瞬間には、逆に叫び声を上げていた。
気を失った司が美織にむかって、前のめりに倒れこんできたからだ。
気は人一倍強いが、体は同年代の子よりひと回り以上小さい美織。
司も同年齢の男の子と比べたらかなり小柄で華奢、下手すれば女の子と間違われそうな体つきだが、それでも美織より背丈も体重もある。
そんな司に、しかも失神して全体重を預けられては小柄な美織が支えられるはずもなかった。
「きゃあああああ!」
抵抗虚しく司に押し倒されてしまう美織。
「いたた。もうなんなのよ一体。倒れるなら人に迷惑にならないよう倒れなさいってーの。……って、ちょっと、
なんとか上体を起こし、美織は同行者・
久乃は入り口で苦笑していた。
美織は「久乃」と呼び捨てにしたが、年齢は明らかに美織や司よりも上。夜分遅くでも決して崩れない化粧を施し、美しい黒髪をスーツの背で遊ばせる大人の女性だった。
「うーん、助けろって言うけど、どっちを助けたらええのん?」
その大人な女性の久乃が妙にトロい関西弁で、美織にしてみればトンチンカンな言葉を返す。
「何言ってんの! 私を助けるに決まってるでしょ!」
「えー、なんでぇ?」
「なんでぇって見れば分かるじゃない! 私が被害者でしょう!?」
「そやろか? うちにはむしろ美織ちゃんが加害者に見えるんやけどなぁ」
どうにも噛み合わない会話に両手を振り回して抗議する美織の側へ、久乃はすすーと近付きながら問う。
「大体なんで美織ちゃんはその子に怒ったん?」
「久乃ぉ、もういい加減に」
「美織ちゃん、あかんでぇ。会話はキャッチボールや。今はこっちが質問してるんやから、ちゃんと答えなハンシンさんに怒られるでぇ」
ハンシンさんは怖いでぇ、必殺ロッコーオロシはありとあらゆるもんを全て摩り下ろしてしまうんやとは久乃の弁。何か色々と間違っている。
が、美織にツッコミを入れる余裕はない。それよりも早くこの重い肉塊から助け出して欲しかった。
「なんで怒ったって、だってこいつがお店のものを盗もうとしてたから……」
「ほんまに?」
「本当よ! 久乃だって見たでしょ、こいつが真夜中のお店に一人残って商品の棚を漁ってるところを!」
「うん、見たなぁ。そやけど、だからって泥棒って決め付けんのはどうやろか?」
久乃は美織を見捨てて、歩みを進める。
ああっ! と、救いを求める美織の右手が空しく宙を舞った。
もっとも久乃はすぐ近くの床にお目当てのものを見つけると、拾ってすぐ戻ってくる。
「美織ちゃん、これ、なんやと思う?」
手にしたものを美織に渡す。
美織はしぶしぶ受け取り、軽く目を通して一言。
「なにこれ? こいつの欲しいものリスト?」
「なんでやのん!?」
ぽこりと力の抜けた久乃のツッコミが、美織のおでこに振り下ろされる。
「これはこのお店の在庫リストやん。よく見てみ、タイトルの横に在庫数がプリントされとるやろ?」
「あ、本当……」
改めてよく見ると、久乃の言う通りだった。
数字の横に○印がついているのは、在庫通りってことなのだろう。でも、それだと……
「ちょっと、ってことは何? この在庫数の横にマイナスが付いているのって……」
「まぁ、それがこのお店の現状ってことやろうなぁ」
慌ててリストを何枚もめくり、美織は言葉を失った。
ざっと見ただけでも二十は下らないタイトルに、マイナスが表記されている。
店長不在で色々いい加減になっているだろうなと予想はしていた。けれど、まさかここまでとは。
ひとつ、ふたつの在庫誤差ならばまだしも、これだけの数が発生しているとなれば理由はもうひとつしかない。
「
「まぁ、そういう考え方もあるなぁ。でも、その子は他の輩とは違うようやで?」
久乃の言葉に、美織はいまだ自分の胸の中で失神している司を見下ろす。
視察していた時から感じていたが、改めて近くで見てもそのあどけない顔付きから人の良さが伝わってくる。
坊主頭なのも運動部員というわけでもなく、単純に校則で「望ましい」とされているからに違いない。
今回の件だってネコババしている他のバイト達に気付かれないよう、こんな夜中にやっていたのだろう。
そう想像すると思わず
「真面目かっ!」
美織は目の前で気絶している坊主頭にチョップをかましていた。
「なんで、そこでツッコミが入るんー!?」
「いや、だってこいつ真面目すぎるし」
「真面目でええやん……って言うか、これで美織ちゃんも分かったやろ? この子、泥棒とちゃうって」
「う……それはまぁ」
ばつが悪そうにそっぽを向きつつも、美織は自分の勘違いを認める。
「その子が起きたらちゃんと謝るんやで?」
「で、でも、だったらちゃんと言ってくれれば、私だってあんな」
「言う前にスタンガンかましたのは美織ちゃんやろ。悪いことをしたんや、ちゃんとけじめはつけんと、な?」
美織の言葉を途中で遮って、久乃がのんびりとした中にも有無を言わさぬ口調で美織に言い聞かせる。
「……分か」
さすがの美織も承諾せざるを得ない、まさにその時だった。
不意に意識が戻った司が、がばぁと頭をあげた。
コクンと頷こうとした美織の小さな顎。
対して勢いよく持ち上げた司の坊主頭。
どちらが強いかは言うまでもなく――
「ぐはぁ!」
顎をカウンターのタイミングでカチあげられ、両手を上げて上半身を後ろに倒れ込む美織。
「ぐへ!」
そして後頭部を床で強かに打ち。
「きゅう」
床にゆるふわロングの髪の毛をぱあぁと広げ、今度は美織が気を失う番だった。
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