ぱらいそ～戦うゲームショップ！～Ｒｅｍａｓｔｅｒ

第一話：きゃっち・ざ・はーと

1-1：ゲームショップは今にも死にそうだ！？

「ありがとうございましたー！」

　蛍の光が流れる中、新人バイトの司が元気な声で本日最後のお客様に挨拶する。

　お見送りをした客は、夜の十一時という時間には似つかわしくない年頃の女の子。その小柄な背丈から察するに、おそらく中学生だろう。

　ゆるふわロングの髪を揺らして一時間ほど店内を見回っていたが、何も買わずに帰ってしまった。

　その後ろ姿を司は複雑な気持ちで見送る。

　ご利用がなかったことに不満を感じているわけではない。

　ただ、どこか不機嫌そうにしていたのが気になったのだ。

　欲しい商品がなかったのだろうか？

　あるいは値段が高すぎる、とか？

　それとも店内の汚れが目立つとか、雰囲気がよくないとか……考えれば考えるほど幾らでも理由を思いついて気が滅入ってきた。

　そしてこんな遅い時間に大丈夫かなぁって不安も、なきにしもあらず。

　うん、顔見知りでもないのに変かもしれないが、やはり紳士たるもの、念のため家まで送ってあげるべきだよね……いや、ホント、ジェントルマンとしてね、下心とかそんなんじゃなくてね。

　だが、そうもままならない事情が、司にはあった。

「おっしゃー終わった！　じゃあ司、後はよろしくな！」

「急げ急げ」

　本日最後のお客様が帰るやいなや、それまで仕事もせず無駄話に花を咲かせていた大学生アルバイトふたりが閉店作業もせず、急ぎスタッフルームへと入っていく。

　その様子に司が呆れていると、ほどなく私服へ着替えたふたりは

「お先―！」

「しっかり施錠しろよ！」

と帰ってしまった。

　彼らの手には全国展開している巨大複合店の、明日新規オープンセールを謳う折込チラシ。ＤＶＤやＣＤのレンタルが主力だがゲームも取り扱っていて、超お買い得商品の数々がチラシにでかでかと載っていた。

　オープンセールの大判振る舞い、ってヤツだ。

　つまり先のふたりはかのセール商品を狙い、今夜のうちに並ぼうと急いでいたのだった。

　一番年下で新人の司に、閉店作業を全部押し付けて……。

「…………」

　デモ機の電源を落とし有線放送も切った途端シーンと静まり返る店内で、司は黙々と仕事をこなす。

　防犯の為に入り口の鍵を締め、床にモップをかけ、ソフトの陳列の乱れを直す。

　売り場での仕事を終えるとカウンターへ。そしてレジからお金を取り出し、今日の売上げを計算したところで

「はぁ」

　ついに心のうちが溜息として零れ落ちた。

　今、ゲームショップは存亡の危機を迎えている。

　新作ソフトがほぼ毎週発売され、数年おきに次世代ゲーム機も発表されるなど、傍からすれば賑やかに見えるゲーム業界。

　が、ゲーム専門店や個人経営のゲームショップは、大型複合店舗の地方進出やネット通販、ダウンロード販売、さらにはスマホゲームなどにユーザーを取られ、かつてないほど苦戦を強いられている、

　時代の流れと言えば、それまでかもしれない。

　それでもゲームショップには他では味わえない、ゲーム好きには堪らない独特の空気感や居心地のよさがある。

　そんな良さを多くの人に知ってもらえれば、まだまだゲームショップはやっていけると司は思っていたのだが……。

　まだバイトを始めて一週間、高校生活に至っては入学式も迎えてないのに、早くも心が折れそうだった。

　まず、本日の売上げも絶望的だった。

　今日だけならまだ運が悪かったと諦めもつくが、この一週間毎日がこんな有様。

　正直、いつ閉店してもおかしくないレベルだ。

　そんな状況に今こそ店員の力で店を盛り上げていきたいところだが……先のふたりを見ても分かるように、スタッフの士気は売上げ以上に深刻だった。

「ああ、マスター、これ相当な無理ゲーですよ……」

　司は思わず天を仰ぐ。

　このバイトが決まった時、司はマスターと会えるのも楽しみにしていた。

　しかし、マスターは「今はまだ会う時ではないのぉ」とはぐらかし、同時に「ワシはもう引退した身じゃ」と店舗運営への介入もしないと告げた。

　ただ

「近々ワシの代理がそちらに行く。きっと面白いことになるはずじゃぞい」

　と、近く店長代理が来ることを示唆してくれたのが、今のところ唯一の希望となっている。

　もっともいくら優秀な人が来ても、果たしてどうなるかは分からない。

「と、嘆いても仕方がないよね」

　司はわずかばかりの売上げを金庫にしまうと、制服の上からコートを羽織った。

　まだ三月下旬。節約の為、暖房を切った店内はこれからどんどん温度が下がってくる。

　防寒対策をばっちりしてから、閉店作業中に打ち出しておいた在庫リストを司は手に取った。

　実はもうひとつ、お店が抱えている問題がある。

　在庫誤差だ。

　偶然発見した時は、単なる誰かのミスだと思った。

　もしかしたら自分かも、と思った。

　だから先輩たちから「ああ、よくある。心配するな」と言われた時はちょっとホッとしたものだ。

　が、それも二個、三個と連続で見つかれば話は違ってくる。

　にもかかわらず先輩たちは別に原因を探ることもなく、皆一様に「よくあること」と言って何もしない。

　さすがに「これはマズイ」と司は思い直した。

　そもそも最初の一個だって「よくあること」で済ましていいわけがない。

　ましてやそれは九個売れても一個売れ残れば利益が吹っ飛ぶ新品だったのだ。

　そんなのがひとつ足りないとなれば、懸命に探したり、原因を突き止めるのは当たり前だろう。

　なのに何もしないのは、あまりにおかしい。

　理由を推測すれば、おのずとひとつの答えが見えてくる。

　内部スタッフの犯行……まず間違いない。

「はぁ」

　嘆いても仕方がないと言いながら、司は数分ぶり今宵二度目の溜息をついた。

　本来、バイトを始めて一週間の司がここまでする道理はない。

　でも、司にはマスターから店を任されたという正義感があった。

　加えてなんだかんだでこの店が好きになっていた。

　古ぼけた、昔懐かしい感じのゲームショップ。

　今時トレカなどの副商材を扱わない、純粋にゲームだけで運営している店はとても珍しい。

　それだけゲームを愛している証拠だ。

　同じくゲームを愛する者として、この店を潰すわけにはいかない。

　時間がどれだけかかっても、かつて叔父の店で見たような賑わいを『ぱらいそ』に復活させたいと司は思った。

　その為にはまず問題点を洗い出し、改善しなくてはいけない。

　たとえ不正を暴いても一番年下で、体つきも華奢な司では何も出来ないだろう。

　無駄に先輩たちから疎まれるのがオチだ。

　だけど、在庫誤差の現状を突き止めておき、結果を新しく来る店長代理に伝えればきっと何とかしてくれるに違いない。

　ライバル店のオープンセールでほとんどの先輩が徹夜で並びに行っている今夜は、彼らに知られることなく現状を把握するチャンス。

「よし、やろう！」

　在庫リストを手に、司はひとつ気合を入れた。

　在庫チェック、俗に言う棚卸しは地味な作業だ。

　リストに記された商品が、リスト通りの数だけちゃんとあるかどうか。在庫棚や展示棚をひたすら確かめていく。

　重要ではあるが、単調で眠くなる仕事だった。

　が、司は根っからの真面目人間。

　深夜だが睡魔に襲われることもなく、ひたすら作業に没頭していた。

　ところが。

　ガチャガチャ。

　在庫チェック開始から二時間ほど経った頃。

　突然、入り口扉の鍵が開錠される音に司はビクンと体が反応するぐらい驚いた。

　先輩の誰かが忘れ物でも取りに来たのだろうか？

　それとも……もしかして泥棒？

　どちらにしても、司にとっては都合が悪い。

「……え？」

　が、扉を開けて入ってきたのは、見知らぬ女の子だった。

　ムスっとした表情を浮かべながらも、くりっとした瞳や形の整った鼻、染みひとつない頬はふっくらと奇麗な曲線を描き、蕾を思わせる唇はつやつやしていて、いわゆる美少女と呼ばれる要素を完璧に満たした女の子。

背格好から中学生くらいだろうか。

とても泥棒には見えないし、ましてやこんな美少女の先輩もいない。

混乱する司をよそに、女の子はゆるふわロングの髪の毛を揺らして近付いてくる。

と、その姿にほんの数時間前の記憶が突然蘇った。

（そうだ、閉店間際に帰ったお客様！）

　思い出した時には、司と女の子の距離は目と鼻の先になっていた。

　呆気に取られる司の鼻腔を心地よい香りが擽る。

　これってこの子の髪の毛の匂いなのかなと思っていると、不意に女の子がニコッと笑った。

　そして次の瞬間、司の体に電流が走る。

　それは文字通り司の体を稲妻の如く駆け巡った。

　かくして司は突然現われた女の子にスタンガンを押し付けられ、あっさり意識を失った。