第六話:ひと狩り行こうぜ

6-1:モンスターが集まらない!?

「ごちそうさま!」


 今日も久乃の手料理を堪能した美織は、一目散に自分の部屋へ駆け込んでいった。


 そしてすぐリビングへ戻ってくると、


「ひゃっほう!」


 ソファの背もたれをベリーロールで飛び越し、そのまま仰向けにシートクッションへ着地。ジャンプしながら起動させた携帯ゲーム機を寝転びながら頭上に掲げ、


「さぁ、ひとり行くわよ!」


 いまだ食事中の連中に向かって、意気揚々と呼びかけた。





 時は流れ、季節はすでに秋から冬へと移り変わろうとしていた。


 一昔前まではクリスマス商戦に向けて、メーカーが必死になって開発の追い込みをかける時期だった。

 が、最近は十二月を前にして、ビッグタイトルの発売が目立つようになっている。


 そうなった理由は様々だ。

 十二月の新作ラッシュでユーザーの奪い合いを避ける為かもしれないし、近年のグローバルな展開を見越しての戦略かもしれない。アメリカではクリスマスよりもサンクスギビングと呼ばれる十一月の第四木曜日あたりが一番ゲームの売れる時期となっていて、なんとこの時期の売上げは年間のおよそ半分にも及ぶそうだ。


 しかし、結果としてこれが大成功した。


 ゲームは基本的に発売週が勝負である。

 が、子供は発売日に必ずしも買えるわけではない。だからクリスマスプレゼントにゲームソフトをサンタさんにお願いするのだ。


 クリスマス時期に発売すれば、売れる時期はその発売週限り。

 ところが十月や十一月に発売することによって、発売日とクリスマス時期という、ふたつの売れる時期が出来る。


 かくして近年は秋から冬にかけての時期に大作がよく発売されるのだ。


 そして今、美織が夢中にプレイする『モンスター×ハンター』(通称『モンハン』)もまた、そんな時期に発売されたビッグタイトルである。


 プレイヤーはモンスターか、あるいはそれらを狩るハンターとなってパーティを組み、CPU戦はもちろん対戦も楽しむことが出来るこのソフト。初週に二百万本以上を売り上げ、発売から数週間経った今でも予約しないと買えないという異例の大ヒットを飛ばし続けている。


 もちろん美織は店長特権で発売日前日に手に入れ、寝るヒマを惜しんでプレイしていた。

 おかげで今や美織の操るキャラはとんでもない強さを誇る。


『モンハン』ではモンスターとハンターそれぞれ一キャラずつ作って育てることが出来るのだが、美織は圧倒的にモンスター側のプレイヤーだ。


 育成が難しく、しかも強くなるまで相当な時間と手間がかかる竜族をこつこつ強化し、ついに辿り着いた竜族の最終進化形・ギガンディレス。

 このモンスターの頂点に立つ天空の覇者を操り、ネット対戦で挑んでくるハンターユーザーたちを返り討ちにする通称『ひとり』が、美織の最近のお気に入りだった。


 そんな『モンハン』のめくるめく世界を今日も仲間たちとキメようとした美織だったが……。




「あ、ごめんなさい。僕、今日はちょっと」


 いきなり司が美織の出鼻を挫いた。


「えー? あんたもギガンディレス使いを目指すんでしょー。だったら一日たりとも怠らず努力しなきゃ!」


「でも、そろそろ期末テストが始まるんですよ」


「何言ってんの? 試験と『モンハン』、どっちが大切なのよ、あんたは?」


「…………」


 もちろん期末テストである、まともな人間なら。


「仕方ないわねー。んじゃ、レン、あんたはもちろんテストより『モンハン』よね?」


「まぁ、そのふたつなら迷わず『モンハン』だな」


「だよねっ! さすがはレン、あんたならそう言ってくれると信じて」


「だが、すまん。今日はこれから夜稽古なんだ」


「……はい?」


「近くに実家と同じ流派の道場があって、前から稽古をつけてほしいって頼まれてたんだよ。だから悪ぃな、今夜はパスだ」


 つれなくレンにもフられて、美織はぷぅと頬を膨らませる。

 ゲーマーなふたりに共闘を断わられるとは、思いもよらぬ事態だった。


「むぅ、だったら葵、今夜はあんたのキャラを特訓するわよ」


 司たちと違ってゲームより絵の方が最優先な葵は、それほど『モンハン』にどっぷりってわけではない。

 キャラの育成具合は格段に落ち、戦力になるかと言われると、正直微妙なところだ。


 それでもこれまで幾度となく一緒にひとりした仲である。

 美織のギガンディレスに挑む熟練ハンターたちを相手にするには、得体の知れない輩との野良パーティでは心もとない。

 まだ葵の方がマシだった。


「ごめん。あたしも今夜は用事が……」


「ええっ!? あんた、いかにも一夜漬けってキャラじゃん! 真面目にテスト勉強するような性格じゃないでしょ?」


「ひどい偏見だ! ……まぁ、その通りだけど」


 だったら偏見ではないんじゃないか、それは。


「でも、そろそろ次の『月刊ぱらいそ』に手を付けないと締め切りに間に合わないんだよ」


「そんなの、明日やればいいじゃない」


「一日でも遅れると後で地獄を見るんだよっ」


 これも全部配布日を勝手に決めた人のせいだと、葵はジト目で美織を睨みつける。


 夏のライブイベントで配った葵の小冊子漫画『ぱらいそ』。

 その名の通りぱらいそを舞台にした漫画で、当初は不定期連載を予定していた。


 が、次回作の問い合わせの多さにキレた美織が、毎月二十日に新作を配布すると勝手に決めてしまったのだ。


 おかげで毎月二十日から数日間、『月刊ぱらいそ』を求めに多くのお客さんがやってきて、さすがに冊子だけ貰って帰るのは気が引けるのか、ついでに買い物をしてくれて売上げが格段に伸びた。


 が、そのつけは当然、全部葵にやってくる。


 これまで年に二回の薄い本しか描いたことがないのに、いきなりの月イチ連載……数ページのコピー本とはいえ、葵が怒るのも当然だろう。


 まぁ、美織は例によって聞く耳持たず、また破格な執筆料を提示して葵を説得したのだが、さすがに多少の負い目は感じているらしい。

 今日のゲームに誘うのは諦めた。


 となると残るは……。


「ごめんねー、なっちゃんも今夜はこれから合コンなんだー」


「あ、そう」


 美織は軽く溜息をついた。


 誘う前から断わられたことに、ではない。

 一瞬でも奈保に頼ろうとした自分に呆れたのだ。


 奈保もぱらいそでバイトするぐらいだから、ゲームはそこそこやる。

 ただ、そのプレイは美織たちの理解を超えていた。


 格ゲーをやれば、まず当たらない派手な技ばかり繰り出す。

 レースゲームをやれば、軽自動車でランクの低いレースだけを遊んでいる。

 MMORPGでは「イケメンハンターギルド」とやらに入って、ただひたすらイケメンキャラと一緒にスクリーンショットを撮っていたりする。

 そして『モンハン』ではフェアリーという空を飛ぶモンスターで、別に戦うわけでもなく、戦場をあてもなく飛びまわっていたりするのだ。


 本人はとても楽しそうだが、戦力としてはまったく役に立たないのであった。


「あー、もう!」


 とにもかくにも、せっかく食後のひとときを『モンハン』で楽しもうと思っていたのに、全員から協力プレイを断わられた美織は一気に不機嫌になった。


「あんたたち、それでもゲームショップの店員なの!? やれテストだ、稽古だ、漫画だのって、そんなのをゲームよりも優先するなんて、恥を知りなさい、恥を!」


 顔を真っ赤にして吠えたてる。


「そもそもあんたたちがそんなのだから、いつまで経っても買取キャンペーンを出来るのが私だけ」


「じゃあ、そろそろ帰りますね」


「ゴラァ、司ァ! 私の話をぶへっ!」


「こら、美織ちゃん、女の子がチンピラみたいな声を出したらあかんでー」


 久乃がよいこらしょとソファに寝転ぶ美織のおなかに腰掛け、年頃の女の子にあるまじき怒鳴り声を注意した。


「ちょっと久乃、いきなり上に乗ってくるなんて反則」


「んー、聞こえへんなぁ。いまのウチの耳は、素直な謝罪の言葉しか聞こえへんでー」


「なによその耳は!? てか、重い、重い! つ、つぶれるー」


「あーん? なんやてぇ? このうちが重いやてぇ?」


 久乃が目をかっと見開いた。

 かと思うと急に立ち上がって、寝そべっている美織をえいやっとひっくり返す。


「謝罪以外も聞こえてるじゃない!」とツッコミを入れる美織だったが、うつ伏せにさせられた背に久乃が乗ってくるに至って、嫌な予感に冷や汗が流れた。


「ちょ、一体何をするつもり!? ま、まさか……」


「ふっふっふ、すぐに謝らなかった美織ちゃんが悪いんやで……」


「や、やめてよ。もうそんな歳じゃ……てか、みんな見てるし!」


「そやなぁ。せめてもの情けや。司君には退室してもらおか」


 久乃が、普段の姿からは想像出来ない嗜虐的な笑みを浮かべ、司に「うちらには構わず帰ってええよ」と声をかける。


 その言葉に「とっとと帰れ」というニュアンスを汲み取った司は急いで食事を終わらせると、そそくさとリビングを去った。




 ぱしーん。


 うぎゃー。



 エレベータまでの廊下の途中、司は何かを平手で強かに叩きつけるような音と悲鳴を聞いたような気がしたが、美織の名誉のため気のせいにするのだった。

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