5-12:アイドルはやめられないっ!

 一時はどうなることかと心配したライブだったが、無事大成功に終わった。

 しかし、司の歌声を外のスピーカーで流したのはやりすぎだったようで、その対応にぱらいそは一日中追われることになった。


 と言っても、苦情ではない。

 逆だ。


 司の歌声を聞き、それまでライブに興味を示さなかった街の人たちまでもが次から次へと押し寄せ、小冊子がなくなっても見に来るお客さんが絶えなかった。


 おかげで本来なら一回だけのライブのはずが、結局一日中やる羽目に……。

 さすがに途中何度も休憩を挟んだとはいえ心底くたくたになって、閉店と同時にみんなステージ上で大の字になって寝転がった。


 葵なんてうつ伏せに倒れたまま一ミリとて動かない。


「返事がない。どうやらただの屍のようね」


「……だ、誰が屍、だ……」


 それでもツッコミキャラとしての矜持はなんとか保っているようだ。


「それにしてもマジでキツかったな」


 みんなの中では断トツに体力があるレンすらも、そんな感想を零す。


「なっちゃん、もう動けないよー」


 バンザイした格好で寝転ぶ奈保の胸が呼吸に合わせて緩やかに上下する。


「美織ちゃん、頼むから今度からはもうちょっと考えて行動してやぁ」


 久乃の言葉に、みんなも横になりながら大きく頷いた。


「なによ、私はいつだってちゃんと計算して行動してるわよ」


 美織の反論に誰も答えないが、みんな心の中で「ウソだ」と思っているのは明白だった。


「っていうか、そもそもあんなに集まるなんて予想出来ないでしょー。そう、今回のは全部、葵が悪い」


「……無茶言うなー。あたしはただ漫画を描いただけなのにー」


 死にかけながらも、責任転嫁されてはたまらないと葵が抗議する。


「うっ……じゃ、じゃあ、レン。あんたがもっと私たちを鍛えておけば」


「眠いからって朝練を何度もサボったヤツの言葉じゃないぞ、それ」


「なっ……だ、だったら奈保の考えたダンスがハードすぎたんじゃ」


「えー、みんな『楽しい』って言ってくれてたのに、今さらそれはないよー」


「ぐっ……ならば久乃」


「美織ちゃん、それ以上言ったら、今度から美織ちゃんだけ夕食のおかずを一品減らすでぇ」


「それはあんまりじゃない!?」


 美織ががばっと上半身を起こして、久乃を恨めしそうに睨む。

 が、すぐにまたどたっと寝転ぶと、


「はいはい、分かりましたよ。今回は私の考えが色々と甘かったと認めるわよ」


 珍しく白旗を振った。


「店頭で告知しただけなのに、まさか葵の漫画目当てであんなに集まるとは思わなかったし、ライブも終日やるなんて想定外だった。そもそも向こうがアイドルを担ぎ上げてきたから思いついたイベントだったし、練習期間も短すぎたと思う」


 美織のひとり反省会が始まる。


「それに『見たくないなら帰れ』も我ながらマズかったわ。ついカッとなって言っちゃったけど、さすがにあんな反応を見せられたら私も後悔したもん」


 美織の反省を、みんなは黙って聞いていた。


「そしてトドメは司のアカペラを街頭放送したこと。アレがなければもっと早くライブを終了出来たでしょうしね」


 でも、と美織は横に寝転ぶ司をチラっと見て想いを綴る。


「だけどアレは仕方ないでしょ? だってライブを見ずに帰った連中を呼び戻したかったんだもん」


 少し顔を赤める美織。が、すぐにいつもの様子に戻ると、今度はしっかり司を見つめて


「だから司、あんたには感謝してる。今回はあんたに助けられたわ」


 心からのお礼を口にした。


「……店長」


「なに?」


「あの……ボク、楽しかったです」


 さりげなく、それでいて嬉しさをかみ締めるような司の呟きに、美織も破顔する。


「私も! 私もすっごく楽しかった!」


 今は立ち上がるのすら億劫なほど疲れているけれど、身体を支配するのはそれだけではない。

 やり遂げたという充実感。

 みんなに楽しんでもらえたという幸福感。

 そしてなにより自分たちも楽しかったという満足感が身体を満たしていて、今はただその余韻に浸りたかった。

 それは司や美織だけじゃない。


「まぁ、こういうのもたまにはいいよな」


 微笑みながら天井を見上げるレンも。


「今年の夏のいい想い出になるよー」


 気持ち良さそうに身体を横たえる奈保も。


「終わり良ければ全て良しってヤツやなぁ」


 美織たちを温かい眼差しで見守る久乃も。


「……大変だったけど、やった甲斐はあったかな」


 気力・体力ともに限界まで使い果たした葵だって。

 みんな、同じ気持ちだった。


「また、やりましょうね、ライブ」


「「「「「もうこりごりです!」」」」」


 まあ、司だけはライブの楽しさに味を占めすぎた感があるのだけれども。




「それにしても上手くいったなぁ」


 数十分後。

 ステージには美織と久乃の姿だけがあった。

 ほんの少し前、レンが「さて、風呂にでも入るか」と立ち上がり、奈保が「今日はみんなで一緒に入ろうよ!」と提案し「うう、あたしも連れてってください、お願いします」と懇願する葵にレンと司が肩を貸して、最上階のスタッフ居住区へと上がっていった(なお、司はみんながお風呂に入っている間、空いている客室に軟禁される模様)。


 そんなみんなに美織は「すぐに私も行くから」と言いつつ、久乃と一緒にステージの端に腰掛けて足をぶらぶらさせている。


「そうね。まぁ、色々あったけど」


 美織が感慨深げに呟く。

 今回は美織には珍しく、脇の甘いことが多かった。

 それだけになんとか無事に終えられ、ホッとしているのだろう。


「でも、アレはわざとやろ?」


 しかし、久乃はいたずらっ子の企みを見透かすように、口元をニッとあげる。


「あら、分かっちゃった?」


「そら分かるわぁ。だって『見たくないヤツは帰れ』って言っておきながら、なんのフォローもしないのは美織ちゃんらしくないやん」


 普段なら「でも、見なかったら後で絶対後悔するわよ」とか言って煽るくせにと続ける久乃に、美織は苦笑せざるをえない。


「下手したらそれまでの苦労が全部パァやったのに、ようやるなぁ」


「なに言ってんの」


 その時のことを思い出したのだろう。苦笑いから、満足げな微笑へと表情を変化させて、美織はその意図を吐露する。


「アレで司を覚醒させる為のライブはより完璧になったんじゃない」


 美織から見て、司にはお客さんを惹きつける魅力があった。

 それはなにも女装姿が可愛いだけではない。オドオドした姿やはにかむ笑顔に心が擽られるだけではない。

 何事にも一所懸命だったり、健気だったり、ちょっとした気遣いだったりと、本来の司自身の魅力も合わさって、多くのお客さんに愛される存在になっているのだ。


「なのに司は女装がバレるのを恐れるあまり、お客さんと必要以上に距離を置いてしまっていた。これではその魅力を存分に発揮できないし、何より司自身、ぱらいそを楽しむ事が出来ないわ」


「んー、だったらあのミニスカメイド服を変えたらええんとちゃう? あんな恰好をさせてるさかい、司クンもスカートの中を見られて男だってバレるのを怖がっとるんやろ?」


「それはダメ。あのコスは司の魅力を最大限に引き出しているのよ。変更はありえないわ」


 美織、断固拒否。困ったヤツである。


「それにね、仮に制服を変えても、あいつが女装に罪悪感を感じている以上は同じなのよ」


 恐れているのは正体がバレることだが、その根源には女装してお客さんを騙しているという罪悪感がある。これをなんとかして取り払ってやる必要があった。


「でも、その方法がなかなか、ね。だってあいつド真面目だし、人を騙す罪悪感を払拭させるほど女装に価値観を持たせるなんて、どうにも思いつかずにいたの」


 だけどそこにライバル店にアイドルがやってきた。

 九尾のスマホを見た時、美織は驚きつつも「これは使える!」と閃きが走った。


 ファンを全力で惹きつけ、楽しませるアイドル。

 普段ならテレビ越しにしか見る事が出来ない高嶺の花。

 それが店は違えど、店員という同じ土俵に上がってくる。


 真面目な司はきっと自分と比べて、そのプロ意識の違いにショックを受けるに違いない。


 それでも司なら。

 一度クビになっても諦めず、女装してでもぱらいそで働くことを決めた司なら。

 必ずライバル店のアイドルに負けないぐらい頑張ろうと思うはずだ。


「狙い通りだったわ。あいつはアイドルに負けるもんかと、自らお客さんとの距離を縮めはじめた。罪悪感を払拭した……かのように見えた」


「でも実際は女装しているのを忘れるぐらい頑張ることで、罪悪感を誤魔化してたんやなぁ」


「危なかったわ。下手したら女装がバレるところだったもんね」


 それでも司が弱点を克服しかけているのは間違いない。

 だからそれまでライバル店に対抗し、ちょっとしたお遊び気分でやるつもりでいたライブを「司を覚醒させる為に本気のライブにしてやろう」と決めて、皆に提案したのだった。


「アイドルの基本ってやっぱりライブじゃない? あれってやっぱり自分たちの歌と踊りにファンがダイレクトに反応してくれて、楽しんでくれてる、喜んでくれてる、応援してくれてるってのが肌に伝わってくるからだと思うの。そんなお客さんの反応に、熱狂に、信頼に答えたいという気持ちがアイドルを輝かせ、そして司に罪悪感へ立ち向かわせる力を与えてくれた」 


 ホント、あちらさんには感謝しないとねと美織は口元を吊り上げた。

 ライバル店がアイドルを担ぎ上げて来なかったら、まず思いつかなかったはずだ。


「そやけどこの夏の売上げはむこうに完敗やで?」


「そうね。でも、覚醒した司と人気同人作家な葵を得た今のぱらいそなら、それぐらいすぐに取り戻せると思わない?」


 それにね、と美織の呟きが静まり返ったぱらいその店内に染み込んで行く。


「あいつ、楽しかったって言ってくれたし」


 それだけで美織は「この夏は良かった」と思えるのだった。


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