5-7:チート主人公がいるっ!
シニヨンキャップのおだんご。
チャイナドレスのスリットから覗く健康的なふともも。
そして無駄に元気がいい。
葵を知らない人にこれらの特徴を伝えたら、どのような人物を想像するだろう?
きっと健康的で、明るく、スポーツ大好きなチャイナガールを想像すると思う。
事実、美織たちも葵はそういうキャラだとずっと思っていた。
が。
「……葵、あんた見かけ倒しもいいところね」
軽いジョギングにもかかわらず青白い顔をして倒れこみ、ぜーぜーと息を吐く葵の姿に美織は絶句せざるをえなかった。
あの日、葵は泣きそうな顔をして「自分はオンチだ」と告白した。
試しに誰もが知っているような曲を歌わせてみたら、なるほどこれは酷い。具体的に言うと葵の名誉に関わるので差し控えるが、その歌声を文字で表すならやはり「ぼえー」しかありえなかった。
それでもいざとなれば葵のマイクだけ音量を絞るか、あるいは口パクすればいい話。
メンバー個々のパートもあるが、葵のところは極端に短いセンテンスにすればいいだろう。
しかし、問題はそれだけではなかった。
「ハァハァ……だから……言ったじゃん……オンチだって」
「そんなこと言われても、まさか歌だけじゃなくて運動までオンチだとは思ってなかったわよっ!」
美織は思わず頭を抱える。
歌だけならなんとかなる。でも、体力がこうも壊滅的だと、さすがにライブは厳しい。
アイドルのライブは歌って踊るのが基本だ。華やかさとは裏腹にしっかりとした体力が必要とされる。
バラード調なら動きも少なくて済むが、ぱらいそのテーマソングはいかにもアイドルらしいキャッチーな曲にするつもりだった。
……今からでもバラードに変更すべきか?
いや、と美織はすぐに頭を振った。
普通の曲ならバラードでもいい。でも、今回のはゲームショップであるぱらいそのテーマソングなのだ。聞く人がワクワクする要素で満たされた曲でなければならない。落ち着いた感じの曲では、お客さんの購入意欲を促進出来ないのだ(コレ重要)。
「大体あんた、そんな健康そうな体つきをしていて、どうしてそんなに体力ないのよ? 中学ではなんの部活してたの!?」
「……漫研」
あー、と誰かが納得した声を上げた。
ちなみに漫画も描き続けるには体力がいるが、アイドルのそれとはまた別の体力なのだろう。
「ったく、まるで詐欺にあったような気分だわ」
「それは……こっちの……セリフだよ」
ゲームショップでのバイトのはずが何故かアイドルライブをさせられる……葵の言い分ももっともであった。
葵の件はまったくの予想外だった。
が、悪いことがあれば、良いことだってある。
「あんた、マジで何者?」
夜、リビングで発声練習をする司に、美織は感嘆せずにはいられなかった。
「え?」
いきなりそんなことを言われて困惑する司に、美織は以前に葵に試させた曲を歌ってみなさいと命令する。
戸惑いつつ司はすーっと息を吸い込み歌い始めると。
「ふはぁ、司君、スゴいなぁ」
「おいおい、なんだこりゃ……」
「神様、ズルい……」
思わずみんなして、司が幅広い声域と豊かな表現力で歌い上げるのを最後まで聞き入ってしまった。
「よく考えたら、あんた女装している時はちゃんと女の子の声を出しているもんね。声域が広いのも当たり前か」
やや赤面してふぅと息を吐く司を、美織は呆れたように見つめる。
女装すれば、ホンモノの女の子顔負けの可愛らしさ。
歌を唄えば、まるでギリシャ神話に出てくるセイレーンのように、聞く人の耳を魅了する美声。
おまけに奈保のダンスレッスンでも、他のみんなよりも抜きん出たリズム感を見せ付けている。
これはまるで。
「チートだ! チート主人公がいる……」
特訓一日目で早くも体力的にも精神的にもやつれてしまった葵がぼそりと呟く。
まさにその通りだった。
でも、この際チートだろうがなんだろうがなんだっていい。司がここまでの能力の持ち主だったとは僥倖としか言いようがない。
「いえ、そんな、ボクなんて……」
周りからスゴイスゴイと褒めたてられ、司がカツラの上から頭をかきながら照れくさそうにしている。
その様子に美織は何かを企むかのような笑みを人知らず零すのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます