5-6:ハロー、ゲームショップワールド

「ライブ……え、なんで?」


 美織の突拍子もない宣言にしばし呆気に取られた後、みんなを代表するかのように司が当たり前の疑問を口にした。


「はぁ? そんなことも言わなくちゃ分からないの?」


「……えーと」


 理不尽な反応に司は言葉につまる。

 もちろん葵たちにも意味は分からなかった。しかし口にするのはなんだか癪に触って無言で成り行きを見守った。

 その様子に状況を察した美織は、


「しょうがないわねぇ。いい、私、気付いたのよ。今のぱらいそには大切なものが欠けているって」


 と言って司たちに背を向けると、店内を見てみなさいとばかりに両手を大きく広げた。

 どうやら答えは店内を見回して自分たちで探せ、ということらしい。


『欠けているって……正直、足りないものばっかりだよね?』


『スタッフの数も今のままじゃ厳しいよな』


『なっちゃんは古くなった什器が気になるよ』


『人気ソフトの入荷数ももうちょっと増えませんかね?』


『それは実績配分とかあるから難しいねん。それよりうちは美織ちゃんに常識が欠けているのが一番問題やと思う』


『あはは、言えてる~』


「あんたたち、聞こえてるわよ」


 みんなのひそひそ話に美織はジロリと睨みをきかすと、大袈裟に溜息をついてみせた。


「まったく、揃いも揃ってみんなダメダメね。しょうがない、だったらこれでどう?」


 美織がやにわにカウンターへ足を運ぶと、ほどなくして店内に有線のJポップが流れ始めた。


 なるほど、全然分からん!


「これでどう? と言われても」


 司の言葉に、他のみんなも同じように頭をかしげる。


「マジで!? あんたたち、それでよくゲームショップで働いているわね?」


「うちは美織ちゃんに無理矢理付き合わされたんやけどなぁ」


「オレも美織に騙まし討ちで雇われたんだが」


 久乃とレンが抗議の声をあげる。

 ちなみに葵は素知らぬ顔ですっとぼけて、奈保はただニコニコと笑ってみせている。

 美織の言葉を真に受けて頭を捻っているのは司だけだ。


「いい? 素晴らしいゲームショップに大切なもの、それは歌よ!」


 これはいくら待っても答えなんて出てきそうにないと悟った美織は、仕方ないとばかりに口を開いた。


「歌なら有線でええやん?」


「違うの! 私が言っているのは、お店の歌! ぱらいそのテーマソングよ!」


「「「「「「はぁ?」」」」」」


 一斉に「こいつなに言ってんの?」という反応を見せる司たちをよそに、美織は幾つかの大型量販店や有名ゲームショップの歌を口すさんでみせ


「ホント、今までどうして気付かなかったんだろ、こんな大切なこと」


 と拳を握り締めた。


「ホンマに大切なん、それ?」


「当たり前よ! 久乃、音楽の力の偉大さを知らないの?」


 美織によると音楽は世界をひとつにし、敵対する宇宙人を改心させ、そしてゲームショップでは客の購買意欲を促進させるのだと言う。


「とある漫画家の先生も『ハ○ーソフ○ップワールドの曲を聴くと何か買わなくちゃって気になる』と言っておられたわ」


 ああ、たしかに。


「でも、ライブをするってことは、それをあたしたちが歌うの!? なんで?」


「ふふん、そんなの決まってるじゃない」


 葵の問いに不敵な笑みを浮かべる美織。


「あっちがアイドルを担ぎ上げるのなら、こちらは私たちがアイドルになってやるのよ!」


 あっちとは言うまでもなく、ライバル店のアイドルのことだ。

 そう、つまりはぱらいそテーマソングの必要性を説きつつ、その実は単なるライバル店への敵対心剥き出しの企画であった。


「あー、なるほど、さすがは美織ちゃん。アイドルにはアイドルをってアホかーっ!」


 葵、思わずツッコミボケ。


「アホはあんたよっ!」


 美織がさらに葵の頭をぺちんと叩き、さらにツッコミを入れた。

 その様子に「ほほう、なかなか」と感心する久乃……関西人の性だろう。


「葵、雇い主をアホ呼ばわりとはいい根性してるじゃない」


「それはこっちのセリフだよ。相手はプロだよ? 敵うわけないじゃん!」


「そんなのやってみなきゃ分からないわ。昔と違って今や一億総アイドル時代、私たちにも勝機はあるっ!」


「無いよ、無い無い。相手はテレビにも出ている全国区のアイドルだよ? 対して私たちは一般人、どうやって勝つって言うのさ?」


 葵の意見はもっともだ。

 普通に考えて勝ち目はない。


「分かってないわねぇ、葵」


 でも美織の辞書に普通とか、常識とかって言葉はない。異端児の発想はここでもぱらいそに大逆転のナイスアイデアを……。


「そこを何とかして勝つのが燃えるんじゃないっ!」


「なんにも考えてないんかいっ!」


 今度は葵がツッコミを入れる番だった。


「おいおい、さすがにこれは無謀じゃねーか?」


「そうそう、レンちゃんも言ってやって!」


 あまりの話に半ば放心状態で聞いていたレンが正気を取り戻し、異を唱えるのを葵が応援する。


「あら、戦わずして負けを認めるの、レン?」


「ぐっ! しかしだな」


「アイドルも格闘家も大切なのはここでしょ?」


 美織が自分の薄い胸に親指を突き立てた。


「相手が強ければ強いほど、それを乗り越えようと心が沸き上がる……あんたもそういう人間だと思っていたけど違うの?」


 そんな挑発的なことを言われては、レンも黙るしかない。


「でも僕らがいくら頑張ってもあちらはホンモノのアイドルですよ? 僕たち以上に日頃から凄く努力していると思うんですけど……」


「おっ、待ってました、司クン。君なら美織ちゃんの暴走を――」


「だったら私たちもあちらに負けないぐらい死に物狂いで練習すればいいだけじゃない」


 司ごときに美織を止められるはずもなかった。


「と言うか、どうしてライブをすることが僕の弱点克服に繋がるのかもよく分からないんですが……」


「ふふふ。それはやってみれば分かる、とだけ答えておこうかしら」


 おまけに重要なところをはぐらかされる。


「んー、でも、ぱらいそのテーマソングって、どうするつもりなのかなぁ?」


 奈保の素朴な疑問に、葵が「それだ!」と手を打つ。


「美織ちゃん、幾らかかるかは知らんけど、プロに依頼するような予算はさすがにあらへんよ?」


 久乃の現実的な指摘に、葵が「そうだそうだ、そんな予算があるなら私たちの時給をあげろ」とドサクサに紛れた賃上げを要求する。


「任せなさい、久乃。みんなも見てみなさい」


 しかし、美織は自信満々にスマホを取り出すと、みんなに画面を見せつけた。

 さすがは美織、すでにぱらいそのテーマソングを作ってきていたとはっ!?


「……って、なにこれ?」


「はぁ? 歌詞よ、歌詞。決まってるじゃない!」


「これが歌詞かよ! 『毎日ゲーム、天国だ』って、ダメ人間の日記じゃねぇか!?」


「うっさいわねぇ。ゲームショップで流れる曲なのよ? ゲームがいかに素晴らしいかを伝えて洗脳、じゃなかった、遊びたくなるような歌詞を考えたらこうなったのよ!」


 レンの指摘に美織ががるると吠える。

 そこへ久乃が嫌な予感を感じながらも美織に尋ねた。


「……なぁ、そもそもこれ、歌詞だけなん? 曲はあらへんの?」


「うん」


「うん、って……曲がないと音楽じゃないやん?」


「そうね。だから作曲は久乃、あんたに任せる!」


「あんなぁ、美織ちゃん、さすがのうちでも作曲なんてやったことないで?」


「でも出来るでしょ? 久乃ってピアノも弾けるじゃない」


「ピアノが弾けるのと作曲出来るのは違うんとちゃうかなぁ」


「そうでもないわよ。とあるアイドルアニメでは、ピアノが得意な高校生の女の子が神曲を量産してたもの」


 だから久乃も出来るわよと真顔で言ってのける美織に、久乃はただハァと溜息をつくばかりだった。


「ちょっと、それはアニメの話じゃん。現実的に久乃さんがそんなこと……」


「出来るわよ。だって久乃、なんでもできるから」


 さらりと言ってのける美織の言葉に、みんなの視線が久乃に集まる。

 確かに久乃はぱらいその経理を一手に引き受け、価格設定、仕入れはもちろんのこと、みんなの料理まで作っている。

 さらに美織とレンのゲーム対決の時にはトラックの運転までこなしていた。

 そんなマルチな活躍を見せる久乃だが、さすがに作曲までは……


「しょうがないなぁ、やればええんやろ」


 どうやら出来るらしい。恐るべし、完璧超人。


「よし。んじゃ久乃は作曲をするとして、次に奈保、あんたはダンスの振り付けを考えなさい」


「ふえ? なっちゃんがダンスを考えるの?」


「そう。あんた、エアロビとかやってるでしょ」


 美織の言う通り、奈保はそのプロポーションを保つ為にエアロビクスやら毎朝の軽いランニングなどを欠かさない。


「この中でリズム感が一番あるのはあんたよ。だからダンスはあんたに任せた。それからレン」


「お、おい、オレは作曲とかダンスとか出来ねぇぞ」


「分かってるわよ。あんたにやってほしいのは、私たちのトレーニング」


 美織がみんなを見渡す。


「私たちを鍛えて。なんせ歌いながら踊るんだから、基礎体力つけないとダメでしょ」


「ああ、それなら」


 構わないとレンが頷く様子に美織は満足すると、立て続けに自分が衣装を作ること、これからしばらくは仕事が終わってから毎日発声練習とダンスレッスンをすることなどを勝手に決めていった。


「ああっ! ちょっと、みんな。もう一度よく考えようよぅ? どう考えても無理だって」


 ただ葵だけが最後まで抵抗を試みる。

 美織ほどではないが積極的な性格の葵にしては珍しいことだ。


「葵、あんたらしくないわねぇ。どうしてそこまで反対するのよ?」


 だから、そのしつこさに美織が理由を問いただすと。


「だって」


 葵がこれまた珍しく恥ずかしそうにモジモジしながら、消え入るような声で言った。


「あたし、すっごいオンチなんだよ……」


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