5-5:ライブ・ア・ライフ

「ふむ。なるほど」


「これはなんつーか……」


「パンチラじゃなくて、パンモロだね」


「まぁ、見られたのがお尻だったのが不幸中の幸いやなぁ」


 その日の営業後の店内にて。

 昼間の出来事を再現すべく司にポーズを取らせ、それを取り囲んで観察するみんなの反応はさまざまだった。


 奈保はいつも通りの朗らかさで。

 久乃は苦笑しつつも安堵した様子で。

 レンは平静を装いながら「男のパンチラ姿を観察するってどーなんだ?」と疑問を抱きつつ。

 そして。


「あ、あの……そろそろこのポーズをやめても」


「ダメよ! 今採寸してるんだから我慢しなさい」


「そうそう。あたしも参考資料をゲット中だから」


 涙目の司の訴えを却下し、腰から太腿にかけての採寸をする美織と、今後の漫画活動に役立たせるからとデジカメのシャッターを押し捲る葵。


「ごめんなさい。ごめんなさい。これからホント気をつけます。だからもう勘弁してくださいよぅ」


 司は改めて自分のやらかしたことを後悔するのだった。




「ううっ。酷いめにあった……」


 美織たちの拷問からようやく解放された司が、精魂尽き果てたとばかりに床に倒れこんだ。


「ふふっ、災難やったなぁ。そやけどここ最近の司君はよう頑張ってくれとるよ」


 そんな司を思いやって、久乃がフォローを入れる。

 久乃は締めるところは締めるが、基本的に相手の良いところを褒めて伸ばすモチベーターだ。

 だからこれからもこの調子で頑張って欲しいと続けるつもりだった。


「あー、それなんだけど」


 その久乃の言葉を遮る者がいた。


「司、あんた、頑張らなくていいから」


 美織だ。


「ちょ!? 美織ちゃん、一体なに言いだすん?」


 お店を運営する者としては、従業員には頑張って働いてもらわなくてはならない。

 なのに頑張らなくていいとは一体?


「もしかして僕、クビに……」


 その可能性に気が付いた司が、怯えた目で美織を見上げる。


「うん、それよ!」


 対して美織は満面の笑みを浮かべて、あっさり宣言した。


「そんなっ!?」


 突然のことに言葉を失う司。

 そんな司に代わって


「えー、美織ちゃん、さすがにそれは横暴だよー」


「さっきので男だとバレてないって確認できたじゃねーか。だったらクビにしなくてもよくね?」


「なっちゃんも、司くんは悪くないと思うなー」


 葵たちアルバイト一同が一斉に異議を訴えた。

 男と言えど、司は同じぱらいそで働く仲間。その仲間が不当な理由でクビになるのを黙って見ては……。


「司クンが辞めたら、久乃さんが休んでる時にお店を回すの、あたしだけになっちゃうじゃん!」


「司がいないと九尾がオレにべったりでウザいんだよ」


「男の子がひとりぐらいいた方が、なっちゃん的にも仕事に張りが出るんだけどなー」


 ……うん、結構みんな自分勝手な理由での主張だった。


「まぁそれはともかく。うちも反対やで、美織ちゃん。司君はよう働いてくれとるし、今やぱらいそには無くてはならない戦力や。正体がバレたんならともかく、そんな心配もなさそうやし、クビにする理由がなにひとつあらへんで?」


 最後に久乃も司擁護の立場を宣告する。

 いくら美織が独裁者と言えども、さすがにこうも周りから反対されたら考え直さなきゃならないだろう。


「はぁ、なに言ってんの、あんたたち?」


 しかし美織はそんな抗議など聞く耳持たない。


「誰が司をクビにするって言ったのよ?」


「へ? でも、さっき『うん、それよ!』ってにこやかな顔して言ったじゃん!」


「言ったわね」


「だから!」


「言ったけど、クビに対して『それよ!』って言ったわけじゃないわ。私が言ったのは、こいつの――」


 美織がびしって効果音が聞こえてきそうな鋭さで人差し指を突き出す。


「見る者に『なんか守ってあげたい』って気持ちにさせる仕草や表情のことを言ったのよ!」


 美織の指差した先に、自然とみんなの視線が集まった。

 床にへたりこむ華奢な少女は、一見普通の女の子のように見える。

 が、うっすら涙を浮かべる瞳を大きく見開き「え? え?」と戸惑いを隠しきれない様子でみんなの顔を見上げると、やがてその頬をかぁと赤く染め上げて「そんなに見つめないで下さい……」ともじもじし始めるその子は、歴とした男の子なのだ。


 司の仕草に誰かが堪らず「くはぁ」と声をあげた。


「どうよ、この天然っぷり。レン、あんたにこんな仕草は出来る?」


「無茶言うなよ」


「奈保はどう?」


「なっちゃん、いつか司くんと戦う時が来るような気がするよ!」


「葵は……まぁ、聞くまでもないか」


「どういう意味だ!?」


 と、言いながらも葵もまた同感だった。

 司の素質の高さは知っているものの、その凄まじさを改めて見せ付けられたような気がした。


「まったく揃いも揃って勘違いするんだから……てゆーか、司、そもそもはあんたの勘違いが原因なんだからねっ。分かってんの?」


「だって、店長が」


「ちっがーう。ほら、やっぱり分かってない」


 美織が突き出した指を一度握り込むと、床にしゃがむ司のおでこめがけてピンッと弾いてみせた。


「いたっ!」


「私が言ってんのは、あんたが自分の価値を勘違いしてるってことよ。最近やたらと頑張っていたのは、例のアイドルに刺激を受けたからでしょ? おおかたその子に負けないぐらい、自分も頑張らなきゃと思ったんでしょうね。でもね、それで女装していることすら忘れるなんて、自分を見失うにもほどがあるわっ!」


 美織が一気にまくしたてる。

 が、当の本人である司はでこぴんの鈍い痛みのせいか、イマイチ理解できなかった。


 アイドルに負けるものかと接客面に力を入れたのは、確かにその通りだ。

 それでずっと気をつけていたパンチラをやらかしたのも、まったくもって仰る通り。

 分からないのは、それを美織は「自分の価値を勘違い」したのが原因だと言っていることだった。


「その顔、あんた、まだ自分の勘違いに気付けてないみたいね?」


 根が正直な司だ。どうやら顔に気持ちが出ていたらしい。

 美織が怒り半分呆れ半分の様子で見下ろしてくる。

 どうしようかと少し迷ったものの、司は素直にこくんと頷いた。


「あんた、例のアイドルを見て、何が凄いと思った?」


「え? えーと、その……凄く可愛いのに接客に誰よりも精一杯頑張っているところが……」


「そうね。琴葺理紗と言えば、常に全力で誠心誠意頑張るのが武器なアイドルよ。でも、アイドルと言っても色んなタイプがいるわ。奈保みたいな天然お色気キャラもいれば、葵のようななお馬鹿キャラをウリにする奴もいる」


「誰がお馬鹿キャラだ!」


「そして各々が自分の価値、言い換えれば自分が持つ武器を最大限に活かして芸能界で生き残ろうと頑張っているのよ」


 葵のツッコミを無視して美織は言葉を続ける。


「そして中にはそれは本当の自分じゃないと悩んでいる子もいるでしょうね。でも、それでもあの子たちはファンが自分に求めているアイドル像を懸命に演じるわ。だって、それを受け入れて自ら望んで芸能界に入ったんだもの。これ、どこかの誰かさんを彷彿としない?」


「どこかの誰か……」


「さてそこで司、お客さんがあんたに求めている姿って何?」


「……それは、あの、さっき店長が仰ったような……」


「うん。でも、根本的なところはもっと単純。連中はあんたが可愛い女の子だって信じてるの」


「あっ!」


「そう、あんたは何よりもまず女の子じゃなきゃいけないの。接客でいくら頑張っても、それで正体がバレたら全部台無しになるところだったのよ」


 だったら頑張らないほうがずっといい、と続ける美織の言葉はやはり極端だと思う。

 でも、司は反論出来なかった。

 今さらながら自分のやってしまったことの危うさを思い知る。


「前から言おうと思ってたけど、あんたは正体を隠し、お客様を騙していることに罪悪感を持ってる。その罪悪感を忘れる意味でも、女装を自覚できなくなるぐらい仕事に打ち込むのはさぞかし都合がよかったでしょうね。

 でもね、あんたに必要なのはそれじゃない。あんたが持つべきものは、罪の意識を抱えてもそれを決して表に見せない覚悟よ。

 あんたは女装してお客さんを騙してまでこの店で働くことを決めた。だったらあんたはその嘘を絶対突き通さなきゃいけないの。アイドルがどんなに嫌なことがあっても笑顔であるように、あんたはぱらいそで働いている時はカンペキに女の子として振る舞わなきゃいけないのよ!」


 美織にしては珍しい、ぐうの音も出ないほどの正論だった。


「でもね、あんたがそう簡単に割り切れる性格じゃないのも知ってる。だから」


 美織がいつものようにニヤリと笑った。


「ぱらいそ夏の大イベントは無茶苦茶盛り上がる上に、そんなあんたの弱点をも克服出来るものを用意したわ!」


「……え?」


 どうしてこの流れで夏のイベントの話に?

 てか、まだ諦めてなかったの?

 皆が呆気に取られる中、美織はふふんと胸を張って宣言したのだった。


「あんたたち、ライブをするわよっ!」

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