5-4:ハリキリアタック

「いらっしゃいませー!」


 ぱらいその店内に司の明るく元気な声が広がる。


「お売りいただけるものですか? ありがとうございます!」


 買取のお客様から商品を預かる司の表情は、とても嬉しそうだ。


「え、ボクのオススメですか? そうですねぇ、これなんてどうでしょう? 『異世界無双』シリーズをアクションRPGにしたような作品で、群る敵をザクザク倒しまくる爽快感がたまらないですよー」


 お客様へのオススメトークにも力が入っている。


「お客様、こちらの商品ですが、ややバグが多い作品となっています。現在、修正パッチが配信されていますので、プレイ前にそちらをダウンロードしていただけますと安心です」


 販売時のちょっとした補足説明も抜かりない。


「ありがとうございましたー。またのお越しをお待ちしております」


 そしてお客様のお帰りの際には深々とお辞儀をする。

 他にも


「はい、今ならまだ予約特典お付け出来ますよ」


 予約の問い合わせにはニコッと笑って受け答え、


「よろしければ保護フィルターをこちらでお貼りいたしましょうか?」


 携帯機本体と同時に保護フィルターを購入されたお客様にサービスしてみたり、


「えっと、ちょっと研磨を掛けてみますね……あ、よかった、キズ落ちましたよ」


 思わぬトラブルにも動じることなく笑顔で対処する。


 ライバル店でアイドルの仕事ぶりを見てから、司の接客は格段にレベルアップしていた。


 もともと司は真面目であり、ゲーム関連の知識も深い。

 人見知りする内気な性格ではあるが、ゲームのことになると本来なら積極的になれるところがあった。

 もっとも


「つかさちゃん、張り切ってるなぁ。いつものオドオドした感じもいいけど、こんな頑張ってるつかさちゃんもオレは好きだぜ」


 九尾が言うように、メイドの格好をさせられてからはどうしてもそちらの方に気が取られ、元気や積極性に欠けていた。


 それでもお客さんから不満の声はなく、むしろ恥ずかしがりやなところがウケて、司自身もこれでもいいのかなと思っていたのだが……。


 それは甘い考えだったと、司はあのアイドルを見て思い知らされた。


 ファンからちやほやされる立場にいながら、それでも全力で人を魅了し続けるのを怠らないアイドル。

 対して自分はどうか?

 ちやほやされる状況に甘えきって、このままでもお客さんたちは付いてきてくれると思い上がっていた。


 このままではひと夏が終わっても、ホンモノのアイドルに魅了されたお客さんたちは、もはや自分にかつてほどの魅力を感じてくれないだろう。

 そしてお客さんたちから相手にされなくなった時、司はぱらいそに自分の居場所がなくなってしまうことに気付いた。


 買取キャンペーンの美織。

『スト4』対戦のレン。

 お客様のお出迎えは誰にでも気安く打ち解けられる奈保しか出来ず、葵は得意のイラストで店内の様々なポップを担当している。

 勿論、仕入れや経理の久乃は言うに及ばない。


 それなのに司だけは、なにもない。

 あるのは、女装して得た人気だけだ。


 かくしてひとり危機感を覚えた司は、あの視察から帰ったその日、自分もあのアイドルに負けないぐらい明るく、元気で、細やかな心配りが出来る接客をやろうと決めた。

 根が真面目な司らしい考えだった。


 ただ、だからこそ思わぬ落とし穴が待ち構えているとは、この時の司には想像も出来なかった。





 とある日曜日のお昼過ぎ。

 本来なら客で混み合う時間帯も、ライバル店のアイドル出勤によって、ぱらいその店内はイマイチ盛り上がりに欠けていた。


 日頃見かける常連も、この夏の週末はあまり姿を見せない。

 九尾だけは例外だが、今はレンとの対戦を求めてやって来たガチ格ゲーマー勢に混じり『スト4』に興じている。

 普段はもっと騒がしい店内に『スト4』と、美織がお客様と遊んでいるゲームの効果音が妙にはっきりと鳴り響いていた。


「くっださいな」


 それでもお客さんが来てくれるのはありがたいことだ。

 小学低学年ぐらいの女の子が、一本のゲームソフトを持ってカウンターにやってきた。


「はいはい、ありがとねー」


 葵が対応し、女の子からゲームソフトを受け取る。

 中古商品だった。万引き防止のため中身が抜かれているので、まずはそちらを用意しなければならない。


 葵は女の子に値段を告げると、中身を保管している棚へと向かう。

 その間、女の子は猫の顔をあしらったポシェットから財布を取り出し、言われたお金を出そうとして。


 ちゃりん。


 小銭を一枚、床へ落としてしまった。


「あうっ。十円玉さんが……」


 転がる十円玉を慌てて追いかける女の子。

 それがよくなかった。

 

 じゃららららららららら。

 

 開いたままの財布から一斉に小銭が床に散らばる。


「あらら」


 その音に反応したのは、近くにいた葵だけじゃない。

 店内にいたほとんどの人も音がした方向へ顔を向けた。

 それがよくなかった。


「ふええ」


 小銭を床にぶちまけただけでなく、多くの人から注目も集めてしまい、女の子が動揺した。

 きょろきょろと辺りを見回し、


「ふえっ……ふええええ」


 幼い顔にみるみる雨雲がかかっていく。

 ああ、これは豪雨の予感……。


「大丈夫だよっ、おねーちゃんも一緒に拾ってあげる」


 そこへいち早く対応したのは、他でもない司だった。

 決して女の子の近くにいたわけでもない。それでも誰よりも早く女の子の側へと駆け寄った。


「だから泣かないで。ねっ?」


 雨雲たちこめる少女に、おひさまのような笑顔を向ける。


「……うんっ!」


 女の子の顔に、たちまち本来の輝きが戻った。


「じゃあおねーちゃん、どっちが多く拾えるか競争っ!」


 元気を取り戻した女の子が、がばっと床に座り込む。


「あ、ズルイよぅ」


 苦笑いをしつつ、司もしゃがみこんで小銭を拾い始めた。


 そんな様子に葵はしばし呆気に取られるも、微笑みながら再び女の子が持って来た商品の中身を取りに戻る。


(おねーちゃん、だって。司クン、ホントに女の子っぽくなったなぁ)


 その世界に導いたのが自分だと思うと葵は若干罪悪感を覚えるが、それ以上ににやけ笑いが込み上げてきた。

 この調子でより完成度の高い男の娘へと成長してほしいと切に願――


「って、つかさちゃん!」


 商品の中身を見つけてカウンターに戻ってきた葵は、目の前の光景に思わず大声を上げた。


「ぱんつ! ぱんつ、見られてる!」


 小銭の一部が商品を陳列する什器の下に入り込んだのだろう。それを取ろうと司が両膝を床につけ、頭をお尻よりも下にして、什器と床のわずかな空間に手を伸ばしていた。


 完全にミニスカート姿なことを忘れていた。


「わわっ!」


 慌ててスカートを押さえ立ち上がった司。

 恐る恐る後ろを振り返ってみると……。


「さーて、そろそろオレの番かなぁ」


 白々しいことを言いながらその場を離れる九尾を筆頭に、何人かのお客さんが熱視線を向けていたのだった。

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