5-2:晴笠美織はフライング販売を許さない

「では、朝礼を始めるでぇー」


 さて、美織の野望が潰えた数日後、夏休みに入って初めての土曜日。

 久乃の呼びかけに、開店作業をしていたみんながカウンターへと集まってきた。


 背筋をピンと伸ばすレンと、眠そうな様子でぐでーとしている葵。

 司が顔を赤らめているのは、無防備なビキニ姿でニコニコしている奈保のせいだろう。

 約一名やる気を感じられない者がいるものの、週末恒例のぱらいそスタッフ全動員を前に美織はこほんとひとつ咳をつくと


「諸君、夏イベントは好きか!?

 私は好きだ!

 夏休みで暇な連中を集めて開く、大規模なゲーム大会が好きだ!

 在庫を持て余したショップが、大幅値引きで売り出すサマーセールが大好きだ!

 どうせ当たりなんて入ってないんでしょと思いつつ、もしかしたら本体や最新ソフトが当たるかもしれない福引を、ワクワクしながら引く瞬間などたまら――」


「「「「「うるさい!」」」」」


 一気にまくしたてようとして、みんなからつっこまれた。


「朝からテンション高すぎだろ!」


「しかもなんか妙に毒入っとるやん」


「ハイ! 夏のイベントと言えば、なっちゃんはアバンチュールだと思います!」


「……眠い」


 非難轟々である。が、それでたじろぐ美織ではない。


「なによ、あんたたち! 夏よ、夏! テンションあがるでしょ! もともと私は毒吐きキャラでしょ! ゲームショップでアバンチュールは無理があるでしょ! てか、葵、寝るなっ!」


 一息で四人全員に反論する。


「えっと、つまりやっぱり夏イベントをやりたい、と?」


「そう! 『ドキッ、水着だらけのぱらいそ店員。ぽろりもあるかもよっ!』が頓挫した今、私達は早急に代案を考えなきゃいけないのっ!」


 何故なら夏だからと美織が熱弁を振るう。理由になってない。


「懲りないヤツだなぁ。そもそも夏イベントと言っても、この店、毎日がお祭みたいなもんじゃねーか」


 レンの言葉に、みんながうんうんと頷く。


「そんなの当たり前じゃない。だって私の店なのよ、毎日がお祭り騒ぎでなくてどうする!?」


 しかし、美織はしれっと言い放った。

 司たちが「困った人だなぁ」と呆れ顔を浮かべるのも当然無視する。


「あ、夏イベントとは少し違うかもだけど、新作ソフトのフライング販売をやって欲しいってお客さんが言ってたよー」


 奈保が突如ぽんと手を叩いた。


 フライング販売……つまりは発売日前に売り出してしまうこと。

 最近のゲームは基本的に木曜日が発売日となっており、故に商品は遅くても水曜日には店舗に届いている。

 それを利用して発売日を待たずに販売するのはルール違反……なのだが、昔からフライング販売を敢行するゲームショップは少なくない。


 何故ならそれがお店のウリになるからだ。


 値段競争では資本力に勝る大手に敵わない。

 利便性ではネット通販に惨敗である。

 店舗独自の特典も、個人経営のお店ではなかなか難しい。


 その点、フライング販売はコストもかからず、ルール違反であるから大手が出来ないのも大きい。

 小さなゲームショップが出来得る数少ない販売戦略、それがフライング販売である。


 だから、ぱらいそでも実行すれば武器のひとつになるのは間違いない。

 間違いないのだが……。


「あー、それはあかんのよ」


 せっかくの提案だったが、久乃は残念そうに頭を振った。


「やっぱりメーカーの締め付けとか厳しいんですか?」


 司がネットで見た話では、フライング販売をしないようメーカーが監視していたりするそうで、バレると仕入れや販促物の分配にペナルティが与えられるという。


 売る物がなければ商売は出来ない。

 さすがの美織も自重しているのだろうか。


「違うねん。やろうと思えば出来るねん。でも美織ちゃんが『私が働いている間に新作ソフトを、私よりも早くプレイされるなんて耐えられない! だからフライング販売はダメ』って」


「……はい?」


 久乃の言葉に、司たちは美織に視線を向ける。

 当の美織は白々しく口笛を吹きながら、そっぽを向いていた。


「フライング販売したら新品の売上げが絶対あがるねん。でもな、このワガママ娘がな、そんなふざけた理由でやらしてくれないんや……」


 メーカーが文句言ってきても、美織ちゃんなら詭弁で押し通すくせにと久乃がさめざめと泣くふりをする。


「でも、発売日だって店長は働いているんだから結局同じなんじゃ……」


「ううん、この子、前日の閉店後にナイショで自分だけ新作ソフトを買うてるねん」


「なん……だと!?」


 みんなの視線が呆れから怒りに変わった。


「信じられねー。自分だけフラゲしてやがったのか!?」


「しかもお店の利益よりも、自分の楽しみを優先させるなんて……」


「職権乱用だよっ、美織ちゃん!」


 サイテーと連呼するぱらいそスタッフ一同。その反応は正しい。

 しかし。


「うるさーい!」


 今度は美織が吠えた。


「あんたたち、フライング販売はやっちゃいけないって業界のルールになってるのよ? 私はそれを守っているだけなのになんで怒られなきゃいけないのよ!?」


「守ってないじゃねーか。てめぇだけフラゲしやがって」


「うっさいわねぇ。分かったわよ、特別にあんたたちにもフラゲさせてあげるわ。それでいいでしょ?」


「いいわけな」


「ならばよし!」


 反対する司を差し置いて、レンがあっさりと折れた!


「え、ちょっとレンさん!」


「悪ィな、司。オレはぶっちゃけ自分もフラゲ出来ればそれでいいんだ」


「ふふん」


 美織が得意気な表情を浮かべると、レンの腰に手をかけて自分の方へと引き寄せる。


「それから奈保、店で着てくれるのなら、新しい水着を経費で買ってあげるけど?」


「職権乱用、バンザーイ!」


 奈保が諸手を上げて美織に抱きついた。


「さて司、あんたが良い子ちゃんなのは知ってるけれど、この状況でもまだ奇麗ごとを言いはるつもりかしら?」


 ここにきて完全に形勢逆転した美織は、司を見てにたぁと微笑む。


「世の中を上手く渡っていくには、時に黒く染まるのも大切よ?」


 そしてあろうことか純真な司を悪の道へ誘い込もうとする。


「え? えーと?」


「あんたもフラゲ、したいでしょ?」


 ゲーム好きな司だ、勿論したい。

 だが、業界のルールで禁止されているし、なにより店員だけフラゲ出来るのはお客さんたちを騙しているようで後ろめたさを感じる。

 でも、だけど……。


「えーと、えーと」


「くっくっく、司、水曜日に遊ぶ新作は楽しいわよ?」


 葛藤する司を美織が楽しそうに誘惑する。

 悪魔の誘いだ。

 抵抗を試みるべく司は六面ダイスをふたつ振る……なんて事は勿論やらずに、ここまで中立を守っている葵に助けを求めようと視線を飛ばした。が、


「Zzz……すぴー」


「うわっ、立ったまま寝落ちしてるっ!」


 妙に静かだと思ったら、葵はいつの間にか立ったままカクンと項垂れて眠っていた。


「ったく、先日『弛んでるわよ』って怒ったばかりなのに、こいつは」


 だが、おかげで美織の関心は葵に移ったようだ。

 標的を司から葵に変更し、表情も苦々しいものに変わる。


 葵も数年前から参加していると言う、年に二回開催される大規模な同人誌即売イベント。

 それに向けての作業が大詰めを迎えているのだ。ぶっちゃけ完徹三日目である(死ぬぞ)。


「誰か計画性ってのを葵に教えてあげなさいよ」


 美織は呆れながら、葵のチャイナ風メイド服の裾を掴んだ。

 その手をちょっと上に動かしただけで、チャイナ服に隠された葵の深遠が暴露されてしまう緊急事態である。


「…………」


 が、反応がない。

 いつもなら「やらせるもんか!」と裾を押さえるのに、今日はなされるがままだ。


「むー、完全に熟睡しているとは……」


 眠りっぷりに呆れを通り越して感心にまで至る、その時だった。


「おーい! 大変だぞ!」


 突然、店の外から誰かの声が聞こえてきた。

 見ると九尾が店のガラス扉をどんどん叩いてなにやら呼びかけている。

 

「あれ? もう開店時間過ぎてたっけ?」


 慌てて時計を見るとまだ開店に五分以上ある。


「それにしてもえらい慌てぶりやなぁ」


「あ、ボク、ちょっと聞いてきますね」


 九尾が必死の形相で両手で扉を叩いて何かを訴えかけているのを見て、司が小走りで九尾のもとへと駆け寄った。


 近付いてみて分かったが、九尾は汗だくだった。

 息も荒いのか、肩が激しく上下している。

 どうやらぱらいそまで走ってきたらしい。


 そこまでして一体何だろう……と司が扉の鍵を開けるやいなや、九尾はまだ電源を入れていない自動扉を無理矢理左右に押し開けて強引に中へ入ろうとしてきた。


「あ、ちょっと!」


 突然のことに思わず扉を閉めようとする司。

 九尾の顔がぎゅっと扉に締め付けられる。

 しかし、九尾はそれでも後ろ手にお尻のポケットからスマホを取り出して、顔を挟まれた扉の隙間から司に差し出してくる


「大変なんだ、コレを見てくれ!」


「……え?」


 訝しそうにスマホの画面を覗き込んだ司だったが、映し出された内容に思わず扉を閉める力を緩めてしまった。


「ぶはぁ!」


 その機会を逃さず九尾が扉を一気に押し開く。


「あ、うわああぁ!?」


 そしてあろうことか司を押し倒してきた!


「ちょ、ちょっと、九尾君!」


「ひ、ひでぇよ、つかさちゃん……俺、ぱらいその一大事を知らせる為に頑張って走ってぶはぁ!」


 司に抱きつきながら息も絶え絶えに抗議する九尾の横っ面に、レンの躊躇いのない蹴りが炸裂した。

 吹き飛ぶ九尾。その手からスマホが離れ、床をくるくると滑って、美織の足に当たって止まった。


「…………」


 何気にスマホを拾い上げた美織の瞳に、スマホの画面が映りこむ。


「……へぇ、面白いじゃない」


 その瞳が妖しく輝くのにさほど時間はかからなかった。

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